第1話
二〇〇年前、神は唐突に、そして慈悲深く、人類にあるプレゼントをした。
「最後の一人になるまで殺し合い勝った者の願いは何でも叶えよう。そして――世界を平和だったあの日へと巻き戻してあげよう」
当初、人々は失笑した。法があり、倫理があり、国家が機能していた「日常」において、隣人を殺してまで何かを願おうとする狂人は、ごく一部に限られていたからだ。
だが、神が与えた『報酬』の味を知る者が現れ、五十年が過ぎる頃には、人類が築き上げた理性は跡形もなく消え失せていた。
――鼻に残る、嫌な匂いだ。
二〇〇年後の現在。崩落したビルの合間を、火薬の煙と生温かい鉄の臭いが通り抜けていく。
俺の足元には、一人の男が横たわっていた。
まずは脳を一発。即死。
その後、動かなくなった肉塊の肺と肝臓へ、一発ずつ丁寧に弾丸を撃ち込んだ。
神は時折、気まぐれに空から降りてきては、特定の個人に『ゲーム』を提示する。今回の条件は、指定された標的の脳、肺、肝臓を「撃ち抜く」ことだ。
無視しても良かった。参加しなかったからといって、神が罰を与えることはない。だが、俺はこの終わらない地獄を終わらせるための報酬を選んだ。そのために、欠損のない死体を探し歩くよりも、自分の手で標的を仕立て上げる道を選んだのだ。
貴重な弾丸を三発消費してでも、俺には知りたいことがあった。
「……大丈夫だ。戻れば、こいつも生き返る。全部なかったことになるんだ」
自分に言い聞かせながら、熱を持った空の薬莢を拾い上げる。
もはや国家も法も存在しない世界で、自分を繋ぎ止めるための呪文だ。そうして吐き捨てなければ、胃の奥からせり上がってくる吐き気を抑えられなかった。
『――ゲームクリア。脳、肺、肝臓の撃ち抜きを確認。報酬を授与します』
「っ……」
奥歯を噛み締める。
頭蓋を内側から叩かれるような不快な衝撃。何度も繰り返してきた脳への侵食。痛み自体には、もうとっくに慣れていた。
『報酬:記憶保持者の現在位置を転送――』
脳裏にこびりつく、一点の地図。
情報のダウンロードが終わるのを待って、俺は重い溜息をついた。
「お取り込み中だったかな? 悪いね、ちょっと道を聞きたくてさ」
場違いなほど軽やかな声が、すぐ後ろで跳ねた。
反射的に、空になった銃を向けようとして――止めた。
そこにいたのは、頭に真っ白な「鶏」の仮面を被った男だった。
瓦礫の山を背に、鶏の頭が小首を傾げる。
穴の空いた仮面の奥から、底知れない視線が俺を舐めるように見つめていた。




