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花はまだ、魔法と呼ばれていない  作者: 松原 崇


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第13話 鐘楼と孤児院


朝。


エリアは自室の床に座っていた。

椅子でも、布団でもない。


目を閉じる。


(……ある)


体の奥。

ずっとそこにあるもの。


剣の訓練でも疲れる。

それとは別に、内側が重たい。


いつも通りだ。


ただ——


(詰まった感じはないな)


流れているのか、漏れているのか。

それとも、慣れただけか。


分からない。


(それでも、身体は重い)


どうにかしたい、とは思う。

考えないようにすると、余計に意識が向く。


呼吸を整える。

動かそうとしない。

命令もしない。


ただ「ある」と認識する。


——その時。


「なに床に座ってんだ?」


扉が開いた。


集中がほどける。


「おはよう」


テオルだ。


「おはよう。朝から変なことしてるな」


「最近流行ってるんだよ」


「本当かよ」


「兄上から伝言だ」


テオルはあっさり言った。


「昼前に孤児院へ行く。向こうで昼も食べるから、そのつもりでってさ」


「わかった」


「じゃ」


それだけ言って、テオルは出ていった。


静かになる。


エリアは、もう一度目を閉じかけて——やめた。


(……場所、変えよう)


ここだと、どうしても頭が散る。



庭。


メルが花壇に水をやっていた。

鼻歌まじりで、楽しそうだ。


「エリア様、おはようございます」


「おはよう」


「今日は早いですね」


「ちょっとね」


軽く笑う。


「お出かけでございますか?」


「うん。少し、瞑想しに」


「瞑想?」


「うん」


「また変わったことをなさいますね」


言いながらも、メルは慣れた様子だ。


「椅子をお持ちします?」


「今日はいい。床に座るから、敷くやつがほしい」


「あ、はいはい」


敷布を差し出す。


「もちろん今日も持っておりますので」


「ありがとう」


「どちらへ?」


エリアは、庭の端を指さした。


「あそこ。」


「ああ、あそこですね」


「うん」


「高いですから、風に気をつけてくださいね」


「大丈夫」


「ご一緒いたしましょうか?」


「瞑想だしね、一人でいい」


「そうですか」


少しだけ寂しそうに、それでもすぐ笑う。


「いってらっしゃいませ」



ここには大きな鐘があった。


石造りの、古い建物だ。

昔は上部に鐘が吊るされていた。


街に何かあった時、音で知らせるためのもの。

今は使われていないが、取り壊されることもなく、

補修だけされて残っている。


危なくはない。

ただ、静かだ。


エリアは階段を上り、屋上へ出る。


風が抜ける。


屋敷の庭、その向こうの林。

落ち着いた景色。


敷布を広げ、そこに座る。


目を閉じる。


体の奥。


(……ここなら)


邪魔は入らない。


(動かせなくてもいい)


(まずは、感じ続ける)


昼前には、兄上と孤児院。


それまで、少しだけ。


エリアは、静かに呼吸を整えた。



屋敷へ戻ると、兄が待っていた。


「行けそうか」


オルトレイル・アーサー。


「うん。行こうか」


「ああ」


それ以上は聞かない。

何しに行くか気になるけど。




孤児院の門をくぐると、空気が変わった。


「あ……」


子どもが気づく。


「兄ちゃん!」


次の瞬間、駆け寄ってくる。


数は多い。

迷いがない。


アーサーは自然に膝をついた。


「順番だ」


「走るな」


「転ぶな」


全員の名前を呼んでいる。


エリアは横で思う。


(……大人気だな)



修道女が深く頭を下げた。


「アーサー様」


「セリナ。変わりないか」


修道女セリナは、穏やかに微笑んだ。


「はい。おかげさまで」


「こちらへどうぞ」


食堂へと案内してもらう。


木の長机に、簡素だが温かい料理が並ぶ。

パンと煮込み、野菜のスープ。子どもたちの笑い声が、部屋を満たしていた。


「さ、冷めないうちに」


修道女が声をかける。

名はセリナ。穏やかな物腰で、子どもたち一人ひとりに目を配る人だった。


エリアは自然と、セリナの隣に座った。

アーサーは向かい側で、子どもたちに囲まれている。皿を配り、パンを割り、名前を呼びながら手渡していた。


——慣れすぎている。


(……ほんとに、騎士だよな?)


「初めまして、エリアさん」


セリナが微笑む。


「はじめまして。兄が……お世話になってます」


「こちらこそ。いつも助けられてばかりで」


その言葉に、エリアは首を傾げた。


「“いつも”?」


セリナは少し考えてから、静かに続けた。


「以前、この子たちが事件に巻き込まれそうになったことがあって」


子どもたちは、もぐもぐと食べながら話など耳にも入らない。


「あの事件……誘拐事件、ですよね」


エリアは知っている。

街で噂になったし、兄が“暴れていた”ことも。


「ええ。最初は小さな話だと思っていました。でも——」


セリナは言葉を選んだ。


「個人ではなく、大きな組織がいました。継続的に子どもを狙う、悪質な」


エリアは箸を止めた。


「兄上はここのために……?」


「はい」


セリナは頷く。


「王宮の伝手も、家の権力も、そしてご自身の力も。全部使って……アーサー様はすべてを終わらせてくださいました」


聞いていた子どもの一人が、無邪気に言う。


「前は悪い人、いっぱいいた!」


別の子が続く。


「兄ちゃんが、全部つかまえた!」


エリアは、息を飲む。


(事件は知ってた。

 なるほど——ここのためだったのか)


「本当に感謝しています。今も。あの後危険はなくなり、子供たちも安全になりましたから」


視線が、アーサーへ向く。

子どもにスープを吹きこぼされ、笑いながら布で拭いている。


——異常だな。

だが兄上らしい、兄上は守るのだ。


食事が進み、少し落ち着いた頃。

孤児院を出た。



帰り道、アーサーがエリアを見る。



「どうして連れてきたかわかったか?」


「うん」


「どうしてだ?」


「兄上の好きな人を紹介するためかな」


アーサーが動揺する。


「まて、そうではない」


「いや、嫌いな訳ではないが」


エリアは笑って答える。


「事件のことは聞いたよ」


「知ってた。でも、知らなかった」


アーサーは、少し困ったように肩をすくめた。


「だからだ」


声を落とす。


「俺が頻繁に顔を出すのは、あまりよくない」


王宮騎士の名は、時に目立つ。

教会との距離も、立場が変われば面倒を呼ぶ。

父は教会との距離を気にしている。


「でも——」


アーサーは、エリアを真っ直ぐ見た。


「何かあったら、気にしてやってほしい。

 遊びに来るくらいでいい。お前にしか頼めない」


エリアは、少し考えてから頷いた。


「わかった。様子は見ておくよ。

 僕も……子どもは、嫌いじゃない」


「お前も子供だろ」


帰り道、エリアは思った。


父上の言葉。守れる力はつけて欲しい。


(兄上は、力で守る、全部使う)

(……僕は、どうするんだろう)


答えは、まだ出ない。

だが——考える理由は、十分すぎるほどだった。


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