73.
木村と前田は病院の玄関の前に並んで立っていた。木村はタバコの箱を取り出して、前田の前に差し出した。
「いえ、けっこうです」
前田に拒否されると、木村はつまらなそうな顔をしながら、タバコをくわえて火をつけた。そのまま黙ってタバコを吸い続けた。
「あの」前田はじれてマヌケな声を出した。「話があるんじゃないんですか?」
「あなたから話を聞きたいと言ったと思うんだけど。話すつもりがあったから、ここまで来たわけでしょう?」
前田は言葉に詰まった。
「どうぞ、遠慮しないで話してください」
木村の態度の大きさに、前田は腹を立ててここから立ち去ることもできたが、それはやめておいた。相手がどれだけ知ってるかも確かめないのはまずいことだと思えた。
「ああ、最初に言っておきますけど」前田が口を開こうとすると、木村がそれを遮るように言った。「私はこの件について詳しくは知らないので、できるだけわかりやすく説明してください」
木村のとぼけた一言に、前田は心の中で舌打ちをした。
「じゃあ、どこから話しましょうか?」
「好きなところからどうぞ。わからないところがあれば、後で補足してもらいますから」
前田は木村を睨みつけた。
「そもそも、あなたに話をして何か意味があるんですかね?」
「意味があるかどうかはこちらで決めますから、心配はいりませんよ」タバコの煙が前田に吹きかけられた。「まあ、話しておくのが賢い選択でしょうね。一人で抱えるっていうのは、リスクも大きいし」
2人はしばらくの間黙っていた。木村の目的がわからない前田の判断は混乱していた。この女は何者なのか? 探偵と自称しているということは、須田と関係があるのもしれない。そうだったら、逆に相手がどれだけ知っているのかを探る、いい機会なのかもしれない。
「そうですね。彼女は僕の恋人で、何か事件に巻き込まれて怪我をしたというので、そのお見舞いに来たんです」
「その事件というのは?」
「よくは知りません。彼女が巻き込まれた理由もわかりませんし」
「なるほどね」木村は吸っていたタバコを地面でもみ消して、新しいタバコを取り出した。「その調子で続きもどうぞ」




