11.
事務所に戻って、たまっていた事務処理を片付けていると、いつの間にか8時をまわっていた。その間、依頼人は一人も現れなかった。須田は早めに「いつものところ」に行くことにした。
「いらっしゃいませ。ああ、須田さんですか」
バーテンダーは穏やかな笑顔で須田を迎えた。けっこうな高級感のある店だが、値段も雰囲気も気どったところがないバーなので、須田はそれなりの常連だった。ストゥールに腰かけると、ハーフロックのライウイスキーが当たり前のように出てきた。須田は唇を湿らせる程度にそれを飲んだ。
「この店に似つかわしくないオーナーはまだ来てないよな」
「ええ、まだですよ。また何かやっかいごとがあったんですか?」
「ああ、やっかいなことになるかもしれない。それはそうと、晩飯になるようなものを頼むよ」
「すぐに出せるのはフィッシュ&チップスくらいしかありませんけど、かまいませんか?」
「ちょうど揚げ物が食べたかったんだ」
バーテンダーは厨房に声をかけた。
「それはそうと、何で今日は客があんまりいないんだい? 場違いなオーナーが来ることが知れ渡ってるのかね」
「さあ、何ででしょうね。今日は常連さん以外は来てませんよ。ああ、いらっしゃいませ」
新しい客が入ってきたので、バーテンダーはそっちの応対に行った。須田はゆったりとした気分で、ウイスキーをゆっくりと味わった。しばらくそうしていると、バーテンダーがフィッシュ&チップスを持ってきた。
「お待たせしました。ところで、今回はどんな事件なんです? うちのオーナーが関わってる時は、けっこう入り組んだ話が多いようですけど」
「まあ、それは言えてるかもしれない。今回も最初は単純そうだったんだけど、そう単純な話でもなくなってきた感じだよ」
「片がついたら教えてくださいよ」
「まあ、話せる範囲では話すよ」
「楽しみにしてますよ」
そうしてだらだらしていると、三山がドアを開けて入ってきた
「早いじゃないか」三山は店内を見回した。「もう一人はまだ来てないな」
「一緒じゃないのか」
「お互い暇じゃないんでね、お前は暇そうでいいな」
「そうでもないさ」
三山は須田の隣のストゥールに腰かけて、須田の前に置いてあるものを覗き込んだ。
「フィッシュ&チップスだけか、もう少し経営に寄与するようにしてくれるとありがたいんだけどな」
「依頼人になるかもしれない人間の前では酔っ払わない主義でね」
「そうかいそうかい。それじゃあ、店の邪魔にならないように奥の事務所に行こうじゃないか」三山は立ち上がって、バーテンダーに声をかけた。「あの腐れ弁護士が来たら事務所に通してくれ」
「はい、わかりました」




