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花はまだ、魔法と呼ばれていない  作者: 松原 崇


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第26話 本の板

「……とりあえず、全部話した」


エリアがそう言ったところで、部屋は一度だけ静かになった。


ローガンは机に指を置いたまま、本へ視線を移す。

アーサーもフェイも、言い返す言葉を探すというより――“現物を見る”方へ意識を切り替えた顔だった。


机の上には布包みが二つ。

ひとつは本。ひとつは黒い石。


石は近づけたくないので、端に置いたまま。

まずは本だ。


「開ける」


ローガンが言う。


手袋をはめ、布をほどく。

表紙は硬い。革にも木にも見える。どちらでもないみたいな硬さ。

触れると指先が嫌がるような冷たさがある。


ローガンがゆっくり開く。


紙が鳴らない。

湿ってもいないのに、妙に音がしない。


中の文字を見て、全員が止まった。


「……読めん」


ローガンが短く言う。


この国の文字じゃない。

王都の文官が読む文字でもない。

そもそも、文字と呼んでいいのかも怪しい。


線が多い。

古代の文字なのか?記号のようなものも並んでいる。


フェイが覗き込んで、素直に言った。


「……なんですこれは」


アーサーも眉をひそめる。


「暗号か?」


「それならまだマシだな」


ローガンが言い、ページをめくる。


次も同じ。

次も。

次も。


意味が取れないまま、整いすぎた違和感だけが増えていく。


ページの半分を越えたあたりで、ローガンの指が止まった。


「……厚いな」


見た目は普通の紙だ。

だが、そこから先の束だけ、指先から伝わる厚みが違う。


ローガンが慎重にめくる。


そこには紙がない。


くり抜かれていた。


本の中身が、箱のように削られている。

その空間に、ぴたりと収まるように――金属の板が入っていた。


平面の板。

なのに、見た瞬間になに不思議な感覚だった。


光を反射しない。

黒い鉄にも見えるが、鉄の鈍さがない。

表面は滑らかなのに、どこかざらつきが残っている。

触っていないのに、冷たさだけが先に伝わってくる。


ローガンは板を抜こうとして――一度止めた。


板は“持ち上がる”というより、箱部分にに吸い付く。

石板を引き剥がすみたいに、じわりと抵抗がある。


アーサーが小さく息を飲んだ。


「……見た目より重いな」


フェイが反射で言う。


「そんな厚さじゃないのに……?」


見た目は、十枚の紙より少し厚い程度。

でも持った瞬間、手に来る。

小さな鉄塊を抱えたみたいに、手が落ちる。


ローガンは板を片手で持たず、机の上でずらすように扱った。



表面には、図形が刻まれている。


丸と線。

並んだ点。

放射状に伸びる細い刻み。

波のような線。


なにか“情報”であることだけは分かる。


「……なんだこれは」


今度は、アーサーが言った。


フェイは声を落とす。


「見当もつきません……」


ローガンは板を戻さず、そのまま本の残りをめくった。


そこから先は、文字ではなく――絵だった。


挿絵というより、図解に近い。

線が細く、迷いがない。

“説明するための絵”だと分かる。


一枚目。


山の断面図。

層になった岩の中に、黒い粒の帯が埋まっている。

その帯だけ、周りの岩と描き分けられている。

粒はぎっしりではなく、空隙が多いのに、異様に“密”に見える描き方。


二枚目。


同じ黒い粒を集めた小さな器。

器の横に、いくつもの工程が並んでいる。


火で炙る絵。

水に沈める絵。

酸のような液体(泡が描かれている)に入れる絵。

金槌で叩く絵。

刃で削る絵。


どれも、同じ結果になる。


粒は変わらない。

欠けない。溶けない。燃えない。

むしろ刃が欠ける絵がある。金槌の柄が折れる絵まである。


三枚目。


“材料の棚”のような絵。


この世界で見慣れた金属――鉄の塊、銅の塊、銀の塊。

それぞれ横に、簡単な印。本で見たことのある金属記号っぽい図形が添えてある。


その端に、問題の黒い板の印。


だけどそれだけ、棚の外に描かれている。

他の金属と同じ列に入っていない。

“分類できない”と絵で言っている。


四枚目。


板の断面を拡大した絵。


細い線で区切られた層がいくつも重なり、

その間に点が規則的に並んでいる。

点は大きさが揃っていない。

でも、揃っていないのに“均一”に見える配置。


最後に、板が本の中に嵌め込まれている絵。


枠。

溝。

板。

そして、その周囲を覆うように薄い膜が描かれている。


膜は透明で、線だけで示されている。


みんな、絵は見ている。

だが誰も理解できない。


理解できないから、口数が減る。


ローガンが言った。


「……当家で保管し調査とする」


反論の余地がない声だった。


「持ち出すな。とにかく現時点での危険はない。ならば調べる価値のあるものかもしれん。」


フェイが背筋を伸ばす。


「了解です」


アーサーは短く頷いた。


「正しい判断だ」


ローガンが続ける。


「調査は段階を踏む。まずは保管して変化がないか観察はする。次に……誰がこれを置いたかだ」


「分からないものは、分からないまま扱う」


その言葉に、部屋の全員が納得した。


“分からない”が、今の唯一の共通認識だ。


エリアだけが、挿絵の“膜”を見つめていた。


本は――魔力を帯びている。


それが、はっきり分かる。


(……残ってる)


紙に。

枠に。

板に。


長い時間が経っているはずなのに、霧散していない。


魔力は、普通は散る。

留めておかないと消える。


それがエリアの常識だった。


(留めてる力がある)


この本自体か。

板か。

墓の枠か。

なぜ霧散しない?

留める時になにか仕掛けをしてる?

それほど時間が経っていない?



分からない。


でも、気になる。


気になりすぎて、胸の奥が勝手に重くなる。

考え込みすぎると、周りの声が遠くなる癖。


視界が少し狭まった、そのとき。


「エリア」


ローガンの声で戻る。


「はい」


「勝手な事はするな」


「……うん」


エリアは頷いた。


本当は“動きたい”のに。

でも今は、ここで言うべきじゃない。


だから、言うことを変える。


(狼)


エリアは思い出す。


狼は本に付いてきた気がした。

「調べたいから持っていく」――そういう意図を伝えたら、付いてきた。


つまり。


(そうだ本がある限り、狼は離れないって事にしよう)


そして。


(本がある限り、狼は周りにいる)


――チャンスだ。


エリアは、さも今思いついたみたいに言った。


「あのさ」


全員の視線が来る。


エリアは少しだけ申し訳なさそうに笑う。


「狼、たぶんこの本を守ってたんだと思う」


ローガンが目を細める。


「だから付いてきた、と?」


「うん。……本を持つなら自分も、って感じ」


フェイが即座に言う。


「でも飼うのは反対です!」


早い。


アーサーが小さく息を吐く。


「危険ではあるな」


ローガンは短く言った。


「飼うな」


即答。


エリアも即答する。


「だよね」


でも引かない。


「じゃあ、友達ならいい?」


フェイが口を開けたまま止まる。


ローガンが一瞬だけ眉を動かす。


「……言い方が違うだけだ」


「餌をやるわけじゃない」


エリアは真顔で言った。


「森で好きにさせればいいと思う。町には入れない」


「人は襲わないでって、ちゃんとお願いする」


「害獣を狩ってもらえたら、むしろ助かるんじゃないかな」


ローガンがじっと見る。


エリアは続ける。ここは押すところだ。


「この辺、田畑を荒らす害獣が多い」


「危険な獣は冒険者が討伐するけど、全部は追いついてない。自然が豊かだから」


「ぼくはこの一年の狩りで生態系を学んだ。今はバランスが悪いんだ」


「……あいつなら、普通にできそうだと思う」


“できそう”と言ったのは希望じゃない。

あの目を見た実感だ。


ローガンはすぐには答えなかった。


領主の顔で考える。

危険と利益。

噂になった時の責任。

制御できない時の損害。


アーサーが口を挟む。


「狼を味方にする発想は悪くない」


フェイがぎょっとする。


「隊長!?」


「ただし条件は厳しい」


アーサーは淡々と続ける。


「人を襲わない。町へ近づけない。命令が通じないなら即座に切る」


ローガンが頷いた。


「最低条件だ」


エリアはすぐ頷く。


「うん。分かってる」


ローガンが最後に言う。


「放し飼いだ。屋敷の中に入れるな。森の縁までだ」


「人間に害を出したら終わりだ」


「責任は――」


「僕が取る」


エリアが言った。


言ってから、少しだけ怖くなる。

でも、言った以上は引けない。


ローガンはエリアを見て、短く息を吐いた。


「……軽く言うな」


「軽く言ってない」


エリアは珍しく、少しだけ強い声になった。


ローガンはそれ以上言わなかった。


代わりに、机の上の本――板の沈黙を見た。


「本は当家で保管する」


「調査は進める」


「狼は森で管理する」


「――そして、次からは相談しろ」


エリアは頷いた。


「うん」


胸の奥が、少しだけ軽くなる。


板は光を返さないまま、ただそこにある。

挿絵の膜の線だけが、頭の中に残る。


(留めてる力……)

(それにあの板は?)


答えは出ない。

わからない事が増えていく。


ラミアの言葉を思い出す。


「わからないって楽しいよね」


懐かしい顔を思い出し、そしてエリア思う。

やはり独学では限界があると。


そしてアルバートなら、今回の事を自分たちより詳細に物事を捉えたんじゃないかと。


面倒で、怖くて――たぶん面白い。

先に進まなくてはいけない。


エリアは机の上の布包みを見つめたまま、心の中でだけ言った。


(魔法大学か)


自然が豊かな土地には、仕事が多い。

狼にも――退屈しない。

だが、これ以上わからない問題が積み上がるのは嫌だ。

単純にそう思った。

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