過去話②
その日、挨拶を兼ねて俺と親父は友人宅へと訪問していた。
「相変わらず、来るときの前触れがないといいますか、唐突といいますか」
「そんなの当たり前だろ。旅している道中に寄ってるんだからよ」
「いやいやそういうことではなくてですね」
親父と話しているのは火群と火蓮の父親、火水である。二人は昔からの知人らしく、俺の父親は遠慮なしに近くにくればたびたび押しかけていた。
その火群の父親はお決まりになったため息を一度吐いてから、
「まぁ、いいですけどね」
諦めたように言う。
「でも一つだけ助言も兼ねて言わせてください」
「なんだよ、そんな深刻な表情で」
「深刻にもなります。いいですか、あまり九煉君を一緒に連れてくるのは止めてください」
それだけ言うと親父は庭にいる俺の方に視線を向けた。
俺が言えることは二つ。
一つ、火群と火蓮の父親である火水は俺の事を嫌っているわけではないということ。
二つ、言い方に棘があるように思えるがそれは、五〇%俺の事を心配しているからこその言葉だということ。
さて、五〇%ということは後の残り半分が足りていない。
その真意を炙り出すかのように俺の親父が言う。
「そうか、じゃあ、二度と連れてこない方がいいんだな」
「――ぬっ」
いや、「ぬ」て!
火群の父親である火水は、それはそれで困ると言葉を詰まらせてしまった。
そこは即座に、はいっ、と言ってほしいと当時の俺が訊いていれば思っただろう。
庭という名の荒野の果て、草木がわずかしかなく、地平線が永遠と続いている辺鄙な土地。なぜか俺の父親の知り合いは人気の少ない土地に家をたて、ひっそりと暮らしている傾向がある。
そんな大荒野の先、申し訳なさそうに火群と火蓮の父親火水は、俺と火蓮がいる庭へと視線を送る。そこには無邪気に走り回る二人の姿があった。
正確には無邪気に俺を追い駆けまわす幼き火蓮と、生命の危機を覚え必死に嗚咽を零しながら泣きじゃくって逃げ惑う俺である。ちなみにこの時すでに俺は何度拳を喰らっていたか数えている暇はなかった。
「私はあの子の事が心配なんです! おかげで家の中の家具が無闇に壊されないし、反抗期でもないから父親に甘える娘が甘える代わりに容赦のない攻撃を喰らう必要がないとしても!」
「決してお前が言うな、お前がな」
この時すでに、火蓮は力があり余っていた。よって、躾では抑えきれないその力の発散に俺という生贄がいることで、火群と火蓮の父親である火水、いやもういいか。火水は二つの葛藤で俺の事を半分しか心配してくれなかった。
「ところで話は変わりますが、」
「ひたすらに逃げたな」
「ぐっ、それなら父親として九煉君をここに連れてこなければいいんだ!」
「逆ギレっ! やんごとなき逆ギレ!?」
心底揺れ動く葛藤で、結局最後には俺を差し出す火水は、深い、それはそれは深いため息を吐く。
「冗談はさておいてもですね」
「冗談ではなく事実しかない気がするが、なんだ?」
一瞬止まりはしたものの、そのまま火水は続ける。
「近頃、あの子も【限界解除】の傾向が見られまして、さすがに頑丈な九煉君でも問題が生じる頃合いかと思います」
俺の心配よりも火蓮の開花に驚いた様子で親父は感嘆の声を上げた。
「かぁっー、あの歳でか! 誰に似てそこまでの才能を受け継いだのか、俺が言えるのは間違いなく母親の血が強いってことだな」
「でしょうね。私は遅咲きでしたから」
「そんなに卑屈になるなよ。優秀な子が二人もいるんだから、な。双子?」
何時からいたのか、読みかけの本を片手に、今は読む気がないようで興味のある方向へと視線を向けていた火群が呼びかけに応える。
「僕は生まれたときからできたので、なんとも言えませんね。それにその呼び方だとどちらを指すのか分かりづらいのでやめていただけませんか、九曜さん」
「相変わらず、生意気なしゃべり方だな。双子の兄」
子供じみた返しに火群は黙って庭の先を再び眺め始める。
「………………」
「ほんとに誰に似たんだかな」
「この子はこの子で、生まれ持ったものが強すぎて私では手が終えません」
「例えば?」
「私よりも知識の幅が広すぎで質問に答えられません」
「お前は新米教師か」
「しかしですね、親が子の質問に答えられないというのは……」
「真面目かっ、いや真面目だ! いいか、された質問なんてものは適当に答えておけばいいんだよ」
「そういいますけどね。ああ、では試に……。火群、九曜さんになにか質問してごらん」
幼き火群は視線を一度だけこちらに向けはしたが、前を向いたまま適当に質問を繰り出す。
「九煉は【限定解除】もしないで、なぜあそこまで――」
「知るかボケっ!」
喰い気味である。
質問をされるよりも早く解答が飛び出た。
「なんというか、最低の極みですね」
「おうっ、分かる答えでもこれで乗り切れる」
「本当に九煉君のことが心配で仕方ありません。いっそのこと――」
「ほう、お前の子供にでも――」
「火蓮のお婿さんに来てくれませんかね」
「鬼だなお前は」
「それはそれで失礼ですね」
「いいのでは。火蓮は九煉の事が好きみたいですよ」
――ぎょっ!?
とざわついた二人の父親は九煉の上でマウントを勝ち得た火蓮を見た。
「それは誰に聞いたんだい火群」
「母さんと七姫さんの会話で、女の勘がそう言ってるってさ」
「「おそろしい」」
声を揃えて二人の父親がなによりも勝る『女の勘』に慄く。
それはそうと、と付け足して火水が尋ねた。
「今回はなんの用事でうちへ?」
俺の父親は近くにいても用事がなければ素通りすることの方が多い。なので、今回も当然、なにかしら迷惑な要件を引っ提げて訪問してきたのだろうと火水は訊いたのだ。
「ああ、そうだった」
すっと火群が立ち上がる。
「そろそろ、鼻血がでる限界みたいだから観察は止めて、止めてきます」
止められるなら残酷な追いかけっこが始まる前に、止めてあげてと他人である火水は思う。
「俺たち旅の範囲広げるからしばらくこの土地離れる」
飛び出そうとした火群の足が止まる。
そして珍しく尋ねた。
「それはどれくらい?」
「さぁな、何年かは戻ってこないから、最低でも五年以上は――」
「そう……」
火群は少しさびしそうな表情を作った。
しかし、それよりも激しく反応したのが、火水だった。
「ちょ、ちょっと待ってください! それじゃあ、これから火蓮のあり余った力を誰にぶつけろっていうんですか!」
「貴様は人の息子をなんだと思ってるんだ」
当たり前だが火水は言い返せない。
「安心しろ、あいつがいい歳になったら人並みに学校っていうやつに入れるつもりらしい」
「あなたの意見ではなく七姫さんの懸命な意見ですね」
「うるせぇよ。親子の旅は俺の一つの夢だったんだよ」
「一生旅でもさせる気だったんですか」
「ちなみにどこの学校ですか?」
真剣な眼差しでなぜか火水が尋ねる。
「俺が持ってるコネなんて【花王】ぐらいしかないだろう」
「分かりました。火蓮にはそう言って説得します!」
「なんていうか、鬼を通り越してゲスだなお前。つうわけでだ、火群、学校に通うならあいつの事頼むわ」
少し考えたのち、火群はこう言い正した。
「学校は民間、学園は国家の機関なので、学校ではなく――」
「いや、どっちでもいいし!」
火群は少し微笑んだのち、手遅れになった鼻血まみれの九煉へと飛びだった。
「あれでも九煉君は数少ない二人の友達ですからね。やはり火群も思うところがあるのでしょうね」
「それは九煉も同じだろうが、心底喜んでいたのは心にしまっておこう」
「しまっておくなら口に出す前に鍵を掛けてください」
「おっと迂闊だった」
「まったく……あなたという人は」
三人の子供を眺めながら、二人の親は物思いに耽る。
子供の成長を願い――そして、
「必ず【花王】直結の学園にしてくださいよ。もし、別の学園に九煉君が入りでもしたら、私は火蓮に殺されかねない」
「わかったよ(いつ入れるか全く予定にないけどな)」
自身の身の安否と、面倒な案件を抱え込んだそれぞれの父親は、夕暮れの中、泣きじゃくる俺の声をカラスの鳴き声と勘違いしながら締めくくった。




