30.
須田は家に戻らず、事務所に向かった。寝る時間を削るだけの価値はある事件に思えた。事務所の鍵を開けようとしたとき、鍵穴の周りに、見慣れない傷があるのに気がついた。須田は鍵を引っ込めて、用心深く一歩後ろに下がった。耳を澄ましてみたが、中に誰かいる気配は無かった。須田はもう一度鍵を開けて、慎重に事務所に足を踏み入れた。
事務所の中は一見したところ、荒らされた様子もなく、いつも通り適度に散らかっているように見えた。しかし、散らかした本人には、わずかな違いもよくわかる。今までの依頼をまとめたファイルを収めた棚が、物色されたようだった。明らかに、ただの空き巣ではなかった。
須田は受話器を取り上げて、石村の携帯をダイヤルした。
「あー、なんだよこんな時間に」
「どうも、俺の事務所に来客があったらしい。ご丁寧に、自力で資料を調べて行ったみたいだ」
「それは面白い話だな。何か盗られたか?」
「いや、多分何も盗ってはいないな。なにを漁っていったかがわかるといいんだが」
「今回の件と関係があると思ってるのか?」
「その確率が高そうだ」
「そうか。とりあえず届けは出しといてくれよ」
「ああ、わかった」
須田は受話器を置いた。棚の前に立って、ファイルをじっくりと眺めた。物色された形跡があるのは、最近の部分と、5年前の部分だった。最近の部分はともかく、5年前というのは不可解だった。須田は慎重に5年前のファイルを手に取った。ざっと見たところ、ページが抜き取られているようなことはないようだった。
とにかく、記憶をたどりながら、ファイルされている資料をよく読むことにした。




