106.
前田がいなくなった事務所で、須田はぼんやりと椅子に座っていた。もちろんただ何もしていないわけではなく、頭は働いていた。
これからすべきことの優先順位。前田の行動を監視するというのは重要だが、それ以上に奥の動きを警戒しなければならない。体が二つ欲しいところだった。だが、前田のことを他人に頼むことはできない、あの男が表に出てしまうと、話がややこしくなるだけ、ということになりそうだからだ。
それに、何より危険なのは奥だった。今までの行動を考えると、殺しもやりかねない男というのはわかっている。そんな男のことを他人に任せるのは気が進まない。
奥の足取りはつかめていないが、行動を起こせばそこから捕まえることも不可能ではないだろう。おそらく前田も目的は同じだろうから、うまくいけば同時に捕捉することもできるかもしれない。
須田は机の引き出しを開けて、小さな瓶を二つ取り出した。瓶の中身はカフェイン入りの錠剤と自衛用の特別にホットな唐辛子の粉末だった。錠剤を一つ飲み込んでから、両方の瓶を上着のポケットに入れて、須田は立ち上がった。慎重に、大胆に行動しなければならない。
前田は須田が事務所を出て行くのを、建物の陰から見ていた。意味がないことなのはわかっていたが、自分を後押しするものが必要だった。須田が行動を起こした様子を見て、なんとか自分が動き出す気力がわいてきた。
もう一度、いや、何度でも奥と接触する。そして、その全てをこのレコーダーに収める。危険があるのはわかっていたが、それくらいは当然のリスクだと、そう考えられるほど気持ちが落ち着いてきた。
そうして前田はその場を立ち去ったが、須田は角を曲がる振りをして、その様子を観察していた。前田を放っておくのはあまり得策とは言えないが、今は仕方がない。それに、この男をマークしてないという事実は、奥を油断させるのに役立つかもしれなかった。危険はあるが、なにしろ思い切った行動が必要だった。




