9
例の儀式から暫くして。
ルヴィ様は依頼された儀式を全て終え、神王国へと帰還したらしい。
面倒くさいのでもう二度と会いたくない。顔はまぁまぁ良かったが。
ルヴィより良い顔のリュクスが居るから別に大丈夫かな。
ラエルは身体強化が結構上手くなったので、訓練中の大半は身体強化を使って行動するようになった。
皆と同じ訓練内容を行うためだ。
最初は身体強化有りで皆の訓練になんとか付いて行く。
終盤は身体強化無しで訓練する。徐々に強化無しで出来る時間が増えれば良いと言った感じだ。
座学も計算は『私』が得意だったので少し教わればコツは掴んだ。
礼儀作法も『彼』が無理やり『私』に教えていたので、聞いた事がある事も多少はあった。
素晴らしい自分が仕えるに相応しい主らしい威厳を、だったかな?
『彼』の都合とかどうでもいいのに。
礼儀作法をしっかり学びだしてラエルにもようやく理解できた。
確かにフィーナは優雅で可愛い。
まぁ『私』は礼儀作法の話をあまり聞いていなかったので、殆ど覚えていないのだが。
『彼』もつまらない事を気にすると『私』は不機嫌になっていたから。
ただ、『彼』が喜ぶから渋々だ。動きを真似るだけだしそれくらいは簡単だ。
それくらいならご機嫌取りには安い。
礼儀作法はさておき。文字が問題だ。
『私』は読めていたはずだが、まったくわからなかった。なのでラエルは文字の勉強がとても大変だった。
いや、一番大変なのは体が思うように動かない事だが……
手当も体力回復や怪我の治療の魔術は何となく習得したので練習あるのみ。
後はぼちぼち。よし。とラエルは己の力量を見つめ直し気合を入れておく。
色々あって昼休み終了間際。
最近、視線を感じる。その方向を見ても誰も居ない。
探知の魔術が使えれば……と魔術の練習を頑張ることを決意する。
首を傾げながらラエルは一人で訓練場まで移動していると声をかけられた。
リュクスより少し年上かな?の貴族?の男性だ。
顔はラエルの好みじゃないのでどうでもいい。
「お前がフィーナに取り入っている平民の小娘か」
何か色々文句を言っているが、ラエルが反論した所でお貴族様相手に勝てないので聞き流す。
フィーナの知り合いらしい。
可愛いフィーナに近づくのは同じ隊だから許すが。とか何とか言ってる。
フィーナは可愛い。それには同意する。
長い話をまとめると、フィーナの親戚の貴族……お祖父様の家の子じゃなくて、もっと遠い親戚らしい。
でまぁ、フィーナに関しての謎が一つ解けた。
フィーナの御付きの者は、正確にはこのお貴族様の御付きの者らしい。
実は平民のフィーナが御付きの者を連れ込むのは問題になるらしい。
そりゃそうだ。疑問に思わなかったが言われてみてなるほどとなった。
このお貴族様の御付きの者を、業務の一環で派遣するという荒業で付けているらしい。
フィーナのお祖父様が。
男性の世話など大したことがないので暇なんだそうだ。
後で知ったが、男子寮だし、女性の出入りや滞在について厳しいらしい。
だから側にいれる時間は少ない。つまり、彼女らはこの男の世話だけでは暇なのだ。
フィーナお嬢様の世話で女性への世話の練習をしているらしい。
フィーナと御付きの者の皆さんに言わせれば、
「将来お子様に付く時の練習になる」
という事で、ラエルの世話をするのも勉強になるらしい。
練習台としては、ラエルが物わかり良すぎで練習にならない。とやや不満そうだったが。
物わかりが良い?には意義を申し立てたい。ラエルは出来が悪い子だろう。
それでも平民、それも孤児に教育を施せたとなれば、かなりの実績になるらしい。
訳ありの養子とかで、そういう需要はあるのだ。
だから御付きのの者の結構入れ替わりが激しい。
とにかくだ。長い話をまとめると。
彼は「お前の世話は御付きの者の仕事ではない」とラエルに苦情を言いに来たらしい。
平民が調子に乗るなと。
調子に乗るなとはその通りだと思う。気を引き締めていこう。
と言われてもだ。
フィーナが勝手にやっているのでフィーナに注意すべきだし、御付きの者に命令すればいいんじゃないだろうか。
平民のラエルに言って彼女らの暴走を止めれると思っているのか?こいつは。
同じ隊の仲間だぞ。邪険に扱うわけにもいかないだろう。お互い気分良く任務が出来るなら別にいいじゃないか。
フィーナのお祖父様が送り込んだ御付きの者は貴族のお嬢様だし、ラエルに断れるわけがない。
というか最初に平民だし大丈夫、必要ない。と断っている。フィーナ達に練習で押し切られたが。
いきなり貴族のお嬢様で練習なしに実践は拙いでしょうよ。首が胴体からお別れしそう。
多分、こいつに言われたから世話は結構と断れば、こいつ吊し上げられるのでは?
彼女達からはそれくらいの圧を感じる。正直、加熱した彼女らがラエルは怖い。
やんわりと
「何度かお断りした事もあったけど聞き入れて貰えなかっただけです。世話を止めさせたいなら貴方様から彼女らにお伝え下さい」
とか何とか適当な事を言っておいた。平民のラエルに命令権はないのです。
訓練場に急ぐのでとラエルは逃げ出す。
足が遅いので遅れそうなのだ。こんなギリギリの時間になるまで長話は止めてほしい。
ラエルを呼び止める気配がなかったので大丈夫みたいだ。
それに追いつこうと思えば追いつけたはずだし。ラエルはまだまだ体力がないのだ。
早歩きで息を切らしながら進む。
訓練が終わった後でフィーナに一応先程の貴族について報告しておいた。
「そういう理由だから私の世話はしなくてもいいよ……?」
一応そう言ってみたらフィーナはいい笑顔だった。ラエルはどうなっても知らない。
正直に言われたことを実行しただけだ。お貴族様のご命令ですからね。
絡んできた貴様が悪いのだ。とかかっこよく言ってみたい。
「おほほ、急ぎ対処する事ができましたので。皆は先に行っててくださいな」
本当にラエルは悪くない。横に居たアールとペッタポッタも震えている。
フィーナこわい。おこらせないようにしよう。
ラエルはいいこになります。敬礼。
怖かったので今日は復習はなしで解散だ。
フィーナに解散だと伝える暇がなかったがまあいいか……と寮へと戻る。
あのお貴族様の居場所、部屋とか?どこかは知らないが、フィーナは夕食まで帰ってこない気がする。
彼女らの猛抗議を想像してラエルは震え上がる。勉強頑張ろう。
リュクスより年は上みたいだったし、幹部候補の勉強とかなくて暇なんだろうか。
あの貴族の予定を気にしてもどうにもならないので、ラエルは寮で大人しく文字の練習でもしておこう。
アールとペッタポッタに軽く挨拶して寮へ向かう。
夕食でまた会うと思うが一応だ。
訓練場から出ようとしたらリュクスに呼び止められる。
「少し良いか?近況を聞きたい」
いつもの隊員把握のための面談だ。マメな事だ。
最初はラエルの体調の事を気にしてかと思っていたが、全員に定期的に話を聞いて回っているそうだ。
ちゃんとした隊長の仕事らしい。返事をしてリュクス隊長に付いて行く。
訓練場にある個室を借り、遮音結界の魔道具を起動し、リュクスと話し合う。
リュクスは相変わらず茶器を用意してラエルに茶を勧めてくる。
本当にお茶が好きなんだなぁ……とラエルはやや呆れ気味だ。
適当に訓練の成果を問われ、回答していく。
ざっくりと計算得意、文字覚えるの苦手とかだ。
後は体力付いてきたとか。まだまだだが。
「そういえば、ルヴィについてだが、出会った時の詳細を聞きたい」
む、話してなかった?知りたい部分が抜けてたのかも?
リュクスがルヴィを呼び捨てしているが、本人居ないしどうでもいいんだろう。
他国の人間だしバレないバレない。
「博物館でぶつかられて……えーっと博物館……」
何日前だったか?と考えていると、ラエルより先にリュクスが思い出したらしい。
ああ、そういえば行くとか言ってたな。あの時か?とリュクスに言われ頷く。
「む……博物館……?」
急にがたっと音を立てて、立ち上がったので吃驚した。
リュクスが少し考え込む。
いや、博物館に行く話はしたし、ルヴィについても話したはずだけど?とラエルは首を傾げる。
「……いや、取り乱した。えーっと、博物館で会ったと?」
ラエルは頷く。
「見学終えて博物館から出た所で、その、ぶつかってしまって……」
体格差で吹き飛んだけど。それは言う必要はないだろう。
リュクスが額に手を当てる。
「ぶつかった……?いや、それよりも……」
リュクスの顔色が悪い。
神王国の人間に平民がぶつかったとか問題ですよね。
という様子で心配そうな顔をしておく。
「……あ、ああ、すまない。少し考え込んでしまったな。それで怪我が無いかを確認されたのか?」
神王国の人間のルヴィがその状況で一般人に怪我をさせたなら問題だ。
とラエルに尋ねる。
「そうですね」
と答える。怪我を治療する前に確認していたはずだ。
「怪我は魔力を流して調べた……それで……」
面倒な事になったな。とリュクスは呟く。
まぁ神王国の偉い人に当たったから……
変な因縁つけられても文句は言えないんだろうなぁと、フィーナの怯え方から推測はしている。
「……何と言うか、君を気に入ったらしい。その、言いにくいのだが、観察?対象として」
観察対象?
「詳しく聞いた訳では無いが、あの手の奴が興味を持つのはそういう事だ」
なるほど……確かにほぼ強化魔術頼みで生活してきたラエルは珍しいのかも。
何か急にリュクスの言葉が荒くなった気がする。
「君をお嬢様扱いしていたのも、お詫びというか、それで相殺しろ。という事だな。多分。多分。」
リュクスが若干目が泳いでいる気もするが、まぁ言いたいことはわかる。
観察?とか無礼はお嬢様扱いで見逃せとかいう、ルヴィの理屈があるんだろう。
ラエルには良くわからないが。偉い人の考えは良くわからない。しかも他国の人だし。
……ただの煽りな気もする。平民、それも孤児を煽って楽しんでいる気がする。
正確悪そうだったし。
ああいうやつは、そういうやつだ。うん。
不興を買う可能性もあるしルヴィに突っ込みはしないが。
そういうわけだからルヴィの事は適当に流して大丈夫と言われた。本当に?
有象無象にそれ程関心がある方ではないので、余程の事をやらなければ不興を買うような興味すらないだろうと。
「それより、は、博物館は。ど、どうだった?」
一気に挙動不審になったリュクスにラエルは首を傾げつつ思い出す。
良かった展示品について適当に語っておく。
前にも話した気もするけど、よく覚えてない。
リュクスも覚えていないようだし。
「渋い趣味だな……」
展示品を思い出しているのだろう。
リュクスは額に手を当てて遠い目をしている。
むぉーん、良さが!わからないと!
「んん、博物館の事はまあいい。他に気になる事とか、困った事はないか?」
気になった事。さっきもあったなぁ。
「最近、何か視線を感じて。でも誰も居なくて」
居ると思うんだけど、見つける事は出来ていない。
「何時からだ?」
えーっと?視線を感じだした頃を報告する。
「時期的にルヴィが帰国、出国してすぐだな」
リュクスはそう言うと天を仰ぐ。
そういえば帰る報告聞いたな。その辺りだったか?とラエルは考え込む。
『ラエルお嬢様ー!私、非常に残念ですが帰国することになりまして……ああ!お嬢様!どうして貴女はこの国の方なのでしょう……!連れて帰りたい……!』
ルヴィとかいう犯罪者予備軍?とかいう奴?の最後の言葉を思い出した。やだやだ。
ラエルはふぅーと息を吐いて落ち着く。
「どうしたものか」
何なんだろう。ルヴィが何かやったのかも知れない。
そんな事を考えているとリュクスが、気にするな。と言った。
あんまり気にしても仕方がない類なんだろう。
気になるが大丈夫ならあれは警戒しないようにする。
何か変化や問題があれば報告するという事で様子を見ることになった。
後は、フィーナの親戚に絡まれた話をしておく。




