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第3話 湖の波紋


湖へ行くのは、訓練を休むと決めた日だ。


「今日は体調が良くないので」


それ以上は言わない。

父は深く追及しないし、メルに知られたら止められる。


説明は体力を使う。

だから、黙って出る。


湖までは少し距離がある。

歩くだけで息が浅くなるが、剣を振るよりはずっと楽だ。


(訓練より釣り)

(これは合理的な判断)


湖は静かだった。


エリアは釣竿を組み、糸を垂らす。

餌も仕掛けも、特別なものじゃない。


しばらく待って、一匹。


小さい。


「……まあ、悪くない」


二匹目はなかなか来ない。


エリアは竿を置き、湖の奥を見る。


(……あそこ)


理由は分からない。

だが、自然と視線が向く場所がある。


エリアは石を拾った。


もともとは、魚を驚かせて針の方へ寄せるためのものだ。

遠くに投げて、水音で動かす。


ぽちゃん。


石が落ち、波紋が広がる。


エリアは、その波紋をじっと見た。


広がる円。

水面を伝わり、奥へ。


その瞬間、胸の奥がわずかにざわつく。


(……当たった)


言葉にすると、それしかない。


波紋が、水の中の“何か”に触れた感覚。


(今の、魚だ)


糸を垂らす。


少しして、引き。


一匹。


「……やっぱり」


同じことを、もう一度。


今度は石を拾う前に、湖を見る。


(次は……あっち)


集中する。


ぽちゃん。


波紋が広がる。


胸の奥が、また反応する。


(いる)


糸を垂らす。


引き。


また一匹。


釣果は、いつもより明らかに良かった。


エリアは竿を置いた。


(石で魚を動かしてるんじゃない)


(石の波が、魚に当たってる)


(当たった場所が……分かる)


説明はできない。

でも、集中すれば分かる。


それだけだ。


考えすぎると、頭が痛くなる。


「……便利だな」


呟いて、思考を切った。


その日の晩。


食卓には、魚料理が並んでいた。


焼き魚。

香草と一緒に煮込んだもの。

骨から出ただしで作ったスープ。


質素だが、手がかかっている。


母が嬉しそうに言う。


「今日は随分いい魚ね」


「うん。たまたま」


エリアはそう言って、箸を取る。


「たまたまにしては、量もいいですね」


「運が良かった」


母は笑った。


「あなたが取ってきてくれた魚だから、美味しいのよ」


エリアは少しだけ視線を逸らす。


(味覚補正、強めだな)


父は魚を一口食べてから、エリアを見た。


「……訓練はどうした」


来た。


エリアは即座に答える。


「今日は体調が悪くて」


「最近、その“今日”が多い気がするが」


「成長期なんだと思う」


「都合のいい成長期だな」


父の声は厳しいが、目は本気ではない。


エリアは肩をすくめた。


「無理して倒れるより、

 体調管理を優先する方が長期的には有利かと」


「理屈だけは一人前だ」


「体力が追いついてないだけで」


母が間に入る。


「今日はいいじゃない。ちゃんと家の役に立ってるんだから」


父は小さく息を吐いた。


「……まあ、魚は評価する」


エリアは内心でガッツポーズをした。


(勝ち)


食後、エリアは部屋で横になった。


体は少し疲れている。

だが、いつもより動けた気がする。


(気のせいか?)


考え始めて、やめる。


今日は、考えない。


翌日。


エリアは、また湖に来ていた。


釣竿を組み、糸を垂らす。

昨日より、少しだけ体が軽い気がする。


(気のせいだな)


一匹。


小さいが、悪くない。


エリアは竿を置き、湖を見る。


(……あそこ)


理由は分からない。

だが、なんとなく気になる。


エリアは石を拾い、湖へ投げた。


ぽちゃん。


石が落ち、波紋が広がる。


エリアは、その波紋をじっと見つめた。


広がる円。

水面を伝わり、奥へ。


視線が、自然と波の先を追う。


胸の奥が、わずかにざわつく。


(……当たった)


言葉にすると、それだけだ。


波紋が、水の中の“何か”に触れた感覚。


(今の、魚だ)


エリアはそのまま、糸を垂らす。


少しして、引き。


一匹。


同じことを、もう一度。


石を投げる。


波紋が広がる。


エリアはまた、投げたあとにだけ集中する。


(……いる)


釣竿を動かす。


引き。


また一匹。


その様子を、少し離れた場所から見ている者がいた。


旅装の男だ。


服は上質だが、目を引いたのはそこではない。


(……所作が、貴族だな)


立ち方。

視線の置き方。

無駄のない動き。


誰かに仕込まれた身体の使い方をしている。

剣を振る者のそれではないが、育ちの良さが隠しきれていない。


(そんな子が、釣りか)


男は一瞬だけ違和感を覚えた。


だが、すぐにその考えを引っ込める。


(趣味は人それぞれだ)


貴族が湖に座ってはいけない理由はない。

退屈しのぎかもしれないし、気まぐれかもしれない。


――だが。


男の視線は、湖面から離れなかった。


(魚を釣りたいなら、普通は石を投げない)


魚は音に敏感だ。

驚けば、逃げる。


それでも少年は、迷いなく石を投げる。


しかも――


(投げた“あと”だ)


少年は、石を投げた直後、必ず湖を見る。

その瞬間だけ、空気が変わる。


(集中している)


男は、ようやく“違和感の正体”を掴みかけた。


(石じゃない)

(あの子は……波を見ている)


疑問は、もう放っておけなかった。


「少し、いいかな」


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