Phase:4
惟神は昇降口を出て空を見るなり「なんだ、雨止んでるしー」と言った。
その言葉通り雨は止んでいた。悠祐は内心ホッとしていた。惟神は何か不服なのかちょっとご機嫌斜めである。
夜だから雲の隙間から太陽の日が差すということはないが、浴びれるものならなんとなく浴びたかった。気分的に。そんな感じだ。ほかに理由などない。
「ほんとだ、傘いらないね」
こっちを見るなり惟神はぷくっと膨れてみせた。
夜だからといって袱紗市は何も変わらない。都会に行けば怪しげなネオンが光っていたりと危なげな感じを醸し出しているのかもしれないが、ここ袱紗市は特に発展してるわけでもないが、ド田舎というわけでもない。
ここ南袱紗第三高校は袱紗駅に対して南口にできている。ここ最近大型量販店が南口に進出してきたこともあって駅近くにはそれに便乗するように少しづつ増え始めてきていた。高層ビルも都会ほど高いわけではないがある。そんなこんなで南口は少しではあるが賑わいを見せていた。
「行くよ!!」
何を怒っているのだろうか、悠祐が思う限りこの少女は気付けば怒っているような気がする。半ば強引であるが、先を行く惟神に遅れないように悠祐も少し早足で追いかけていく。その姿は半ば微笑ましく、どこか……。
それから三十分。
時刻は十九時二十八分。
それはなんの前触れなく。
やってきた。
惟神は空を見上げ呟いた。
「雪?」
それに続いて、後を歩いていた悠祐も見上げる。
「季節はずれも程があるなー」
それはどこからどう見ても雪であり、雪でしかなかった。
雪。それは真白であり、純白で汚れない。そう、本当ならその説明で合っているはずである。しかし、今ここに降る雪は白から赤へと色を変えた。
「ふぇ!?」「なんだ!?」
相応の反応だった。誰もが空から降る赤い雪には驚きを隠せないだろう。二人の反応は人間代表の反応と言ってもいいだろう。
赤い雪を見た惟神は「傘!! 傘!!」と催促すると悠祐が右手に持っていた傘を前に差し出した。それをすばやく受け取ると、いや奪い取ると傘はバサッと開いた。
すばやく悠祐はその傘の中に入った。すると、すぐに惟神は言った。
「ちょっ、なんで入ってくるのよ!!」
「なんでって、これ俺の傘だろがー」
「僕が差したんだから、今は僕のだ!!」
「んな、むちゃくちゃな……」
こんな気味悪い雪になど触れたくもない。触れてしまったら全てが崩れるそんな気がした。しかし、悠祐の傘は小さかった。肩と肩の触れ合いがなければ二人は傘には収まりきれない、そして些細な口論をしている二人。この状況を見て誰がこの状況を正確に把握できる人がいるだろうか、いるはずがなかった。
「お二人は仲がいいのですね、羨ましい限りです」
話しかけてきたのは傘を差した二十歳くらいの女の人だった。ブロンズの髪の毛は肩を越えそうなくらいに伸ばしている。五月というのに女の人は厚手のパーカーを着ていた。その女の人はその手には傘を持っていた。これから駅にでも行って彼氏を迎えに行くのであろうか、そんなことを悠祐は考えるが答えは聞けない。
この状況の判断のし間違いにいち早く反論したのは惟神だった。
「だ、誰がこんな奴なんかと、僕はこんな奴など知らないぞ!!」
―そんなに否定しなくても……
こんなはっきり否定されるとたとえ気がないとしてもさすがに堪えるものだと悠祐は知った。
その惟神の反応をどう勘違いしたのか、それともわざとなのか、ただの天然なのか目の前にいる二十歳くらいの女の人は「仲がいいのね」と言って微笑んでいた。惟神の顔は赤くなっていた。悠祐が左を見た時、惟神は右を見て。二人は目が合った。「こんなやつと?」と惟神は呟いた。悠祐も同意するように「俺も同じ意見だ」と言ったら惟神は悠祐の腹をつねった。それが痛くて「うぐぁ」と悠祐は呻いた。なんでと不思議に感じながら悠祐は考えていたらさっきの顔とは裏腹に女の人が真剣な面持ちで言った。
「それにしても変よねー」
「何がですか?」
知らずに悠祐は下手になる。その下手に出た反応が惟神も不思議に思ったのか視線は左から悠祐はすごく感じたが、決して向こうとは思わなかった。向いてしまったら今度は何をされるかわからない恐怖から悠祐は自己防衛に走ったのだった。
「だってこんな気温で雪なんか降らないでしょ? ましてはこんな鮮やかな赤い雪、私生まれて初めて見たよ。こんな気味の悪い雪。気分が悪くなるわね」
そういえばそうだと感じざる得ない部分も多い。気温自体は五月上旬の気温である。そう、それは雪が降る気温でないことは理論的に証明できるはずだ。むしろ、雪の降ることができる気温はたしか0℃くらいである。もちろん、今はそんな寒いわけがない。
「確かに、言われてみれば……」
「何かが、起きるかもしれないわね……」
「何が起きるんですか?」
「わかりなさいよ、それは絶対に悪いことよ!!」
今日一番の不服顔で惟神はいけしゃあしゃあで言った。
それから赤い雪は五分程で止んだ。それは降り積もることもなく、跡形もなく消えていた。その赤い雪の鮮やかさゆえに夢、幻想だったのではないかという人もいる。しかし、あれは決して夢、幻想ではない。そう、実際に存在していたのだった。
この雪は後日報道された。
雪は袱紗市のみで降ったようで他の市では降らなかったらしい。
そしてその赤い雪を見た人は五万四千人だという。
「君たちそういえば名前は?」
別れ際に二十歳くらいの女の人が言って続けた。
「こんな風に会うのも何かの縁かもしれないしね」
「僕は惟神紋乃」「籠林悠祐です」
二人の声は重なった。女の人まで届いたのかどうかと少し不安に悠祐はなった。が、不要な心配だったようだ。
「やっぱり、貴方達仲が良いのね」と女の人は呟いた。その表情は綻んでいた。
「私の名前は……」