第4話 話しかけてきた理由
「少し、いいかな」
声をかけられた瞬間、エリアは肩を強張らせた。
湖のほとりで一人、石を投げていただけだ。
誰かに話しかけられる理由は、特に思いつかない。
「……何ですか」
振り向くと、見知らぬ男が立っていた。
年は、父より少し若いだろうか。
旅装ではあるが、歩き方や立ち方に無駄がない。
剣を帯びてはいないが、場慣れしている。
「君が、さっきから石を投げている理由が気になってね」
エリアは一瞬、言葉に詰まった。
(そこを見るのか)
魚を釣っていることでもなく、
貴族風の子どもが一人でいることでもない。
「魚を釣るなら、普通は投げないだろう」
男は湖を一瞥した。
「音で逃げる。
それでも君は、何度も同じように投げている」
エリアは少し考えた。
考え込むと、言葉が遅れる癖がある。
沈黙を、男は急かさなかった。
「……理由ってほどじゃないです」
「構わない」
エリアは肩をすくめる。
「投げたあと、見てると……分かる気がするんで」
「何が?」
「魚の場所」
男の視線が、ほんのわずかに鋭くなった。
「投げる前じゃなく?」
「投げたあとです」
そこだけは、はっきり答えた。
「波を見てると、なんとなく。
ここにいるな、って」
説明になっていない自覚はある。
だが、それ以上の言葉が出てこない。
男は否定も肯定もしなかった。
「……なるほど」
短く呟き、考え込む。
エリアはその様子を見て思った。
(この人、教わりに来たわけじゃない)
(確認しに来ただけだ)
しばらくして、男は口を開いた。
「私はアルバートだ」
名乗り方は簡潔だった。
「学者でね。
この村の近くで、調査をしている」
「調査?」
「魔力霧だ」
その言葉に、エリアは湖の向こうを見た。
村外れ、森の手前。
大人たちが近づくなと言う場所。
「このあたりにあるはずなんだが」
アルバートは周囲を見回す。
「場所を知っているかい?」
「……あっちです」
エリアは指差した。
「森の手前。
でも、近づかないほうがいいって言われてます」
「そうか」
それで十分、という反応だった。
「ありがとう。助かった」
アルバートはそれ以上踏み込まない。
「今日は、そちらを優先する」
調査が主で、会話は副次。
優先順位がはっきりしている。
「……調査は、時間がかかるんですか?」
エリアは、少しだけ気になって聞いた。
アルバートは一拍置いて答える。
「今は初日でね、来たところなんだ」
「まずは現場を見てみたくてね」
だから、急ぎはしない。
だが、後回しにもしない。
それ以上は語らず、踵を返す。
エリアは、引き止めもしなかった。
(必要なことだけ聞いて)
(必要なことだけ答えた)
それだけの関係だ。
アルバートの背中が森の方へ消える。
エリアは湖に視線を戻した。
石を拾い、投げる。
波紋が広がる。
集中する。
――頭が、少し重い。
(……集中って、こんなに疲れるっけ)
理由は分からない。
ただ、昨日より確実に疲れている。
エリアは石を置いた。
今日は、ここまで。
湖の向こう、霧がゆっくりと揺れている。
調査は、まだ初日。
結論は、出ていない。
それは、湖のこちら側も同じだった。




