122.
「前田君」
声をかけられた前田は顔を上げたが、なにも言えなかった。
「相席しても、かまわないかな」
前田はしばらくの間うつむいて黙っていたが、なんとか気分を落ちつけた。
「どうぞ」
「ありがとう」
大平はそう言って椅子に座った。
「それで、なんの話です。こちらからは特になにもありませんが」
「そう言わずに私ときちんと話して欲しい」
「それはどういった風のふきまわしです?」
「色々あったんだ。君とはどうしても話をしておかなければいけない」
明らかに前回会った時とは違う様子の大平に、前田は多少気圧されていた。
「私はね、君と話してから考えたよ。今までずっと先生、君の父親のために私は働いてきた。君のやりたいことに協力したら、それは無駄になってしまうんじゃないかと、そう思っていた」
大平は薄く笑った。
「しかし、無駄にならないということは、本当に私が望むものではないんだよ。たまには正直に行動してみたくもなるんだ」
「つまり、どういうことです?」
「君の聞きたいことをなんでも聞くといい」
「5年前のことでもですか」
「知っていることなら答えられるよ。残念だが、私はそれほど知っているわけではないのだけどね」
「いえ」前田は首を横に振った。「聞きたいのは現在のことです。あなたがこれからどうするのか」
「これからは、そうだね。今世話になっている人がいるから、その人に協力していこうと思っているよ。おそらく、君にもいい結果がでるだろうね」
「どういうことです?」
「今回はきっちりやる決心がついたんだよ。もちろん信じてくれなくてもかまわない、これは私が決めたことだからね。君とは関係なしに最後までやるつもりだよ」
大平は立ち上がって店を出て行こうとした。前田は思わずつられて立ち上がって大平を制止した。
「待ってください。話しておきたいことがあります」




