103.
前田には悩みが生まれていた。大平には威勢のいいことを言ったが、どうすればいいのかわからなかった。ずっとこんな状況が続いてることに、苛立ちもつのっていった。
いっそのこと、あの探偵か警察にでも全部ぶちまけたい。そういう考えも頭をよぎったが、なんとかこらえた。これは俺の復讐なんだと、自分に言い聞かせた。
そのために必要なことはなにか? 奥と大平は、もうすぐ決着がつくようなことを言っていた。つまり、それを阻止できれば、連中の思い通りにはならないはずだと、前田はそう考えた。
もし、須田という探偵に奥に教えられた通りの嘘を言ったらどうなるだろうか? おそらくあの探偵は納得もあきらめもしないだろう。ここまで入れ込んでるような変わり者なら当然そうなる。
動こうにも、どうしようもなかった。
一方奥は、そんな前田とは対照的だった。今はまだ自分のところまでは手が伸びてきていない。うまくやれば何も傷つけずに丸くおさめられるだろう。生贄を差し出すことができれば。
奥は5階建ての雑居ビルの中に入っていった。3階まで階段を上ると、明かりのついてる部屋のドアを軽くノックした。
「俺だ」
ドアが少し開けられ、中の男は奥の顔を確認してから、奥を室内に迎え入れた。室内は綺麗に整理された普通の小規模な事務所にしか見えなかった。奥を迎えた男も、ごく普通のサラリーマンにしか見えなかった。
奥は適当な椅子を引っ張って腰を下ろした。サラリーマン風の男も、黙ってそれにならった。
「何か動きはあったか?」
「いくつかあります。すでにご存知なことも多いと思いますが」
奥は自分の顔の前で軽く手を振った。
「とりあえず全部聞かせろ」
男はデスクの上のファイルを手にとって開いた。
「例の探偵ですが、今日はかなり動きまわっていたようです。用心深い男で、あまり足取りはつかめてません。ただ、あの前田という男と接触しました。隣の街の公園に行ったようですが、そこで何があったのかはわかりません。その後は吉田の事務所に行ったようです」
「やってくれるな。それで?」
「そこから三島を別の場所に移して、吉田を拘束したようです。警察には引き渡していません。ただ、その後は警察署に何回か出入りしています」
「警察から出てどこに行ってたんだ?」
「すみません。かなり尾行しにくかったので、詳しくはわかりません。工場の多い地域に行っていたようですが」
「なるほど」奥はにやりと笑った。「奴が何をしていたかは大体わかった。それで、その後は」
「三島と清水の2人をホテルに送っていたようです。それ以降の足取りはつかめていません」
「手強いじゃないか」
奥は立ち上がって、ゆっくりと歩き回った。立ち止まり、おもむろにデスクの上の置き時計を手にとって、思いきり壁に投げつけた。
「イライラさせてくれるな」




