第7話 光属性
庭に出ると、父はすでに剣を持って待っていた。
「来たか」
短い一言。
予定どおり、という声音だった。
エリアは頷き、訓練用の剣を受け取る。
助言はあった。
今日は無理をするな、とも言われた。
(……分かってる)
だが、父との約束は別だ。
逃げたわけじゃない。
順番の問題だ。
「軽めでいい」
父はそう言って構えた。
エリアも剣を構える。
――その瞬間、体が遅れた。
(重い)
腕でも足でもない。
体の奥が、鈍く沈んでいる。
疲れている感覚は、確かにある。
だが、それがただの疲れではないことも、もう分かっていた。
今日あったこと。
湖。
波紋。
あの感覚。
(……関係してるよな)
はっきりとは言えない。
それでも、無関係ではない。
剣を振る。
型は合っている。
動きも、間違っていない。
それなのに、呼吸が噛み合わない。
(道が、細い)
(溜め込んでる)
(抜き方……)
アルバートに言われた言葉が、頭の中をぐるぐる回り始める。
分からないのに、考えてしまう。
いつもの癖だ。
剣を握ったまま、無意識に考え始める。
間合い。
初動。
次の一手。
――頭が先に走り、体が置いていかれる。
視界がわずかに狭まり、呼吸が浅くなる。
(……っ)
剣先が、ほんの少し遅れた。
「――そこまでだ」
父の声で、動きが止まる。
剣を下ろすと、手のひらがじっとりと汗ばんでいた。
胸の奥が、重く鳴る。
父は近づき、姿勢、呼吸、目線を一つずつ見る。
「今日はここまでだ」
責める声ではない。
「続けても、意味が薄い」
エリアは小さく頷いた。
理由は、父にも分からない。
それが、余計に胸に残った。
⸻
宿に戻ったラミアは、荷を片づけながら昼の出来事を思い返していた。
湖。
石。
波紋。
水面に広がった揺れの中で、
一瞬だけ――蒼い魔力の色を見た。
見間違いではない。
水属性特有の色だった。
(水……)
波を媒介に、魔力が伝わる。
あれは確かに、水属性の魔法だ。
珍しい使い方ではあるが、理屈は通る。
波紋は、水にとって最も素直な形だ。
問題は、その直後だった。
石が水に触れた瞬間、
蒼の中に、ほんのわずか――
淡い光が揺れたように見えた。
光属性。
光は、守る力だ。
遮断し、整え、安定させる。
そして、視覚そのものが光の反射である以上、
“見える”力と結びつくことが多い。
魔力視。
魔力の流れや歪みを、視覚として捉える能力。
世界的に学者や研究者に光属性が多いこともこの力があるからだ。だから助手をしているし、
師事もしてる。
ゆえに、自分にも見えた可能性はある。
水面。
霧。
反射。
条件は揃っている。
(二つ……?)
一瞬だけ、そんな考えがよぎる。
水と光。
二属性。
だが、すぐに首を振った。
珍しすぎる。
例外にもほどがある。
それに、あの少年は魔法を使っている自覚すらなかった。
二属性持ちなら、もっとはっきりとした兆候が出る。
「……ない、か」
小さく呟いて、そこで思考を切る。
魔法は奥が深い。
変わった現象の一つや二つ、珍しくもない。
初対面の少年だ。
特別に抱え込む理由はない。
廊下の向こうで、アルバートが何かを書いている気配がしたが、
声をかけることはしなかった。
師なら、必要なことは自分で判断する。
ラミアは灯りを落とし、寝台に腰を下ろす。
「……不思議な一日だったな」
それだけ言って、息を吐いた。
⸻
その夜、エリアは天井を見上げていた。
剣では、どうにもならない。
それだけは、はっきりした。
体が削れている理由も、
今日の出来事と関係していることも、
薄々、理解している。
だが、答えは出ない。
――抜き方。
その言葉だけが、頭に残る。
分からない。
だから、次に会う。
その選択だけを胸に、エリアは目を閉じた。




