31.
椅子で寝ていた須田はドアを叩く音で眼を覚ました。事務所に泊まっていくのは珍しいことではなかったが、こうして起こされるのは珍しいことだった。ドアを開けると、筋肉男が立っていた。
「あんた、仕事熱心なんだな」
「そうでもありませんよ。そういうあなたこそ、ずいぶんと熱心なようですね」
「え、ああ。元雇い主が薬関連で死んだかもしれなってことになりゃあな、とばっちりがくるかもしれねえし、熱心にもならあね」
「それはそうですね。それで、何か情報でもあったんですか?」
「ああ、それはな。あんたのほうで何かないかと思ってな」
「残念ですが、進展は何もありません」
「いやまあ、そうだよな、昨日の今日じゃな」筋肉男は一瞬言葉を切って目を泳がせてから、一歩後ろに下がった。「悪かったな、朝早くから」
「いえ、いつでもどうぞ」
男が背中を向けると、須田はゆっくりドアを閉めて溜息をついた。昨晩調べたファイルが積み上げられている机を見て、さらに溜息をついた。積み上げられているのは、物色されていた形跡があった5年前と最近のファイルだけではなかった。もう一度ファイルを調べようと机に近づくと電話が鳴った。
「はい、須田探偵事務所です」
「これはこれは、お早い出勤で何より」
三山だった。
「何か急を要することでもあったか?」
「急かどうかは知らないけど、ちょっとしたことがあってな。三流弁護士の件で」
「何だ?」
「まあ俺がうかつだったんだが、ちょっと知り合いにあたってみたら、嫌な昔話を聞かされたよ」
須田は黙って話の続きを待った。
「要点だけ言うとだ。あのおっさんは若い頃にドラッグに手を出したんだ。ほとんど表沙汰にはならなかったようだし、今ではなんとか抜け出してるようだけどな。もし、お前の考えてるように、今回の件に関わってるなら、奥っていう小者がこのおっさんの昔話に出てくるかもしれないわけだ」
「それじゃ、そっちの線を頼む」
「ああ、何かわかっても表では使えないだろうけどな。まあ、たまにはこういうのもいいだろ」




