第1話 入学
(担任の先生はどんな人だろう? 確か、かの御高名な賢者、アクセル・アックス様は今年は1年生を受け持つって聞いたけど……もしかして、もしかして、期待していいよね?)
時刻は午前九時ちょうど。
ファルアルマ魔術女学院、一年雪組の教室。アンヌ・フィリップスは、かねてより進学を熱望していたこの場所で、胸を高鳴らせていた。
磨き上げられた石造りの壁、歴史を感じさせる重厚な机。窓から差し込む光さえ、どこか神秘的な魔力を帯びているように見える。
アンヌは、紫がかった黒髪のロングヘアを少し気にしながら、憧れの教室の席に着いていた。彼女が着ている制服は、黒のタートルネックにグレーのタクティカル・ジャケットを羽織った、機能美あふれるデザインだ。
気弱そうな表情を浮かべる彼女だが、その内側には、新たな人生への期待が渦巻いていた。
アンヌは、心を躍らせて、担任の入室を今か今かと待ちわびていた。
その時。
ガラガラガラ……
ゆっくりと扉が開かれ、教室に入って来たのは……
「おらぁ! 新入生どもぉー! 入学おめでとさんー! いいか、その焼き過ぎたクロワッサンみてーな不細工な耳をかっぽじってよぉーく聴けぇー!」
教室内を切り裂いたのは、優しい賢者の声ではなく、鼓膜を直接蹂躙するような爆音だった。
アンヌは、思わず耳を塞いだ。
壇上に立っていたのは、こんがりと日焼けした肌に、複雑に結い上げられた銀髪のツインテールを揺らす若き魔女の姿だった。
魔女は、タクティカル・ベルトを腰に巻き、袖を捲り上げた制服のジャケットを羽織り、不遜な態度で仁王立ちしていた。
(え? ギャル……?)
アンヌが抱いていた魔術学院のイメージが今、音を立てて崩れ去っていくのが分かった。
かつてはそれなりに見知っており、しかし自身とは無関係だと思い込んでいたギャルという人種が、この世界にも存在しているとは露ほども思わなかったのだから。
「今からてめぇらをテストするぅ! 合格した奴はあーしら花蓮の新兵として入団を許可してやるぜ! ありがたく思えぇ!」
教室内は、水を打ったように静まり返った。
……いや、静まり返ったのではない。
アンヌは、周囲の席の生徒が恐怖に顔をこわばらせ、制服の襟を握りしめているのに気づいた。
何かを決意するような、何か大きな試練にでも挑むかのような、そんな前向きな表情を浮かべて。
教室内の全ての生徒達の視線は、壇上のギャル魔女へと注がれていた。
(花蓮……? 新兵……?)
アンヌは心の中で首を傾げた。憧れの魔術学院での新生活。彼女が期待していたのは、高潔で神秘的な講義だったはずだ。
(こ、これって、ひょっとして皆知ってたってこと? にゅ、入団テスト? 入学式の当日にこれが行われて、皆、これに臨むつもりでいたってこと?)
キョロキョロと周囲を見回し続けるアンヌだったが、そんな彼女の挙動は目立っていたのだろう。
「おぉーい、そこの黒髪ぃ」
壇上のギャル魔女がビシリとアンヌを指差した。
「ひゃい!?」
バッチリと目が合ってしまっているので、人違いの線は無さそうである。アンヌは反射的に声を上げていた。
「お前さっきから、なぁにキョドってんだ? もしかしてビビってんのか?」
ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべるギャル魔女。
その表情を目にしたアンヌの脳裏には、過去の様々な思い出が夏の夜の流星群並の量で過ぎっていった。主に嫌な思い出が。
何度この笑みを浮かべた人物達に嫌な思いをさせらただろう。
自分が彼女達に何をしたのか? 気に入らないという理由で、ただ面白いというだけの理由で、どうして私はこんな目に合わされているのだろうか?
何度思い悩み、嘆いただろうか。
そんな気色の悪い笑みが、この世界でも自身に向けられている。
その想像だけで、アンヌの心臓は縮み上がっているかのようだった。
「ひえ。ビビビ、ビビってはおりまひぇん」
「ははっ! ビビってんじゃねーか。ま、仕方ねぇよな。花蓮でのし上がれりゃ、卒業後の将来だって約束されるようなもんだ。今この瞬間に幹部候補生にでもなろうもんなら、一気にエリート街道爆進だ。ビビらねぇ方がおかしいだろ」
「ひえ!?」
ギャル魔女から放たれた台詞に、アンヌは上半身を跳ね上がらせた。
「あぁん? お前もしかして、本当に入団テストのこと知らなかったのかよ?」
ブンブンと首肯するアンヌの様子に、ギャル魔女は呆れたように額に手のひらを当ててため息をついた。
「魔術学校に進学するのに抗争のことも知らないとは、とんだモグリだな。お前、一体どこのド田舎から出てきたんだ? まぁいいや。さっさとテストを始めるぞ」
「あ、あの……」
改めて教室を見渡し始めたギャル魔女に向かって、アンヌは恐る恐るで挙手をした。
「なんだよ? しつこい奴だな」
「わわわ、私は、入団テストを、辞退します。私には、抗争とか、そういうの、無理ですので」
「あぁん?」
勇気と全力の声を振り絞って意思を伝えたアンヌに、ギャル魔女はゆっくりと視線を戻した。
反応したのはギャル魔女だけではなかった。
周りのクラスメイト達も、にわかに色めきだったのだ。
微かに耳に届いてくる、ひそひそと囁き合うその内容は、その全てがアンヌに対して批判的なものであった。
そこでようやくアンヌは気付いた。
この学院における花蓮という名の組織への入団は、生徒にとって義務にも近い、非常に名誉あることなのだと。
「お前、もしかしてあーしが冗談でも言ってると思ってたか?」
ギャル魔女の声色が一気に低く、ドスの効いたものへと変貌し、その双眸も怪しく揺らめいた。
「冗談じゃねぇこと、分からせてやんよ」
その手のひらには、蒼く煌めく魔力が一気に収束し始めるのだった。




