25.
須田は木村興信所に向かっていた。前田と会う時間には、まだ1時間半ほど時間があった。
「お世話様。木村はいるかな?」
「ああ、須田さん。木村さんならいますよ」
入り口付近の若い事務員が顔を上げて答えた。須田はうなずいて、間仕切りボートで仕切ってある、事務所の奥の木村の机に向かった。木村は顔をしかめて、書類の束とにらめっこしていた。
「税金対策か?」
「うちは不明朗な個人営業とは違うもんでしてね」木村は顔を上げずに続けた。「それで、あんたの事件はどうなったの?」
「これから本格的に動きだしそうだ」
「やっとね。まあ、相変わらずゆったりとした仕事ぶりだこと」
「一人で仕事をする最大の利点だ。ところで、油を売りに来たわけでもないんだけどな」
「ああそう。それじゃあ、割り増し料金を請求しないとね」木村は書類から目を離さずに、自分のパソコンのキーボードを叩いた。「で? なにを調べるの?」
「警察がマークしてる、奥っていう男がいるらしいんだが、わかるか?」
「どんな分野」
「表向きはただのチンピラで、裏ではドラッグを扱っているらしい。要領のいい奴だ」
「警察にも人気のアイドルさんね。その類だったら、うちにもなんかありそうなもんだけど」木村は何度かキーを叩いた。「ああ、こいつね。あの件はあんまり、というかほとんど実にならなかったんで忘れてた」
須田は黙ったまま、先をうながした。
「3年前の話でね、依頼主は老齢の女性。内容は息子の態度が妙だから、何を隠してるのか調べてほしい、といった感じ」
「その息子が奥か」
「違う。その奥ってのは、調査してるうちに浮かんできた謎多き人物というもんだったわけ。これが嫌になるくらい正体がつかめなくってね」木村はキーボードから手を放して、マグカップのコーヒーを一口飲んだ。「結局、ろくな成果はあげられなかったってわけ」
「なるほどね。ところで、その依頼人の息子っていうのは?」
「ああ、それね。吉田っていう中年の弁護士」




