第15話 想像と現実
鐘の無い鐘楼へ、今日も登る。
高い位置からは、街も、遠くの林も、湖も見える。
エリアは床に敷いた布の上に座った。
「今日も、やろう」
あれから一週間が経った。
朝は剣の訓練。
時々釣り。
昼からはラミアと瞑想。
湖でお互い弁当を持ち寄って広げた日もあった。
くだらない話もした。
魔法大学の話もした。
家族の話もした。
修行の進展は、ほとんどなかった。
でも焦りはなかった。
だって、見つけたものはあった。
⸻
塊。
体の奥にある、あの重たいもの。
いつものように意識を向ける。
そこにある。
大きくて、圧迫感があって、でも確かに自分の中にあるもの。
その周り。
薄い。
ほんの少し、輪郭がぼやけている部分がある。
(ここだ)
三日前、偶然気づいた。
塊の周囲に、少しだけ“薄い部分”がある。
なぜ薄い。
なぜそこだけ違う。
そもそも、と考える。
(僕はいま、なにを観察している?)
体のどこにも、こんな空間はない。
内臓が増えたわけでもない。
骨が増えたわけでもない。
なのに、確かにある。
想像じゃない。
ある。
それを、観察している。
その事実に、少しだけぞくりとした。
でも怖くはない。
好奇心のほうが勝つ。
いつもの癖だ。
なんだこれは。
自分の想像していなかった事が、つまり薄くなってたりの変化が、この想像と思っていた空間で起きる。
あるのだ、やっぱり。
そしてそれを感じてる。
⸻
そうしての今日だ。
寝てる間もずっとあった。
これの事を考えない事ができなくなっていた。
考えていた事を試すんだ。
(動かせる気がする)
薄い部分を、動かしてみる。
少し、ずれる。
流せる、というより――
誘導できる。
あのとき。
湖で石を投げたあと、集中していたときの感覚。
宿屋で、アルバートが流したときの感覚。
似ている。
(小さくしてみるか)
左右に誘導してみる。
半分。
さらに半分。
また半分。
さらに。
さらに。
どこまでいける?
どこが限界だ?
可能な限り、小さくしてみるか。
もう分けられなくなった。三十回くらいか。
それはある。
そしてそれは、少し揺れていた。
定まらない。
形があるのかもわからない。
見ようとすると、ぼやける。
(……これ以上は無理だな)
小さすぎる。
存在しているのかどうかも曖昧だ。
それに、これを大量に作るのは気が遠くなる。
ひとつ作るだけで、かなり集中力を使う。
(違うな)
エリアは目を開けた。
また閉じる。
薄い部分。
それは広がっている。
(塊を薄くするんじゃない)
(作ればいいんだ)
動かせる薄い部分を棒状にする。
細く。
長く。
それを何本も作る。
並べる。
重ねる。
網のように。
ザルみたいに。
(これを……)
塊に、押し付ける。
擦る。
ぐり、と。
瞬間。
粒が生まれた。
網目の大きさの粒。
一定の大きさ。
小さすぎず。
でも、通れそうな大きさ。
(いける)
何度も擦る。
粒が増える。
揃っている。
流してみる。
する、と通った。
違和感がない。
重たさが、すっと抜ける。
「……」
流れてる。
流れてるぞ。
もう一度。
もう一度。
流す。
身体が、軽い。
本当に、軽い。
エリアは立ち上がった。
剣の型を振る。
軽い。
まだいける。
もう一度振る。
まだ動ける。
「軽い……」
笑いがこみ上げた。
成功した。
でも。
ずっと擦り続けるのは、疲れる。
神経を使う。
集中がいる。
なにかが熱を持つような感覚がある。
放っておけばまた溜まるだろう。
(でも)
確実に道はある。
エリアは自分で流せた。
長年の体力問題に解決したかもしれない。
その事に感動していた。
そして思う、我ながら天才的発想だなと。
(網で擦るのか)
(なんか名前でもつけよ)
テンションも上がっていた。
そして数時間後。
思い出す。
ラミアの言葉。
調査は、そろそろ終わる。
国に帰る。
聞きたいことが、たくさん出てきた。
これでいいのか。
正解なのか。
自分で説明しようとすると、意味がわからない。
薄い部分で小さい網を作って、擦って、粒を作って流した。
「なんだそれ」
エリアは自分で思って笑っていた。
でも。
できている。
身体は軽い。
エリアは空を見上げた。
「……面白いな」
もう一度だけ、擦る、そして流す。
そして立ち上がる。
夕方だ。
今日も、丘へ行く。
ラミアに話したい。
この意味不明な成功を。
音の鳴らない鐘楼を抜けて、エリアは階段を降りた。
足取りが、明らかに違う。
重さがない。
庭へ出る。
夕方の風は少し冷たい。
「あ、上着」
思い出して屋敷の方へ向かう。
その途中。
花壇の前で、メルが水をやっていた。
少し離れたところで、母が花を眺めている。
「エリア様?」
メルが顔を上げる。
「今日はずいぶん遅い出発ですね」
エリアは歩きながら答える。
「うん、ちょっとね。盛り上がっちゃった」
メルが少し不思議そうな顔をしている。
(瞑想が盛り上がる?)
母が振り向いた。
「あら。ずいぶん顔色がいいわね」
エリアは立ち止まる。
少し考えて、にやりと笑う。
「ぼくは体力の問題を解決したかもしれない」
「どうゆうこと?」
「発明したんだよ、網を」
母は一瞬きょとんとし、それから笑った。
「網?バーベキューでもする気かしら」
「ちがう。母上に言ってもわからないよ」
母もなにかの冗談だと思って答える
「魚を網で焼くと元気になるものね」
すぐに魚である。
メルがくすっと笑う。
「本当にお元気そうでなによりです」
母は少しだけ真顔になった。
「それで?なにがあったの?」
エリアは少し難しい顔をする
「冗談みたいだけどね、本当に網ができて塊を粒にしたら楽になったんだよ。」
「ん?え?」
「少し難しいんだ。まとまってないし、また時間がある時に説明するよ。」
そう言って、軽く一礼。
「ちょっと丘まで行ってくる」
困惑していた母が気温を感じて言う。
「寒くなるわよ」
「あ、上着取りにいく」
「ちゃんと着なさいよ」
「はーい」
エリアは上着をひっつかみ、庭を横切る。
足が軽い。
走れる。
本当に走れる。
少しだけ駆ける。
自分でも驚く。
母がぽつりと言った。
「……本当に元気ね」
メルが柔らかく答える。
「ええ。とても」
エリアは振り返らず、丘へ向かった。




