80.
須田は警察署まで、珍しくタクシーを使った。到着すると、石村が手配しておいたようで、すぐに応接室まで行き着くことができた。中に入ると、三島と清水だけ椅子に座っていた。
「お手数をおかけして申し訳ありません」
須田はそう言って、いきなり頭を下げた。三島と清水は多少驚いたような様子だった。
「しかし、今回の件を解決するためには、絶対に協力していただかなくてはいけません」
「顔を上げてください」三島が立ち上がって静かに言った。「協力して欲しいのは私達も一緒ですから」
須田は頭を上げて、三島の表情をよく見た。吉田の事務所での虚ろな表情は影も形もなかった。それだけでなく、今までとは雰囲気が違っているように見えた。何が違うと言われても、答えられるものでもなかったが。
「ありがとうございます。ところで、1人見当たらないようですが」
一瞬、三島は何を言われてるのかわからないという表情を浮かべたが、すぐに理解した。
「石村さんなら、さっき用事があると言って出て行きました」
「そうですか、まあすぐに戻るでしょう」
須田は三島に座るように身振りで示してから、その向かい側の椅子に座った。
「しばらくゆっくりしましょう、と言いたいところですが、それも退屈でしょう。せっかくの機会ですから、何か私に聞きたいことがあったら遠慮せずにどうぞ」
三島と清水は少し顔を見合わせた。清水は無言で軽くうなずいた。三島は須田の顔を正面から見据えた。
「須田さんから見て、私はどうなんでしょうか? うまくできてるんでしょうか?」
「それは今回の件に関してですね?」須田は目で三島に確認してから続けた。「うまくやってるというのはちょっと違いますが、あなたがいなければ、この件はここまで進展していなかったでしょう。社交辞令でもなんでもなく、あなたが事態を動かしてきたんです」
「そうですか。でも、須田さんがいなかったら、ここにこうしていることもできなかったんですよね」
「狙われている人がいた場合、それを実行させないのが最善です。実行させてしまうのは次悪ですね、次善とも言えません。結果だけ見れば、今回はうまくいきましたが、最悪といえることがあってもおかしくはありませんでした。偶然ですよ、三島さんを助けられたのは」
「それでも、やっぱり須田さんのおかげです」
三島は深々と頭を下げた。そして頭を上げてから、微笑を浮かべた。
「私の知ってることは全てお話します」
須田は三島の目を数秒覗き込んだ。なんとも言えない間がその場を支配したが、ドアの開けられる音がそれを終わらせた。
「面子は揃ったな。それじゃ、始めよう」




