第17話 別れと約束
昼過ぎ。
エリアは宿へ向かった。
少し走ってみる。
息が切れない。
(やっぱり軽い)
嬉しくなって、もう少し走る。
調子に乗って石を蹴ったら、思ったより遠くに飛んだ。
「……おお」
自分で驚く。
でも誰も見てない。
よかった。
宿の扉を開けると、マーニーが顔を上げた。
「あら、ぼっちゃん」
「こんにちは」
「今日も元気そうね。というか、走ってきた?」
「ちょっとだけ」
エリアは笑う。
「今日は元気なんだ」
「それはよかったわ」
マーニーは嬉しそうに笑う。
「ラミアちゃんに会いに?」
「それもあるけど、アルバートさんに」
「ああ、先生なら部屋よ。ちょうどよかったわね」
「ちょうどいい?」
「明日には出発するって言ってたから」
「……そうなんだ」
エリアは少し寂しくなる。
でも、それは予想していた。
「ありがとう」
エリアは階段を上る。
軽い。
階段を上るのが、こんなに楽だなんて。
(今までが異常だったのか、今が異常なのか)
考えながら、部屋の前に着く。
ノックをする。
「どうぞ」
中から、落ち着いた声。
エリアが扉を開けると、アルバートは窓際の椅子に座っていた。
本を読んでいたようだ。
「やあ、エリア」
アルバートは笑った。
「来ると思っていたよ」
「……なんでですか?」
「君のことだ。何か掴んだら、すぐに確認したくなるだろう」
エリアは少し驚いて、それから笑った。
「そうなんですよね」
「今の君の顔を見れば、誰でもわかる」
アルバートはくすっと笑う。
「『できた!』って顔をしていた」
エリアは少し恥ずかしくなる。
「そんな顔してましたか」
「していたよ。とてもいい顔だった」
「座りなさい」
エリアは椅子に座る。
部屋は静かだ。
窓から昼の光が差し込んでいる。
「それで?」
アルバートが穏やかに聞く。
「できました」
「ほう」
「流せました」
「素晴らしいね」
アルバートは嬉しそうに笑う。
「どうやって?」
エリアは少し興奮気味に話し始めた。
「塊の周りに、薄い部分があって」
「うん」
「それを動かして、網を作って」
「…動かした?…網?」
アルバートが少し眉を上げる。
「はい。薄い部分を棒状にして、何本も並べて、重ねて」
エリアは手を動かす。
「それを塊に押し付けて擦ったら、粒が生まれたんです」
「押し付けて?」
アルバートは繰り返す。
「網で、擦った」
「はい」
「……」
アルバートは少し考え込むような顔をして、それから笑った。
「君は本当に、面白いことをする」
「面白い……ですか?」
「ああ。誰も思いつかない方法だ」
アルバートは窓の外を見る。
「ザルで粒を作るとは。料理みたいだね」
「料理……」
エリアは少し笑った。
「美味しくできたかい?」
「美味しい……かどうかは、わかりません」
エリアも笑う。
「でも、うまくいきました」
「それは何よりだ」
アルバートは真面目な顔になる。
「で、どうだった?」
「軽くなりました」
「体が?」
「はい。走れるんです」
「それは素晴らしい」
「でも……」
エリアは少し不安そうに言う。
「これが正しいのか、わからないんです」
「正しいかか」
「正しいかどうかは、君が決めることだ」
「だが言っておこう、一般的ではない」
アルバートは真面目な顔で言う。
「君の体だ。君の魔力だ。君が感じて、君が判断する」
「……でも、もっとふつうのやり方というか、一般的な方法があるんですよね」
「そうだね」
「意地悪ですね」
「意地悪?」
アルバートはくすっと笑う。
「そうかもしれない」
アルバートはエリアが自身で問題を解決できると思っている。体力の問題は解決したに等しい。これ以上は成長の機会を奪うと考えている。
エリアは少し不満そうに言う。
「でも、ヒントくらいはくれますよね?」
「ああ、いいだろう」
アルバートは頷く。
「聞きたいことは?」
エリアは少し考えて、それから口を開いた。
「流すって、何ですか」
「何だと思う?」
「……」
エリアは考え込む。
「体の中にある魔力を、外に出すこと?」
「そうだね」
「でも、外に出すって、どこに?」
「どこに出したい?」
「……」
エリアは手のひらを見る。
「手、とか」
「そうだね」
アルバートは頷く。
「君は今、何ができる?」
「粒を作って、流すことができます」
「流した先は?」
「……わかりません」
「そうだろう」
アルバートは少し笑う。
「次は、それを考えるといい」
「流した先……」
「うん。通った場所。その先」
エリアは目を閉じる。
昨日のことを思い出す。
粒を作って、流した。
通った。
でも、どこに?
(どこに行ったんだ?)
エリアは考え込む。
「先生」
「うん?」
「魔力を、水に変えて出せますか」
「水?」
「はい。僕は水の属性だって、ラミアが言ってました」
「ああ」
アルバートは頷く。
「できるよ。君はそれができる」
「どうやって?」
「それは……」
アルバートは少し考える。
「君が見つけることだ」
「やっぱりそうですか」
エリアはため息をつく。
「意地悪ですね、本当に」
「あはは、楽しいのは否定しない」
アルバートは笑う。
「でもね、エリア」
「はい」
「通ったと思った、その部分」
「はい」
「次は、そこに集中してみるといい」
「集中……」
「うん。どこに通ったのか。どこへ行ったのか」
「それがわかれば……」
「水が出せるかもしれない」
アルバートは微笑む。
「あるいは、出せないかもしれない」
「出せない?」
「そうだ。わからない」
「だから、面白いんだよ」
エリアは少し笑った。
「先生、楽しそうですね」
「楽しいよ」
アルバートは素直に認める。
「君の発見を聞くのは、とても楽しい」
「……ありがとうございます」
エリアは少し照れくさそうに笑う。
アルバートは優しく言う。
「焦らなくていい」
その時、ノックの音がした。
「どうぞ」
扉が開いて、ラミアが入ってくる。
手には紙袋を持っている。
「ただいま、先生」
「おかえり」
ラミアはエリアに気づいて、少し驚いた。
「あ、エリア」
「やあ」
「来てたんだ」
「うん。ちょっと、話があって」
「そうなんだ」
ラミアは紙袋を机に置いた。
「お手紙とお菓子、買ってきました」
「ありがとう」
アルバートは嬉しそうに笑う。
「エリアも食べるかい?」
「いいんですか?」
「もちろん」
ラミアが袋を開ける。
中には、焼き菓子が入っている。
「はい、エリア」
「ありがとう」
エリアは一つ受け取る。
食べる。
甘い。
「美味しい」
「でしょ?」
ラミアは嬉しそうに笑う。
「街で評判のお店なんだって」
「へえ」
エリアはもう一口食べる。
「確かに、美味しい」
三人でしばらく、お菓子を食べた。
静かだけど、居心地がいい。
ラミアがぽつりと言った。
「エリア、先生に何を聞いてたの?」
「ああ」
エリアは少し笑う。
「網だよ網」
「これってふつう?って聞いた」
ラミアは少し考える顔をする。
「先生は教えてくれなさそうな気はしてたけど」
「うん、その通り」
「でもふつうじゃないのは私でもわかるよ」
ラミアは笑顔でそう答えた。
「でもヒントはもらったよ」
「どこに流れてるのかとか」
「そっか」
ラミアは静かエリアの話に頷く。
アルバートがエリアに言う。
「君は、魔法に興味があるんだね」
「……はい、この呪いのような疲れが一時的かもしれないけどどうにかなった」
「これを力に変える事ができればこの身体に生まれてきた自分を認めてあげられる気がするんです」
「なら」
アルバートは真面目な顔で言う。
「魔法大学を目指すといい」
「魔法大学……」
「そうだ。君なら、きっと面白いことができる」
「入るのは簡単ではないがね」
エリアは少し考え込む。
「でも、僕は……」
「今、決めなくていい」
アルバートは優しく言う。
「でも、選択肢として、覚えておくといい」
「……はい」
アルバートは笑う。
「あるいは、魚を釣って暮らしてもいい」
「魚……」
エリアは少し笑った。
「それは、ないと思います」
「ないかね?」
「ないです」
「残念だ。その網で魚でも捕まえるかと思ったんだがね」
「そんな事できるんですか?」
「できるね、君が今のまま進み続ければ」
アルバートはあっさり認める。
「やりたい」
エリアは真剣に思った、やりたいと。
そんな考え込むエリアを見て二人は笑った。
そしてアルバートは立ち上がった。
「さて」
「はい?」
「私たちは、明日の朝に発つ」
「……そうですか」
エリアは少し寂しくなる。
「そろそろ、お別れだね」
アルバートは柔らかく笑った。
「短い間だったけど、楽しかったよ」
「……僕も」
エリアは立ち上がる。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
アルバートは手を差し出した。
エリアは握手をする。
「また、会おう」
「はい」
「君の成長を、楽しみにしている」
「……頑張ります」
「網で魚も擦ってみるといい」
「擦りません」
エリアは笑う。ヒントなのか冗談なのか。
「そうか。残念だ」
アルバートも笑った。
ラミアがなにか言いたげだ。
「エリア、少し外で話さない?」
「うん」
エリアは頷いた。
⸻
二人は宿の外に出た。
昼のあたたかい空気が心地いい。
「散歩しよ」
ラミアが言う。
「うん」
二人は並んで歩き始めた。
しばらく、沈黙。
でも、悪い沈黙じゃない。
ラミアが口を開く。
「エリア」
「うん?」
「大学、来てほしいな」
「……」
「わたし、待ってるから」
ラミアは少し恥ずかしそうに言う。
「また、会いたいから」
エリアは少し驚いて、それから笑った。
「僕も、会いたいよ」
「本当?」
「本当」
エリアは頷く。
「でも、まだ決められない」
「うん」
「騎士になるかもしれないし、魔法使いになるかもしれない」
「うん」
「魚を釣って暮らすかもしれない」
「……え?」
ラミアがきょとんとする。
「冗談」
エリアは笑う。
「もう」
ラミアもくすっと笑う。
「でも……」
ラミアは真面目な顔になる。
「どっちでも、会いに来てくれる?」
「……うん」
エリアは真面目な顔で言う。
「どうゆう形かわからないけど、会いにいく」
「約束?」
「約束」
ラミアは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、待ってる」
「うん」
二人はしばらく歩いた。
村の外れまで来た。
遠くに、湖が見える。
「あそこで、初めて会ったね」
ラミアが言う。
「うん」
「大きなお魚だね、って」
「覚えてる」
エリアは笑う。
「本当に驚いたんだから」
ラミアがくすっと笑う。
「でも、よかった」
「……うん」
エリアも笑う。
「よかった」
ラミアは真面目な顔になった。
「エリア」
「うん?」
「身体に、気をつけてね」
「……?」
エリアは少し不思議そうな顔をする。
「どうして?」
「えっと……」
ラミアは少し言葉を探す。
「網で擦りすぎると、疲れるでしょ?」
「ああ……」
エリアは頷く。
「確かに、でも別のやり方を考えるよ」
「でもね、無理しないで。あと魔力溜め込んじゃだめよ?」
「わかったよ」
エリアは笑う。
「ラミアも、元気でね」
「うん」
二人は宿へ戻った。
入口で、立ち止まる。
「じゃあ」
ラミアが言う。
「またね」
エリアは少し考えて、それから言った。
「次会った時、僕の魔法も見てよ」
「約束よ、楽しみ」
ラミアは笑った。
「またね、エリア」
「またね、ラミア」
ラミアは笑って、宿の中へ入っていった。
エリアはしばらく、その場に立っていた。
それから、ゆっくりと家へ向かう。
足が軽い。
でも、心は少し重い。
別れは、寂しい。
でも、また会える。
そう信じて、エリアは歩いた。
⸻
宿の中。
ラミアは部屋に戻った。
アルバートが、荷物をまとめている。
「……先生」
「うん?」
アルバートが振り向く。
ラミアは少し迷って、それから口を開いた。
「エリアは、死にませんよね?」
「……」
アルバートは手を止めた。
「どうかな」
「どうかなって……」
ラミアの声が震える。
「できることは、やった」
アルバートは静かに言う。
「それだけだ」
「でも……」
「ラミア」
アルバートは真面目な顔で言う。
「彼は、二属性だ」
「……はい」
「それは、確定している」
「はい」
「その危険性も、君は知っているね」
ラミアは頷く。
「二属性のほとんどは、死ぬ」
アルバートの言葉が、重い。
「でも、まれに生き残っている者がいる」
「……」
「大きな魔力を有している者だ」
アルバートはラミアを見る。
「彼は、後者だ」
「……」
「死ぬなら、すでに死んでいる」
アルバートは続ける。
「それくらい、魔力は蓄積していた」
ラミアは俯く。
「わたし……」
「うん?」
「最後まで、このこと、言えなかった」
ラミアの声が小さい。
「心残りです」
「言っても、仕方ない」
アルバートは優しく言う。
「不安にさせるだけだ」
「でも……」
「彼は、気づくだろう」
アルバートは窓の外を見る。
「いずれ、自分で」
「……はい」
ラミアは頷く。
アルバートは少し笑った。
「それに」
「はい?」
「彼は、光の力を少しだけ扱えるようだ」
「光…たしかにそうでしたね」
「ああ」
アルバートは嬉しそうに言う。
「楽しみじゃないか」
光属性は魔力が見えるのだ。
それを見た彼ならどうなるか。
「……はい」
ラミアも少し笑った。
「彼なら、大丈夫ですよね」
「ああ」
アルバートは頷く。
「彼なら、きっと」
⸻
エリアは家に戻った。
部屋に入って、窓から外を見る。
空が、青い。
(数年で)
エリアは心の中で呟く。
(魔法を、使えるようになる)
それが、目標だ。
ラミアに会うために。
自分のために。
エリアは机に向かった。
紙とペンを取り出す。
今日、聞いたこと。
通った場所。
その先。
集中する。
考える。
エリアはペンを走らせた。
止まらない。
頭の中で、可能性が広がっていく。
(やってやる)
エリアは決意した。
絶対に、やってやる。




