第14話 旅立ちと観察
朝、目が覚めた瞬間から、身体は重かった。
昨日より悪いわけじゃない。
良いわけでもない。
いつも通りだ。
「……起きるか」
身体を起こし、ゆっくりと朝食へ向かう。
⸻
食卓には、兄たちがいた。
アーサーはすでに鎧ではなく旅装束だ。
テオルも支度を終えている。
「今日帰るの?」
エリアが聞くと、アーサーは頷いた。
「ああ。昼前には出る」
テオルがパンをかじりながら言う。
「王都は遠いんだよ。のんびりしてたら日が暮れる」
エリアは黙ってスープを飲む。
「寂しいな」
本心だった。優しく尊敬できる兄上、近くにいるだけで守られてるような安心感ある。
もう一人はさておき。
「王都で学園に入れば会うこともあるさ」
アーサーは王立学院騎士科の卒業生であり、今は王宮騎士として後輩に訓練をつける事もある。
「おまえには合わないよ騎士科は」
テオルが横から口を出す。
「なんで?」
「あそこは真面目君たちが一生懸命訓練してる。騎士への精神なんかも学ぶために厳しくやってるからな」
「だるがりのおまえには合わないし、ついても行けないだろ」
性格も体力的な事もと。
「へぇーたしかに合わなそうだね」
エリアはふつうに周りに迷惑かけそうだなと思い納得した。
そんな雑談をしているとテオルも荷を運ぶと席を立って行った。
少し間を置いて、アーサーが言った。
「エリア」
「なに?」
「剣術、もっとやれ」
突然だ。
「この前の立ち会いで確信した」
アーサーの声は静かだった。
「お前は考えている。あのいつもの考え込む癖だ、あれを戦闘中にもやっていた」
「そんなことは普通できない」
食卓が、ほんの少し静まる。
「エリア、お前は強くなる」
「どこまでいくのか見てみたくなった」
エリアは少し考えた。
「剣術か……父上にも最近言われたよ」
「続けていくかはもう少し考えたいかな」
アーサーは小さく笑う。
「それでいい」
「だが身体の事もある、無理はするな」
エリアは頷いた。
「兄上」
「ん?」
「僕には魔力があるみたいなんだ」
一瞬、アーサーの動きが止まる。
「……そうか」
「この身体の問題、解決できるかもしれない。だから、まずはそれに集中する」
アーサーは驚いた顔をしたが、すぐに穏やかに笑った。
「そうか、ならそれをやれ」
短い。
だが確信がある。
「お前ならできる」
やる気もなにもないエリアだった、そんなエリアが最近何かを頑張ってると父と母から聞いていた。
あのエリアがやる気になってる。
兄として嬉しかった。なにかしてやりたかった。剣術を真剣にやるなら王都から通う事も考えた。
だが必要はなさそうだ。
「また来た時手合わせしよう。次は本気だ」
アーサーは兄として、越えるべき壁として、強くあろうと決意した。
「本気はダメだよ」
エリアはふつうに嫌だった。強いし、あと怖い。歳の差を考えて欲しい。
「楽しみにしてるからな」
嬉しそうに笑うアーサー。
「そろそろか」
「もういくの?」
「ああ、庭へ行くか」
アーサーは立ち上がり準備をはじめた。
馬車のある庭まで見送りをしようとエリアはアーサーについていく。
「エリア、孤児院の事頼んだぞ」
エリアは少し笑って答える
「兄上の大事な人を守れるなんて光栄だよ」
アーサーは目を逸らしながら答えた。
「大事な人…、まぁそうだな大事な人“達”だ」
「頼んだぞ」
「まかせて、子供の相手は得意なんだ」
「おまえは子供だぞ」
アーサーはいい加減自覚がない弟に突っ込んでおいた。
「来年またくる、みな元気で」
馬車に乗り込んだ兄達は
それだけ言って、旅立った。
⸻
夕方。
丘の上。
ラミアは先に来ていた。
「きたね」
「うん、やろう」
並んで座る。
目を閉じる。
塊を感じる。
触れようとする。
——だめだ。
昨日より進んだ気はしない。
密度を変えるイメージ。
薄くする感覚。
どれも、ただの想像で終わる。
目を開ける。
「うまくいかない?」
ラミアが聞く。
「塊にはなにもできない」
ラミアは少し考えて言った。
「じゃあ今日はやめよっか」
「やめる?」
「無理に触ろうとすると、余計わからなくなることもあるって先生が」
エリアは息を吐いた。
正直、助かった。
少し沈黙。
風が吹く。
「ねえ」
エリアが言う。
「ラミアの魔法、見たことない」
ラミアは目を丸くした。
「え?」
「湖で魔法を使うのは見てないし」
ラミアは少し照れる。
「派手じゃないよ?」
「すごく見たい」
即答だった。
魔法だ、魔力だ。
見たいと思っていた。
ラミアは立ち上がる。
「じゃあ……少しだけね」
⸻
彼女は目を閉じる。
空気が静まる。
夕陽とは違う、淡い白が胸元から滲む。
糸のように細く、指先へ集まる。
そして——
ふわり、と広がった。
透明な膜のような光。
音もない。
破壊もない。
ただ、整える。
「……きれいだな」
エリアは思わず呟く。
光はゆっくりと揺れ、消えた。
「今のは?」
「保護。外の影響を少し減らすの」
エリアは思った。
「光って、粒でできてるの?」
ラミアが驚く。
「粒?」
「なんか小さな粒がたくさんある感じがした」
ラミアは少し考える。
「先生はね、光は“波でもあり、粒でもある”って言ってた、よくわかんないよね」
エリアの胸の奥が、微かに反応する。
波。
粒。
両方。
(……意味がわからないな)
(でも今の感覚、よく見る、なのかよく感じる、なのかわからないけど)
塊…を動かすのではなく、細かく観察する。
その発想が、静かに芽生える。
今日は進展はない。
何もできていない。
でも——
見た。
感じた。
観察した。
それだけで、十分な気がした。
夕陽が沈む。
並んで座る二人の影が、少しだけ長く伸びていた。




