表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

第2話 王都の報告


父が王都へ行くと言ったのは、朝食の席だった。


「王都へ行く」


声の調子は、いつも通りだった。

だからこそ、母は一瞬だけ父を見てから、何も言わずに頷いた。


「陛下から、ですか」


「ああ。少し顔を出してくるだけだ」


それ以上の説明はなかった。


エリアはスープを飲みながら考える。

味は変わらない。いつもの味だ。


(本当に用事が軽いなら、理由も言う)

(言わないってことは、まだ言えない)


だが、それ以上は掘らない。

考えても、材料が足りない話題は時間の無駄だ。


「家族も同行しよう」


父はそう続けた。


「久しぶりに、王都の空気を吸ってくるのも悪くない」


母は明るく笑った。


「いいですね。エリアも、気分転換になるでしょう」


「……長時間歩かないなら」


「大丈夫よ、目的地は決まっているもの。」


母は即答した。

エリアは少し安心した。


王都は、やはり情報量が多かった。


広い道。多い人。重なる音。

馬車を降りただけで、エリアの頭は少し疲れる。


メルがすぐ横につく。


「エリア様、具合はいかがですか」


「今のところ生存中」


「では、引き続き生存を目標に参りましょう」


父は城へ向かった。

陛下への用件に、家族が同席することはない。


父と陛下は、古い関係だ。

かつて、父は陛下に仕えた騎士だった。


だからこそ、

“何かが起きてから”ではなく、

“何も起きていない今”に顔を出す。


理由は語られない。


母は言った。


「戻るまで、教会に寄っておきましょう」



教会は静かだった。


音が吸われる、という表現が一番近い。

若い司祭が近づいてくる。


形式的な挨拶のあと、司祭はふとエリアを見た。


「……気のせいかもしれませんが」


その前置きで、エリアはもう半分分かった気がした。


「光属性の者として、少しだけ“違和感”を覚えまして」


司祭は、自分の言葉に自信がなさそうだ。


「はっきりしたものではありません。ただ……将来、魔法が使えるかもしれませんね」


それだけだった。


エリアは黙って聞いていた。


(使える かも)

(使えない かも)

(つまり、今は何も分からない)


期待させる言い方で、責任は取らない。

便利な言葉だ。


(当たったら司祭の手柄)

(外れたら“勘違いでした”で終わり)


胸の奥に、少しだけ引っかかるものが残る。

期待と、面倒くささが半分ずつ。


(騎士になれって言われたら、なるけどさ)

(魔法使いになれって言われても、体力が先に死ぬ)


思考がそのまま滑っていく。


(魔法で楽できるならいいけど)

(楽できないなら意味ない)

(そもそも“かも”って何だ)


指先が、無意識に長椅子を叩き始める。


「エリア様」


メルの声で、思考が途中で切れた。


「……今、考えすぎてた」


「はい。長考に入りかけておりました」


母は少し考える素振りを見せてから、明るく微笑んだ。


「そうですか。ありがとうございます」


喜びも、不安も、外には出さない。

情報として受け取って、保留。


話は、それで終わった。



教会を出たあと、母は魔法具店へ向かった。


「調合薬を見ておきたいの。王都のものは質が安定しているから」


店内は落ち着いた空気だった。

薬瓶が並び、液体の色が光を返す。


エリアは入口近くで腰を下ろした。

立っていると、体力が削られる。


そのとき、奥から音が聞こえた。


紙の上を、ペンが走る音。

速い。迷いがない。


「この調合、配合比が少し違いますね」


少女の声。


「保存状態は悪くありません。でも、魔力の馴染みが浅いです」


エリアは、思わず奥を見る。


背中だけが見えた。

同年代くらいの少女。

ペンを走らせる手が、異様に速い。


(仕事が早い)

(なんだあの速さ)


少女が一瞬だけ振り向く。


目が合った――気がした。

だがすぐに、人の影に遮られる。


「エリア様」


メルの声。


「奥様がお呼びです」


エリアは頷いた。


(まあ、知らない人だ)



夕方、父が戻ってきた。


「どうだった?」


エリアが聞くと、父は短く答えた。


「問題ない」


それ以上は言わない。


馬車の中。


エリアは深く座り、目を閉じる。


司祭の「かもしれない」。

速く走るペン。

父の「問題ない」。


全部、曖昧だ。


(曖昧な一日だったな)


でも、曖昧なものほど、後で形になる。

それは、なんとなく分かっていた。


――曖昧な一日が、きちんと記録された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ