77-4=73 リスとネコの二人の世界
お嬢さんが思考停止したこの隙にと、じっくりとオーランド先輩を観察してみます。
さすがは騎士クラスの中の上という体型をしています。すでに成長期なのでしょうか。身長も高く、体にもしっかり筋肉が付いているように見えます。もっとも、ちゃんと体ができていなければ、意識のない40キロくらいの少女を抱えて運ぶなんて無理でしょうしね。
日に焼けた顔と短く切られたこげ茶色の髪は、カッコイイというよりは愛嬌があるように思えます。落ち着かなく視線をさまよわせている様子とあわせて、小動物的なかわいらしさをアピールしているようです。
「ふむ。こうして間近で拝見しますと、リスみたいな方ですねぇ。お嬢さんがネコっぽいので、小動物同士お似合いだと思いますぅ。どうでしょうか、セシリアさん、ミドリさん。ちなみにネコは狩をする雑食の動物なので、食物連鎖ヒエラルキーは微妙に上だと思うのですよ。比べて、リスは草食性の小動物で~。つまり、何がいいたいかと言いますとぉ、お嬢さんが押して押していくべきじゃぁないでしょうか」
「でも、今のお嬢さんは借りてきたネコみたいだけど」
「だよね~。ふふふ、あのお嬢さんが恥ずかしがってるところなんて、レアですよ。レア」
オーランド先輩とお嬢さんで、先に落ち着いたのはオーランド先輩でした。
「5人とも、おはよう。朝から元気でうらやましいよ」
「は、はいぃぃ。オ、オーランド先輩も。あの、おはようございます」
「うん、おはよう。・・・あまり廊下で話し込んじゃダメだよ、また倒れたらって・・・心配だ」
「あ、あの時は本当に、その・・・もう倒れたりなんか。大丈夫です」
「そうであってほしい。君が・・・知らないところで倒れていたらと思うと、胸が苦しくなる。君を守るのは俺でありたいと、そう思うんだ」
・・・ここは天下の往来。しかも一番人が多く行き交う朝方なのですわ。2人のやり取りをかぶりつきで見ている方がたっくさんいらっしゃるのですが、放置でよろしいのですか?
わたくしはサリーさんたちと視線を合わせ、そっと2人から距離をとりました。
ごめんなさい。でも、わたくし達まで同類にされたくありませんから。
「二人の世界、ですね! ステキです」
「ねえねえ、さっきお嬢さんと先輩は毎朝会ってる、って言っていたよね。それって、まさかまさか偶然じゃなくて、狙って会ってたってこと?」
「そのと~り。言ったでしょう? オーランド先輩はお嬢さんの合流の少し前から、こちらの様子を伺っていた・・・って。つまり、そういうことで~す。っていうか、騎士クラスの先輩なんだから、もう少し気配を隠すとかできてもいいと思うんですぅ。あ、でももしかしたら、気が付いて欲しかったりして? うわぁ、ありえるぅ」
「「((うわぁ))」」
聞き耳をたてていた野次馬方と、心がひとつになりました。
この小動物な先輩は、思ったよりも曲がった性格をしていそうです。
「じゃぁじゃぁ。もしかして、今、皆の前で話してるのも。もしかして、計算の上なのかなぁ?」
「「((いーやあぁ))」」
リスな先輩は、草食動物ではありませんでした!
肉食です、まがうことなき肉食動物ですわ。縮こまるネコを相手に、ぐいぐいと押しているのです。
「一つ、教えて欲しい」
「はい。はい。何でもお聞きください」
「俺はオーランド・フォスター。騎士クラスだ。君の名前を教えてもらえるだろうか」
「わ、私は*****・**です。オーランド先輩・・・私・・・」
ん? お嬢さんの名前が聞き取れませんでした。シルヴィア・レンなのですが、どうしたのでしょうか? お嬢さんが、かんでしまったのでしょうか。まさかの自己紹介失敗なのでしょうか。
不思議に思って、回りを見てみると・・・野次馬が増えていました。
よく、こんな大勢の前で告白もどきができるものです。わたくしには無理ですわ。
中にはこぶしを握って、小刻みに動かすジェスチャーをしている男子グループがありました。あわせて口パクで何か言っていますわね。
アラ? ヤラ? イケ? ヤレ・・・ああ、いけ、やれ。と、応援しているのですね。わたくしの知らない方々ですから、応援相手はオーランド先輩でしょうか? となると騎士クラスのご友人の皆様ですのね。これが騎士候補で、この国は大丈夫でしょうか。すごく不安です。
でも、お嬢さんのセリフを気にしている方はいらっしゃらないようですわね。では、聞こえなかったのはわたくしだけなのでしょうか。まさか・・・この年で難聴・・・すっごく嫌です。
「ヴィア・・・ヴィアと呼んでもかまわないだろうか」
「・・・オーランド様・・・もちろんです。何とでも呼んでください」
「ヴィア。俺は入園式の日に君に一目惚れをしてしまった。俺と、俺の恋人になって欲しい」
「はい・・・はい。オーランド様。私も、あの日、オーランド様を好きになってしまいました」
やった。
やられました。
言っちゃいました、この二人・・・。まさか告白までするなんて、思ってもいませんでした。いえ、ちょっとは思いましたが、一般論としてやめてほしかったと思います。
二人の言葉に観客は湧き立ちましたが、わたくしは無性に恥ずかしくなっていました。なぜでしょう、友人の告白だからでしょうか。我が事のように恥ずかしいです。顔が真っ赤になっているに違いありません。
ぎゅっと自分のスカートを握り締めたままだったヴィアの手に自分の手を重ね、オーランド先輩はそれは晴々と笑いました。その大きな体を丸め、ヴィアの顔を覗き込むように・・・逃げ場なく視界いっぱいに広げられたその笑顔に、ヴィアの顔も赤くなります。本日一番赤くなったのではないかと思うほどに、耳の先、指の先まで真っ赤になって震えていました。
ええ。オーランド先輩は草食系リスではありませんでした。わたくしには人を見る目はないようで、ショックです。
「オーリ、おめでとう!」
「やったな、オーリ」
「ヴァイオレット嬢と幸せになるんだぞ」
「ちょっと抜けてて、マイペースなヤツだけど。ヴァイオレットさん。チョーよろしくな」
今更ですが、自分達の現状に気が付いたのでしょう。
ヴィアとオーランド先輩がぱっと離れて、俯きます。それでも手はつながったままで、お互いが気になるのでしょう、ちらちらと視線を交わします。
一言で申し上げますと。チョーうぜえ。
「面白いものも見れましたし、そろそろ教室に向かったほうがいいと思うんです。こっそり先に行っちゃおうと思うんですけど、メレディス様はどうされますか?」
まだ離れがたそうなカップルと、目をきらきらさせているセシリアさんとミドリさんを置いて行こうと、サリーさんが声をかけてくれました。
その言葉がなければ、タイミングがわからずこの場にとどまり続けていたでしょう。感謝しますわ、サリーさん。
「そうですわね。わたくしも先に移動します。このままここにいても、ね」
「じゃぁ急ぎましょう。たぶんですけど、コンスタンスちゃんはもう教室じゃないかな~、と思うんです」
「この騒ぎを回避して、ですわね。お友達がいのない方ね」
「うふふふ。でも楽しくなかったですか? サリーはすっごく楽しかったですよぅ。それに、ヴィアちゃんは可愛い系でぇ、ちっとも派手じゃないじゃないですか・・・あんまり人の目を惹かない大人しいタイプ。内気な人見知りだからぁ、心配だったんですよぉ。でも、感じの良い人がカレシになってくれて、良かったな~って思うんです。メレディス様もお友達のヴィアちゃんの幸せはアリですよね。でも、一目惚れって本当にあるんですねぇ。びっくりです。そもそも一目惚れって、まったく知らない人を好きになるじゃないですか。ってことはぁ、顔? 顔ですか? あ、でもヴィアちゃんは助けてもらって、好きになったんでしたっけ。・・・じゃぁ一目惚れではないんでしょうか。う~ん。一目惚れ、一目惚れねぇ、一目惚れかぁ。・・・あ、ファーガス先輩の侍従のレイアードさんが一目惚れでの結婚でしたっけ。あの方は本当にあった怖い話でしたねぇ。ホント怖い話なんですけど、なんでも暴漢から守ったのが始まり・・・ってレイアードさんは信じてるんですよ。実は、奥さんがやり手で、レイアードさんは奥さんの自作自演に乗せられちゃったらしいんです。涙目で女性が逃げてきたのを受け止めて、『助けてください』って上目使いで可憐な声で言われちゃったそうです。レイアードさんは弟タイプの可愛い方で~もちろん同僚方をはじめ、出会うかた皆さんに可愛がられていたんです。でも、男性として頼られたことはなかったから、それはそれはやる気が満ち溢れちゃって一目惚れ。奥さんを守れるのは自分しかいない! って張り切っちゃったんですよねぇ。で、結婚までしちゃったと。その(裏)話を知ったときは、奥さんの恐ろしさに戦慄がはしっちゃいました。レイアードさんが奥さんの真実にたどり着かないことを、ずっとだまされ続けることを願うばかりですぅ」
確かに恐ろしい話ですわ。けれど、真実を知らない間は、レイアードさんはお幸せでしょう。
さて、本格的に教室に向かわなくてはね。新入生の教室は、寮から遠いのが難点ですわ。教室に向かうのは、わたくし達だけではないようです。数人のグループが楽しそうに、時々奇声を上げながら移動していきます。
女性は、素敵なものに出会うとどうして「キャー。イヤー」と奇声を上げるのでしょうか。不思議ですわ。
「そうね。レイアードさんが真実を知らないで済むことを祈りますわ。・・・ところで、サリーさん。"ファーガス先輩のところの侍従のレイアードさん"っていったわね。それって、わたくしも知ってる方ですわね? 先日結婚式を挙げられた、近衛士の副長補佐の・・・」
「奥さんも可憐な方でしたよね~。幸せいっぱいって感じで。あのときに市街でのお祝いの"お振舞い"には、もちろん参加しました。あ、コンスちゃんおはよ~。あの時は、メレディス様はパーテォーのほうにご出席でしたよね。"お振舞い"には珍しいお菓子がいっぱい並んでたんですよぉ。白パンがすっごいふわふわで甘かったんです。この国では甘味は蜂蜜しかないのに、それとは違うんだそうです。甜菜っていう、大根から砂糖を作ることができるんだそうです。ほら、今までは葦糖を輸入していたじゃないですか。すっごい高くて、手が出ないくらい高級なヤツですよ。あれじゃなくて、この国でも栽培できる大根から、砂糖が作れるようになったんだそうです。そのお披露目もかねてたらしいですよ」
「そういえば、プラムを漬けたジュースがあったわね。確かに甘かったわ。きっと、あのジュースもそのお砂糖を利用して造られていたんでしょうね」
「それは美味しそうですねぇ、ちょっと飲んでみたいですぅ。ヴィアちゃんの実家も名家ですし~。メレディス様とヴィアちゃんの実家のお力で、なんとか手に入らないですか~」
「そうねぇ・・・え? ヴィアさんのご実家って」
「? ヴィアちゃんですよ。ヴィアちゃん・・・ヴァイオレット・ボーネル。フランチェスタ伯爵令嬢のヴィアちゃんじゃないですか」
え。
その名前は、わたくしの友人候補1の名前ではありませんか。
ヴィアちゃんはヒロインで、ヒロインの名前はシルヴィア・レンでしょう?
けれども、シルヴィアは両親を失ってからは1人で生活していたはずで、ならば"力のあるご実家"なんてあるわけがないのです。
どういうことですの??
まさか。
まさか、ヒーロー以外の人を好きになってしまったから、ヒロインではなくなってしまったんでしょうか。
よもやまさか・・・ヴィアさんはヒロイン降格ですか!?
名前が変わってしまったのもそのためなのですか!?
そんなことがありえるんですの?
神様・・・この世界はわたくしには厳しすぎますわ。