101.
須田は吉田の自宅に向かっていた。吉田からはまだ聞き出すべきことがあるように思えた。吉田の住むマンションの前に到着すると、見覚えのある車が止まっていた。須田は車に近づいていって、窓をノックした。
「何か変わったことはあったかい」
窓が開いて、三山のところで色々な雑用をやっている若い男が顔を出した。
「どうも須田さん。こっちは特に変わったことはありませんよ」
「好都合だ。あまり長い間は続かないことだろうから、辛抱してくれ」
「ええ、わかってますよ。うちのボスからもたっぷり釘を刺されたんで」
「それなら安心だ」
須田は笑みを浮かべて、一歩下がった。
「今度は何をしてるんです? 面白いことなら教えてくださいよ」
「いつになるかはわからないな。まあ、そのうち話せるはずだ」
須田は手を振りながら、マンションの玄関に向かった。吉田の自宅は5階だったが、須田は階段を使った。部屋の前に着くと、一呼吸おいてからドアホンを押した。
「はい」
少し震えた声の吉田がでた。
「須田です。少しお話したことがあるので、開けてもらえますか」
ドアホンが切れる音がしてから、1分ほどで鍵が開けられる音がした。ひどく憔悴した表情の吉田が顔を出した。
「どうぞ、入ってください」
須田は黙って部屋に入った。室内はよく整理されていてすっきりとしていた。居間にはせいぜい2人ぶんくらいの広さの背の低いテーブルがあった。吉田は黙って来客用と思われる椅子を引っ張ってきた。
「狭くてすみません」
「よく整理されて、いい部屋じゃありませんか」
須田はそう言いながら椅子に腰を下ろした。
「それで、ご用件は」
吉田は須田の言葉を無視して、精一杯強がっているように見えた。
「たいしたことではありませんよ」須田は絵を取り出して、テーブルの上に置いた。「絵が完成したので、見ていただきたいだけです」
吉田は絵をみてから沈黙した。数分経った後、吉田は立ち上がって、奥の部屋に行った。そして、戻ってきた吉田の手には一枚の紙が握られていた。それを黙って須田に差し出した。
「これは?」
その紙には携帯電話の番号らしきものがかかれていた。
「連絡先として教えられていた電話番号です。今、できることはそれだけです」
そう言った吉田は、疲れた表情で首を振ってから椅子に沈み込んだ。須田はその紙をポケットにしまってから立ち上がった。
「ご協力、感謝します」




