99-6=93 話が進んでいないかもしれない理由について
噂にたがわぬうまーなケーキをいただきながら、叔母様のお話にびっくりしてしまいました。
なんでも、叔母様は養女を迎えようとお考えなのだとか。
しかも、その養女というのが、どうもヒロインぽいのです。
「あの子はミリーと同い年なのです。・・・そこで、その、養女の事について、あの子がどう思うだろうかと、その、もしミリーだったらどう感じるだろうかと。教えてもらえないかしら」
叔母さまの言葉にお母様を盗み見ると、お母様はじっとわたくしをご覧になっていました。
ですが、12才の子供に何を期待なさっているのでしょうか。
アイコンタクトを受けているのですが、残念なことに意味はとれませんでした。
いいこのお返事を期待していらっしゃる?
それとも、ひねたお返事の方がよろしいでしょうか?
そうですわね。
もしもわたくしが、叔母さまのおっしゃるあの子=ヒロインの立場だったと仮定するならどうでしょう?
でも、そのわたくしよりもお母様が考えをまとめる方が早かったようです。
「わたくしは、普通の娘ならば、喜んで"アラナの娘"になると思いますよ。両親がおらず子供1人でどこまで暮らして行けるか知っている娘ならばね」
「・・・姉上。それは・・・重々承知しております」
「時間がかかることでしょうね。そんな風に両親を目の前で奪われたのなら。もしかしたら、迎えに来たおまえ達のことも恨みに思っているかもしれませんよ。おまえの言うその子供がどこまでわかっているのか、知りませんけれど」
「そんな、叔母様はお優しい方ですもの。きっと大丈夫ですわ」
わたくしの言葉に、お母様が頭をかかえてしまわれました。
ノーテンキな。とか言葉が聞こえるのは気のせいです。幻聴ですわ。
・・・わたくしの回答は失敗だったでしょうか。
「だって、叔母様が恨まれるなんてありえませんもの。でしょう? お父様?」
「ああ、そうだね。そうだといいねぇ」
「・・・」
「大切なのは、家族になるという気持ちではありませんか? 急いで結論をだして、いびつな母子になるのではなく、ゆっくりと信頼関係のある母子になれれば良いのですわ」
そう、なんといっても叔母様の行動で、ヒロインの明日すなわちわたくしたち一族の未来が決まってしまうのですから。
ぜひともヒロインを一族に組み込みたいと思うのです。だって、一族になってしまえば、ヒロインがわたくしたちを目の敵にすることはありえないでしょうから。人類みな兄弟と申します。わたくしたちもヒロインも家族になるのですわ。
それも、できれば信頼関係有りでお願いしたいと思います。
「信頼関係ね」
叔母様がゆっくりとかみしめるように、自分に言い聞かせるようにおっしゃいます。わたくしの口からそんな言葉がでるとは、と驚いていらっしゃいました。
わたくしの日々の擬態が効いているようです。わたくしは常々普通であることをアピールしておりますもの。
賢すぎもせず、愚かすぎもせず。上手に普通のレベルを保っております。
ええ、決して精神年齢が低いとか、そういうことはございません。
「はい。今はきっと、状況が理解できていでしょうか。だから少しづつお話をされるところから始められてはいかがでしょうか。ちょうど良いプレゼントもお持ちなのですもの。・・・タルトなら完璧ですわ」
叔母様がもう一つ箱を持っていらっしゃるのを、わたくしはちゃんと確認しております。
わたくしがいただいたのと同じ、三番路のケーキが入っているに違いありません。
おいしい食べ物で釣って、ちょっとずつお話をして、仲良くなってくださいませ。
間違いなく仲良くなれますわ。
ミルフィーも勿論ですが、クイーンズベリーのタルトはそれほど衝撃だったのです。
ええ、女性ならば誰もが驚き、手を伸ばすでしょう。わたくしが保証いたしますし、実際王宮侍女たちに大人気な商品でもあります。
さっくりとしたクッキー生地にはペーストにされたナッツが混ぜられて、その香ばしいとベースになる深い甘味とコクで全体のベースになります。
その上にはこってりしたカスタードクリームとふわっふわの生クリームが重ねられ、カスタードクリームの重さを生クリームが軽やかに中和しています。このデュエットの配合が完璧です。正直なとこと、このクリームのシュークリームがあったら、毎日食べたいくらいです。
トップを飾るのは、われらがクイーンズベリー。酸味を残して仕上げられたジャムは、タルトとクリームの後味の甘さを残させず、さっぱりさせます。酸味だけでなく、自然の果物の甘さが残っているところがミソですわね。しかも、のっているのはジャムだけではなく、クイーンズベリーを合わせたクラッシュゼリーがキラキラと光を反射させ、本物の宝石のように輝いています。
ちょこっと乗せられた生のクイーンズベリーとミントは大人の味。「この酸味がいいのですわ」と、ついつい語ってしまいました。
若干12才にして大人の味覚を理解してしまいました・・・わたくし、やっぱり天才でしたのね、と自画自賛いたします。
え? 普通? なんのことですの。
「そうね、そうするわ。あの子が応えてくれるといいのだけど」
「"応える"・・・? アラナ。間違えてはいけませんよ。親の愛情に子供が応えてくれるとは限りません。よしんば応えてくれたとして、それがわたくしたちの望む通りであるとは限らないのですからね」
「そうそう。ミリーを育てていて本当にそう思うよ。ミリーときたら、こちらの思いも知らず、好き勝手ばかりするのだからね。先日は、勝手に家をでていったあげく、プレゼントだといって箱いっぱいの蝉の抜け殻をプレゼントしてくれてねぇ」
「それだけではありません。そのラッピングに使用したリボンは、カーテンレースを勝手に切り取ったものだったのです」
「どうして褒められなかったのか、今でも判りません」
「せ、蝉の抜け殻ですか。それをミリーが?」
叔母様の顔が引きつっていらっしゃいますね。でも大丈夫ですわ。わたくしだって考えなしに蝉を集めたわけではないのですもの。
「はい。叔母様はご存知でしょうか。蝉はお薬になるので、高く売れるんです」
「売れる? え。蝉を売るの? ミリーが?」
「蝉によっては売れる種類のあるんだけどねぇ。残念ながらミリーが捕ってきてくれたのは、薬にならない種類だったんだよ」
「子供の思考は飛びすぎて、ついていくのにやっとですよ。しかも行動力もある上に持久力がない。好奇心のあるものには飛びつくけれど、飽きるのも早い。上の子たちが優秀だったために甘く見ていました。いいこと、これ こそが子育てなのです」
蝉に種類があるのは初耳ですわ。そうですか、選ばなくてはいけなかったのですね。
ちょっと残念です。良い収入になると思ったのですが。
それに、お母様の言葉が、ひっかかるというか。"これ"とはまさか、わたくしのことではありませんよね?
こんなに大人しくしておりますのに。
「結局ね、子供は子供のルールで生きているのだと思うよ。私は大人の価値観を押し付けることはしたくないと思う。子供の自主性を重んじて、彼らを一人の人間として受け入れることが大切だと思う」
「たとえカーテンのレースをちょんぎられても。新調した熊皮のカーペットに生クリームを零されても。おろしたてのかわいいドレスで森に遊びに行って、服を破り靴を泥だらけにしても、ですわね」
叔母様がひいた目でわたくしをご覧になりました。
・・・ひどいです。お庭で遊ぶことなんて普通ですのに、ちょっと涙目になりますわ。
「子供は人形ではないのです。大人の言うままにかわいく着飾って、にっこり笑ってる、なんてことは絶対にありません。それがわかっているのならば、養女にするとよいでしょう」
「アラナは完璧主義っぽいから、大変かもしれないねぇ。子育てはね、完璧なんてないし、正解もないし絶対もない。親子の形はひとそれぞれ違うし、親だって子供だって、同じ人間はいやしないんだからねぇ」
「私が完璧主義だなんてとんでもありません。完璧主義というのは、もっと、」
「アラナ。自覚ない完璧主義は疲れるわよ」
「子供を育てるとともに、自分も成長する機会なんじゃないかな。子育て生活のアドバイスなら、任せてもらっていいよ」
お父様もお母様もひどいことを仰います。
わたくしは、抗議の意味をこめて、お父様に切り分けられたミルフィーユをいただくことにしました。
実は甘いもの大好きなお父様は、少しづつミルフィーユを食べていらしたので、まだ半分残っているのです。タルトは一切れも残っていないところが、お父様はわたくしのお父様ということなのでしょう。
美味しく味わいながら食べているミルフィーユをわたくしがいただくことで、わたくしが負った心の傷を体感していただこうと思います。
白熱している3人の目を盗んで、そっと腕をのばします・・・と届きません。
体をずずっとお父様の方に寄せて、腕をめいっぱいのばして・・・もう少しで・・・あっ。
わたくしの精一杯に伸ばした手は、ミルフィーユの乗っているお皿にあたり、お皿を手の届かない奥へと押し込みました。
そして、その奥にあるお父様のソーサーを押し込んだところまではセーフでした。
お父様のソーサとーカップがぶつかり派手な音をたててことにびっくりしたわたくしは、あわてて自分の態勢を整えようとして、自分のソーサーをひっくりかえしてしまいました。
ガッシャン、と派手な音をさせてカップがテーブルから落ちました。
勿論カップは粉々になっています。きらりと光る破片と、静まりかえるこの場が恐ろしいです。
「ち、ちがうんですお母様。わたくし見ましたの。カップが勝手に動いたのです。カップは今日のこの時こうなる運命だったのです。運命なのですわ」
「・・・わかったでしょう。子供はね、一瞬だって大人しくなんかしていられない生き物なの」
「理屈っぽいことを言いたがるのは、侯爵家の血かなぁ。ミリーくらいの年齢なら、口が達者になっていて、生意気なことも言うようになってるだろう」
「そんなものでしょうか」
「子供は壊すものです。汚すものです。言いつけは守らない生き物です。ミリーを見て、よくわかったでしょう」
わたくしはそこまで言われなくてはいけない、何かしたでしょうか。くすん。
いえ、確かにカップを割ってしまったのはいけませんでした。わかっております。
次は割らないように細心の注意を払いたいと思います。テーブルの上、各々の食器の位置を確認し、自分の動きをイメトレしてから実行に移ります。
侯爵家令嬢として、同じ間違いは二度は犯しませんわ。おまかせくださいませ。
「次は完璧にいたします」と宣言したわたくしと違って、叔母様は(いらしたときよりも)悩みが深くなってしまわれたように見えました。真剣な顔をして、ときどき小声で呟きながら、あれでもないこれでもないと思考に飲まれておいでのようです。
多分、だからこそ完璧主義とレッテルを貼られてしまったのだと思います。
そのまま考え込みながらお帰りになる時は、大丈夫だろうかと心配になってしまったほどです。
そして、それから一か月ほどして、わたくしに従姉妹ができたのだと正式な連絡がありました。
従姉妹の名前はシシィ。
ヒロインの名前はシルヴィアのはずですから、その愛称でシシィということでしょう。
とうとうヒロインが、わたくしの従姉妹になったのです。
家族になろうミッションコンプリート。わが一族は救われました。
後はヒロインと交流を深めながら、学園への入学を待つばかりですわ。
ところが。
入学式当日、わたくしは目の前に広がる光景に、自分の目を疑いました。
ヒロインはわたくしの従姉妹となり、将来は安泰のはずだったのです。
それなのに、わたくしの目の前にいらっしゃる方々はいったい、どなたなのでしょうか。
沢山の、開園式のフロアのほとんどを埋め尽くしたその少女達は、わたくしの周りを取り囲むと一斉に声をあげました。
「「「「はじめまして、シルヴィア・レンです/わ/の/よ/~略~/じゃん」」」」
・・・ああ、神様。これは一体どういうことですの。