116.
前田は黙って歩いていた。男は最初はついてこないようなことを言っていたが、何が気になったのか、結局前田を案内することにしたようだった。
しばらくすると、男は前方に見えたマンションを指差して口を開いた。
「あそこです。まあ、いいところですよ」
前田は黙って男の後についていった。
そうしてマンションに来た2人と、須田は鉢合せしそうになった。前田と男がマンションのエントランスに入っていくのを、須田はなんとか身を隠して見送った。
2人がエレベーターに乗ったのを確認すると、すぐにエレベーターが何階に止まるかを確認した。さっき山崎に連絡をした部屋の階に止まった。須田は自分も上に行って確認したい衝動にかられたが、リスクを考えてそれは思いとどまった。ここに張り込んで、前田と一緒の男が出てくるのを待つことにした。
あの男は初めて見た人物であったし、奥に近い人物だろうと直感したからだ。須田はすぐに山崎に連絡をした。
「もしもし、須田だ」
「ああ、なんですか?」
「さっきの部屋の件なんだが、どうも思い違いだったらしい。鍵は必要なくなった」
「ああ、まったく。そういうのはちゃんと確認してくれなきゃ困りますよ」
「よろしく頼む」
「さぼらないで仕事してくださいよ」
須田は返事をしないで電話を切った。そして、マンションの出入り口が見渡せて、目立たない張り込み場所を探すためにあたりを見回した。あいにく、そのあたりには適当な場所がなかった。エレベーターホールの入口から目を離さないように気をつけながら、張り込み場所を探すことにした。
そして、なんとか場所を確保してからしばらくして、さっきの男が1人でマンションから出てきた。須田はカメラを取り出して、慎重に男の後をつけ始めた。
幸いにも男は徒歩で、あせる様子も尾行に気づく様子もなくゆっくりと歩いていた。その調子でしばらく歩き、ちいさな雑居ビルの前に到着した。男がそこに入っていくのを確認すると、須田はその雑居ビルの名前を書きとめた。
カメラを確認すると、多少遠いが、男の顔がしっかり撮れている写真もあった。まずまずの成果と言えた。




