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あるスパイの報告より

シリアスです。




ある街から猫達が消えた。




そこは裕福な人間達が多く住まうためか、我々猫族にはとても住みやすい街だった。


第一の天敵たる犬族は

きちんと鎖で繋がれているし、家々の玄関を廻り一声掛ければ、大抵の人間達は食事を貢いでくれる。



そんな条件の良い地域のため、熾烈な縄張り争いが絶えなかったが、1年~2年ほど前に若い5匹のボス達が老いたボス達を追い落とし、それぞれの縄張りが決まると、あちこちで頻発していた争いも治まり、平和を取り戻した街はまさに外猫理想の街となった。







そんな街から猫達が姿を消したのだ。




それはある日、件の街を訪ねた一匹によって齎された。





その猫は昨年恋の季節にその街で番いの相手を見つけ、そのまま定住した兄弟の一匹を訪ねたのだと言う。





街へ入り、懐かしい兄弟の匂いを捜している内に違和感を感じた。



沢山の同族の匂いは感じ取れるのに、その姿が見えないのだ。



そもそも街に入って結構な時間が経っているにも係わらず、誰にも会わない方がおかしい。


5匹のボス達が縄張りの安定を保っているとは言え、そのボスの座を賭けての争いは絶えないため、当然他所から入って来た雄猫は警戒対象になるはずである。





放浪によって培われた勘と、研ぎ澄まされた本能を全開にして街を探索した結果は、「猫の子一匹いなかった」である。

文字通り猫だけが。



事態が自分の肉球に負えないと考えたその猫は、猫会議に訴えたのだ。




我々猫族唯一にして最高機関である猫会議は、訴えを受けるなり、由々しき問題としてその街への侵入禁止令を発令し、詳細な調査を行うべく、猫族でも名うてのスパイ達を召集したのである。






私は召集されたスパイの一匹だ。

猫会議の名の下に、彼の街で一体何があったのか詳細を調査せよとの命を受け、件の街の周囲を探っていた。



すると集められた情報から、消えた猫達は皆自ら街を出たらしいと判った。


数日前、隣街であるこの地の縄張りを、ふらりとやって来た一匹の猫が

乗っ取った。

その猫こそ件の街を支配していた5匹のボス達のうちの一匹だったのだ。



私は早速この地の新たなる支配者となったボス猫に会いに行った。



猫払いをしてもらい二匹きりになると、一体あの街で何があったのかを問い質した。



どうやら人間に捕われていた間に何かがあったらしい。

「とてつもない快楽だったよ。」

とボス猫は言った。

短い尾が床から持ち上がる。猫生の戦いのなかで

半分になってしまった尾。





「何故あの街を出たのです?快楽があるというなら尚更」


私は聞かずにはいられなかった。

猫とは心地好いことを追求する存在だ。

何かを諦めたり、我慢するという行為はありえない。

もちろん快楽も我々が追求するモノだ。


ボス猫は目を細め嘲って言った。


“ではお前が行ってみよ”と。“無上の快楽と豊かな縄張りがお前のモノだ”と。


訳もなく全身の毛が逆立った。


目を細めて私を見ていたボス猫は体を丸くして頭を腹に突っ込んだ。

どうやら話は終わりらしい。




それからも私は調査を続けたが、果果しい成果は出せなかった。


判った事といえば、


街を出た猫には二通りあった事だ。猫拉致事件が起こり、危機を感じて街を出た猫達と、拉致されて逃げて来た猫達がいる事。

どちらの猫も街には戻らなかったが、それは逃げて来た猫達の様子が理由だった。



誰も街へは戻らず、さらに遠くへ移動する者達もいた。街から遠くへ行こうとする者は皆、拉致被害者だったのだ。


理由を問われたある一匹は語った。

“あの街に戻らないためだ”と。



これ以上はもはや時間の無駄と考えた私は、調査の打ち切りを決断したが、最後につい最近街から脱出して来た拉致被害者に会うことにした。



それは真黒の毛並みと長い尾を持つ、猫目を引く美しい猫だった。



私は他の猫達にした同じ質問を投げ掛けたが、返って来る答えもまた同じだった。

悄然として満足できない報告を猫会議へ持ち帰ろうとした時、彼女が呟くように言った。

“あの街に生命の危険はないので禁足令は不要だ”と。目を細めた言い足した。“精神や魂の危険はわからないけど”と。

「私は猫族だから、他の猫が求める事を禁じることは出来ない」

“生命の危険がないなら尚更ね”

床を這っていた長い尾がゆらりと持ち上がる。

「でもあの場所に留まる事は出来なかった。」


「理由を問うても?」



“理由を問うても?”

その言葉にわたしはあの時の場面を思い出した。

三日月の唇。細いけれどわたしの体を自在に扱う指。その指がわたしに与えた快楽を。ぐったりと力の抜けたわたしを胸に抱きしめ耳を甘噛みされた…

ぶるりと身震いした途端、意識は現実に戻る。



“理由を問うても?”

続く沈黙に答えは無いと思ったとき、彼女がぶるりと身震いしてぽつりと言った。



“猫として何かを失うと思ったから”



私はその地を後にし、猫会議に調査の全てを報告した。

そうして最後に彼女の言葉を伝えた。


やがて彼の街は禁足令を解かれたが、街に住む猫はいなかった。


謎は残ったまま。

私の好奇心は疼いたが、拉致被害者達を思い出したら不思議な事に、興味が失せた。



“好奇心は猫をも殺す”

そんな諺がふと浮かんだ。人間の諺が…






重くて疲れました。

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