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そして次の休日。
外出を控えるように言われていたのでフィーナとお茶会だ。
お茶会の練習は準備が大変だ。
お茶会なんて滅多にないとは言われたが、重要かつ希少。
だからこそ失敗すると記憶に残るらしい。
なので練習回数がどうしても多くなるそうだ。
形から入るべき。
と、フィーナと御付きの皆さんが、恐ろしい形相でラエルの衣装をああでもない、こうでもないと選ぶところから始まる。
実際、令嬢が着る様な衣装を来て動くのは難しいので、衣装もちゃんと用意して練習しないと駄目だと思う。
本番にはじめて着飾っていたら、ラエルは袖を引っ掛けていたと思う。
教えられた作法通りに頑張ってお茶会を楽しむ。茶器が重い。
お茶請けの果物を口に入れる。
「間違える事はなかったし、後は自然に。流れるように。それぞれの動作ができれば下級貴族向けのお茶会なら完璧ね」
こういう風にとフィーナが茶器を持ち上げて口をつける。
優雅だ。
こういうお茶会でなくともお茶を勧められる場面は多い。
この前の仕立て屋でもお茶を出してもらったし、それなりにお茶を飲む作法は必要だ。
リュクスもお話する時にお茶を振る舞ってくれるので、やはり格好良くお茶を嗜む技術は必要だ。
お茶会形式での練習は準備が大変だが、軍に居るなら貴族とも付き合いはあるしお茶の作法は必要なのだ。
「小粋な話術はおいおいね。今は賢しく話すより教えを乞う方が良くてよ」
と、フィーナに言われた。
果物を頬張りつつそうなのか?とフィーナ御付きの皆さんを見ると頷いている。
「まあ、かなりぎこちないから練習はとっても必要でしょうけど……流れを覚えていれば上達は早いでしょう」
フィーナはご令嬢らしく鷹揚に頷く。
それを合図に皆がこれも美味しいですよとラエルに色々勧めてくる。
そんな感じでお茶会の練習は終わった。
この練習が貴族やらの家で働く時に役に立つらしい。
給仕だけ練習すれば良いのでは?
と思ったが主人の補佐するとかで、主人の正しい動きがわからないとという事だそうだ。
後は色々……貴族的な挨拶の練習したり、会話に必要な雑学、例えば花の名前やら。
そんな内容をラエルが飽きないように、広く浅く教えてくれて休日は終了。
外出できないならやれる事はこれくらいだろう。不満はない。
そんな感じで休日が終わりいつも通り。
例の判別の儀式の手配が終わって順番に受けるらしい。
が、リュクス隊は今日じゃない。不意打ちで受けさせた方が良いんじゃないかなぁ?
と思ったが申請した時に騒いだ隊長格の愚か者が居たらしい。
だから情報通なら皆もう知っているので隠しようがないそうだ。
忘れた頃に抜き打ちでもう一回やりそうだなぁ。
ラエルでも思うのだ。警戒度合いはお互い上がるはず。
そんな感じで暫く代わり映えのしない日々が続いた。
数日後。ついにリュクス隊の判別の儀式だ。
知らなかったがそこそこ立派な礼拝堂がこの基地にはあったらしい。
儀式はそこで行う。
礼拝堂があったならもっと早くに知りたかった。
外の神殿はちょっと距離があったのでまだ行けてないのだ。
寮から少し遠いが外の神殿よりは通いやすい。休日はできるだけ来よう。
ラエルはそう決意する。
礼拝堂は中々素晴らしかった。
基地内の礼拝堂らしく質素だがちゃんとしている。今回の儀式に使いそうな物を除いてだが。
礼拝に使う長椅子が少し退けられ、床に陣が用意されている。
祭壇の上にも色々準備してある。ちょっとかかっている金が怖い。
それより質素だがこれはこれで美しい。
ラエルはサニア神へと軽く祈っておく。
儀式を行う神官?司祭?はあの体当たりしてきたまぁまぁな美形さんだった。
神王国の人らしいし出しゃばってきてもおかしくはない。と思う。
「ルヴィ・ブラッドと申します。今回儀式を依頼されました」
と挨拶をする。ラエルと目が合うとにっこり笑われた。
それからもう一人。例の博物館の剣の勇者だそう。
万が一に備えて邪神の手先が紛れていた時に制圧する為に居るらしい。
ラエルは勇者を見る。
――こいつはあの剣に選ばれていない。だから剣が折れたのか?
そんな事がふっと頭に浮かぶ。
こんな自称勇者に邪神の手先を制圧できるのか?
他にも神器に選ばれているのか?と思ったが見た所それもなさそうだし。
というか選ばれていたのなら、ラエルに気がつくはずだ。その様子もない。
それに。
多分、勇者より神王国の人の方が強い。
とまぁ、こんな感じで儀式に参加する者の紹介をされる。
ちらっとリュクスを見る。
勇者を仇敵だと言わんばかりに睨んでいる。拙いのでは?
そんな事を考えていたら勇者の挨拶終わってた。名前聞き逃した。
勇者って呼べばいいしどうでもいいか。
面倒くさいのでラエルは勇者凄いといった顔をしておく事にした。
剣の事は聞きたいが神器に選ばれていない、つまり試練を突破していない。
そんな奴に剣の事を聞いて素直に答えてくれるとは思えない。
「勇者殿、一人で大丈夫なのですか?あの剣もないですし」
リュクスが勇者に問う。
「休暇中の仲間を呼ぶのは忍びなくてな」
潜入役の邪神の手先はそれほど強くはないとは思うので大丈夫でしょう。
と神王国の人……ルヴィがにこやかに話す。
まあ彼も勇者を睨んでいるんだが。
神器の剣折った勇者とか神王国的に許せないんだろうか?
「微力ながらいざという時は制圧に参加しますので。神王国の威信にかけて皆さんをお守りしますよ」
リュクスが額に手を当てる。それから「微力……?」と呟いている。
勇者より強いのに何を言っているんだろう?とラエルも思う。余計な事は言わない。
始めますよとルヴィが資料を読み上げる。
「えーっと、エ・イの民のペッタポッタ君。君からです。君が発端ですし早く知りたいでしょう?」
ではでは皆さんは外で待っててくださいね。長椅子を用意してあるので座ってて大丈夫ですよ?
そう言ってアールとフィーナ、ラエルの三人は外で待つ。
「儀式ってどんなのだろうなぁ」
アールがそういうとフィーナが答える。
「陣の上に立って神官とかが魔術を使って終わりよ」
「フィーナは受けたことがあるのか?」
「流石に貴族に近い者なら定期的にするわ」
アールとなるほどと頷く。
アールも大商会を率いることになれば必要そう。
「神殿へ儀式を依頼するからそれなりに費用がね……貧乏貴族はあまりやらないらしいけど」
不穏分子の炙り出しなのだから神殿も費用ぐらいと思わなくもないが、さっきの礼拝堂の様子を見ると結構な金がかかっている。
かなり大規模術式だ。
魔術の使用に必要な消耗する祭具、触媒代だけでもかかるだろう。
神殿が完全に負担するのは無理だ。
それでも。そんな大金を叩いてでも邪神の手先はどうにかしなければならない。
金が掛かるのでこまめに出来ない様だが。
「普段は結界で十分らしいのだけど、ね……魔王達が動き出したから警戒度が上がるわよ。神器も一つ折れたし」
ほらあの勇者の剣よとフィーナがラエルに教えてくれる。
知っているのでうんうんと頷いておく。
やっぱり邪神への警戒度は上がっているのかと考える。
邪神が活発に動いている時代に生まれたから、普段がわからないのだけどね。
と、苦笑いしている。
「じゃなきゃ俺達もここに居ないしな」
うん、とラエルは頷く。
ペッタポッタが出てきてフィーナが呼ばれ礼拝堂に入っていった。
「どうだった?まぁ問題なかったのは知ってたし、聞きたいのはそっちじゃなくて儀式の方かな?」
と、アールが言うのでラエルもうんうんと頷く。
「いやぁ、凄かった。こう、ぶわーって。わかんないだろうけど、僕にはそうとしか説明できない」
「お、おう」
フィーナが出てきて次はアールが呼ばれた。
「フィーナ大丈夫?」
大丈夫よ。とフィーナが頷く。
「何時も受けている儀式より凄かったわ。流石に軍でやる儀式という感じなのか、ルヴィ様が凄い神官なのかしら?」
とフィーナがうむうむ唸っている。
一応注意点を二人から聞いておく。
「興味津々なラエルはお留守番させてお茶会のように優雅に堂々となさい。そうね、サニア神へお祈りしていれば終わるわよ」
なるほど。手順は大丈夫そう。よし。と気合を入れる。
ペッタポッタが大丈夫かな?と少し心配そうにラエルを見ている。
頑張ります。
「ペッタポッタ、ラエルはお茶会をこなせる程度には成長したわ」
フィーナに褒められて心強い。
そうこうしている間にアールが出てきたので慌てて礼拝堂へと向かう。
そんな事を考えつつラエルは礼拝堂に入る。
あー聞くのを忘れていた事をルヴィに尋ねておく。
ルヴィに博物館での事を聞きたいが。なんとなく今聞くのは勇者も居て拙そうなので止めておく。
聞きたいのは儀式の判断基準についてだ。
まずは邪神の手先を判断しているかどうか。
これは予想通り判断している。
次にヒトかどうかの判断をしているかだ。
これもしているそうだ。
詳細に種族を判別できる術式もあるらしいが、まぁ揉めるのでヒトかどうかだけだ。
過去に邪神の手先ではない魔法生物が利用されて痛い目を見たらしい。
そこから改良されてヒトかどうかの判別が追加されたらしい。大丈夫だそうだ。
空っぽかどうかの判断は……聞けなかった。聞いても仕方がない。
空っぽなのはわかっている。
「随分と気にするんだな」
勇者がラエルに聞く。疑っていそうだ。
「……勇者殿、貴方は良い縁に恵まれていたようですから?わからないのでしょう」
ルヴィが勇者にやれやれといった様子で語りかける。
ちょっと変わった子は疑われやすいのですよ。とルヴィが言う。
勇者は今ひとつわかっていない様子だった。
不穏分子はさっさと排除しないと小さい集落では余裕がないのだよ。勇者君。
とルヴィは言いたそうだがそこまで説明してやらないようだ。
「孤児院への慰問等の慈善事業でもなさっては?次代を育てるのも役目を終えた勇者の仕事でしょう」
む、っとした様子で勇者がルヴィを見る。
「今までは貴方のように恵まれた者が、神器への試練を挑戦する権利を得ていましたが」
何ていうか、勇者は良くも悪くも良い人そうではある。
まぁ勇者なんて危険な事をやってるならそういう素質が必要だとは思うが。
激動の時代はまだまだこれからです。今後はどうなることやら……
と、やや大げさな動作で首を振るルヴィ。
「まずは貴方が手本となり、才能ある孤児を探してはどうでしょう?神器もないことですし?勇者として活動もねぇ?」
神器を持ってないお前はもう勇者ではない。とルヴィは言いたい様子だ。
ほぼ言ってしまっている気もするが。
それからにっこりとラエルに笑いかけるルヴィ。
首を傾げておく。
「こういう不安を抱える子供は意外と多いのですよ。まぁ孤児に多くなるのは残念ながら必然ですが。孤児でなくとも皆が皆、仲良く出来るわけではありませんからね」
リュクスを見ると目を瞑っている。
その手は硬く握られている。物凄い力を込めていそうだ。
「や、役目を終えたつもりはない!」
どうやら勇者には衝撃的だったらしく、思考停止から復帰し慌てて否定する。
「おや、所持している唯一の神器が折れた以上、勇者としての活動は不可能でしょう?おやおや」
ぐっと勇者は呻いて反論する。
「他の神器に……」
勇者の言葉を遮りルヴィは話を続ける。
「そうですね。すぐに見つかるなら良いですね。しかし、お年を考えると、このまま身を引くべきだとは思いますが?」
ルヴィの言葉に勇者を見る。二十代後半だろうか。
ラエル好みじゃなかったので今まで良く見なかったが、人間みたいだし、魔術が得意でもなければ……そろそろ肉体の全盛期が終わる。
ああでも剣を折った時期、十年以上前だったか?それを考えればもう少し上か。
多少肉体の老化を抑える系統の強化魔術が上手いのだろう。
とはいえだ。
こんな所でのんびりしているようでは神器を見つけ、試練に挑む時間を考慮すると……引退した方が良いだろう。
神器に選ばれたことのない、こいつに次の勇者を育てるのを任せるのはどうかと思うが。
流石に皆、神器に選ばれていない事には気がついていないようだが。わざわざ指摘しない。
あの剣を資格無しに振り回し、折った事を、ラエルは怒っているのだ。
だって、あの剣は……
「まぁ、幼子の不安を煽る事しか出来ない勇者殿の進退はどうでもいいです。それより儀式をしましょう。さぁお手を」
ルヴィがそう言ってラエルに手を差し出す。慌てて思考を中断する。
ルヴィはにこにこしている。
何となく嫌だが仕方がないので手を載せ、連れ添ってもらう。
陣の真ん中で立っているように言われたので大人しく立つ。
ルヴィが魔術を詠唱する。
ラエルは目を瞑りサニア神へと祈る。
この状況に『私』はサニア様どうして?と思わなくもない。
サニア神への祈り、いわゆる信仰力というやつだ。
それにラエルは包まれる。
なるほどこうやって調べているのか。
邪神に惑わされている連中がこれを受ければ、ひとたまりもないだろう。
「ラエルお嬢様は人間ですね大丈夫ですよ」
ルヴィがにこにこしながら声を掛ける。
勇者が驚いている。お嬢様と呼んだからだろう。
リュクスは額に手を当てている。どうもリュクスに接触があった時にもお嬢様呼びしていたようだ。
ラエルは人間なんだ……と手を見る。
『私』はヒトの事は良くわからない。どうしよう。
いやいや、ラエルはもう十年以上ヒトとして生きているんだ。なんとかなるだろう。
空っぽかどうかは言われなかった。
ラエルが化け物と判明すればよかったのに。
と思い、そして安堵もする。まだ皆と一緒にいてもいいらしい。
「というわけですので勇者殿、今日の儀式は終わりです。武力の出番がなくてよかったよかった」
ルヴィがさっさと帰れといった様子で勇者に向かって手を降る。
「君も、その、すまなかった……」
勇者が謝罪してくるのでラエルは適当に受け流す。
証明されたから勇者もラエルを疑うのは止めたようだ。
この雰囲気なら剣について聞いても良さそうだけど、リュクスはともかくルヴィとか居るしなぁ。
と考えてラエルは口を閉ざす。用がなくなったので勇者はさっさと何処かへ行け。
「ラエルお嬢様、お体は大丈夫でしょうか?本来ならすぐに参上して……いえ、あの後、看病を付きっきりでするべきなのですが、こう仕事が忙しく馳せ参じることが出来ず、誠に申し訳なく」
礼拝堂から出ていこうとした勇者を見ると物凄く驚いた様子でこちらを見ている。
「あの、お嬢様というのはちょっと……」
ラエルがそうやんわり抗議すると、ルヴィは勇者を追い払いつつ返答する。
「何をおっしゃいますか」
私を海よりも広い御心で許してくださったお嬢様に対して……とか適当な事を述べ始める。
そして、よよよ……と目頭を押さえる。
揶揄われているんだろうな。むっとしたが堪えてラエルはルヴィを見る。
海より広いとか適当な事を言ってるのがその証拠だろう。
「ルヴィ……殿、あまりラエルを困らせないで頂きたいのですが」
リュクスがそんな事を言ってルヴィに苦言を呈していると、勇者と入れ替わりに隊の皆が礼拝堂に入ってきた。
「はいはい、リュクス隊の皆さん!わ……リュクス殿は先日、皆さんは本日、儀式により邪神とか変わりがないヒトであることが証明されました」
拍手!わーとルヴィが一人で盛り上がってる。
皆、他国のおえらいさんの軽い様子にどう反応していいかわからず、困惑している。
「まぁ、この後すぐに邪神からの干渉によって、敵になる可能性がないわけでもないのですが……そればっかりは仕方ありませんからね。いやはや困ったものです」
こんな儀式に魔力やらを使うくらいなら、パァっと敵に向かって攻撃魔術を撃って殲滅したいんですけどねぇ……
とルヴィが言っている。過激派では?
「それはさておき、神々への祈りを欠かさなければ邪神も付け入る隙が減るのです。気が向いたらでいいので祈ってくださいね」
サニア神や他の神々……ペッタポッタ君なら森の神ですね。とルヴィがにこにこしながら話している。
神々への信仰力が高ければ邪神の干渉もやりにくくなると説明している。
ラエルは普段からちゃんとお祈りを……と思ったが、最近はあまり出来てない。
気合を入れ直しておく。
「ではでは皆さん、私は後始末やらがあるのでささ、外に出てください」
にこやかに手を振るルヴィに背を向けリュクス隊は礼拝堂を後にする。
「儀式……いや、それよりも。あの方の相手は疲れただろう。今日の活動はこれで終了だ。皆は明日に備えて休んでくれ」
そんなリュクスの合図で感じで解散となった。つかれた。




