42.
翌日、須田は約束の時間がくるまで、食事以外は部屋に閉じこもっていた。11時頃に、大平が自分の車で須田を迎えに来た。
「すまんね、もう少し早く来られる予定だったんだが」
「いえ、問題ありませんよ」須田は助手席に乗り込んでシートベルトを締めた。「それで、どこに行くんですか」
「ああ、うちの先生の事務所でね。今は特に何もないし、この時間はちょうど誰も居ないんだよ」
「それはいいですね」
少し間をおいて、大平はなんとなくぎこちない感じで口を開いた。
「ところで、最近仕事のほうはどうなんだね?」
「ええ、おかげさまでなんとかやってます」
「君のように真剣に取り組んでれば、大丈夫なんだろうね」
須田は特に大平の言葉には反応しなかった。大平も特に答えは期待していなかったようで、それ以降は黙って車を運転した。
10分ほど経つと、車は目的地に到着した。大平は手早く車を駐車場に入れた。「行こうか」そう言って車のドアを開けた。須田も黙って大平の後に続いた。
事務所の中はキチンと整理されていた。大平は応接セットに須田を座らせて、冷蔵庫から缶のお茶を取り出してきた。それを須田と自分の前に置いて、口を開いた。
「面倒なことは抜きにしよう。君が知りたいことを、教えてくれ」
「そうですね、私もそのほうが助かります」須田はお茶を開けて一口飲んだ。「5年前、私が助けるように依頼された女性には、ヒモ以外に男が居ましたよね。依頼がキャンセルされたのは、その男と関係があるんでしょうか」
「そうだな、関係はあるよ。先生には、まあ妾といっていい人が何人かいてね、彼はその息子なんだよ」
「愛人の子どもが支援者の娘と交際したところで、大した問題ではないと思いますが。ところで、その息子さんは自分の出生に関することは知ってたんですかね」
「ああ、知ってたよ。公式に先生が父親だということにはなってなかったんだが、あの人の立場としては精一杯親子として関わっていた」
「しかし、それがああいった事件に伴って発覚するのは避けたかったわけですか」
「いや違う、それは違う」大平は強く首を横に振った。「彼だけであればそんなことはしなかった。問題は殺されたヒモのほうだったんだ」
「どういうことです」
「彼女、君の言うところの愛人の息子だったんだよ、あのヒモは。もちろん先生の息子じゃない、別の男だ。離婚して男のほうに引き取られていた息子だよ」大平は溜息をついた。「先生は彼女を守ろうとしていたんだ」
「その関係は、今おっしゃった関係はどの程度の人間が知っていたんですか」
「当人達は、先生の2人の息子達は知っていたよ。彼らは兄弟として互いに認めていた」
しばらく沈黙が降りていた。須田は低い声で質問を発した。
「先生のご子息は今どこにいるんですか」
「わからない。あれを境に姿を消してしまったよ」
「名前は、わかりますか」
「武志というんだ。前田武志」




