7
――黄昏に……
『彼』が魔術を詠唱する。美しい術式が構成され展開されていく。
それに合わせて昏い炎の世界が広がっていく。
『彼』の魔術はどれも美しい。
でもこれは格別だ。
更に数日後。
訓練内容が少しずつ高度になってきている事以外の変化は特にない。
魔力の流れは良くなってきている。だがまだまだだ。
今日は午後から訓練場だ。
フィーナと二人訓練場へと向かう。男子二人は先に向かった。
こういう休憩時間からの移動が別行動になってしまうのは仕方がない。
ラエルの体調に合わせてのんびり歩いていると訓練場の前で何やら騒いでいる。
近づいていくとペッタポッタが弾き飛ばされた。
相手は良く知らない人間だが、どうも同じ新兵っぽい。それも貴族っぽい。
やはり貴族は何だかんだで動きや態度が違うので大体わかる。
「どうかなさいまして?」
フィーナが声を掛ける。
「ふん、どうしたもこうしたも……君は不思議に思わないのか?こんなヒトではない輩が……」
そう言ってペッタポッタを突き飛ばした貴族っぽいのが見下ろす。
それからエ・イの民は人間じゃないとか、まぁそんな感じの話を延々と聞かされる。
アールも反論しようとしていたが、フィーナに視線で止められていた。
相手はフィーナが貴族と思っているようだし。
選民思想?とかいう奴ならラエルやアールの話は多分聞いてくれないだろう。
フィーナも厳密には貴族ではないのだが……
まぁフィーナは素晴らしい令嬢なので、貴族と勘違いしてもおかしくはないし。
わざわざ訂正する必要はないだろう。
貴族と言ってはいないのだ。問題は何も無い。
というか、同年代の令嬢を知らないのか?という話になるので、下手に突っ込みを入れれないんだろう。
もしかしたらフィーナの事を知っているのかも知れない。
やや遠い親戚が結構な貴族らしいしそっちが怖いのかも?
とか色々考えている間に向こうの取り巻きが焦っている。
「何を騒いでいる」
貴族っぽいのの演説長いとは思っていたが、リュクスが来る時間になっていたとは。
慌てて全員が咄嗟に敬礼する。その隙をついてフィーナが説明する。
リュクスは自分の隊以外の者の所属と名前を聞き出した。
彼らの隊長に抗議すると伝えると慌てて反論しようとするが、リュクスはそれを封じ話を続ける。
「エ・イの民はヒト。それから人間族だ」
それから一呼吸置いて更に続ける。
「我が国も認めているし、サニア神教でも認められている。それに異を唱えると?」
ヒトの区分、そして人間族の区分を決めているサニア神教に物申すのか?
否定する根拠を出せ。ちゃんと学者共を説得できる内容の証拠をだ。
そんな感じのリュクスの話に、そ、それはと言った様子で黙る貴族っぽい連中。
「ふむ。幾ら王都が神殿の結界に守られているとはいえ、邪神の手先が居るかも知れないと君達が不安に思うのもわかる」
リュクスはこれだけ地方から入ってきたものが居るとそれもそうか……と少し考え込む。
「神殿に判別の儀式を行うように依頼しておこう。流石に軍に紛れ込んでいたとなれば大問題だ」
そこまでは……と慌てだす。
「軍等の重要な部署は定期的に判別しているので問題ない。不安が広がりつつあると上層部を説得して申請しておく」
それから。とリュクスが続ける。
「もし、エ・イの民がヒトであると判明した場合……いや、まあいい。これ以上遅刻させるわけにはいかないしな」
そういうと慌てて去っていった。
はぁーとため息を付くリュクス。
隊は違えど一応、リュクスは上官だ。あの敬礼もなしに逃げるような去り方は拙い。
いや、相手が同期だろうが部下だろうが良くないが。
緊急時以外は落ち着いて行動すべきだと思うよ。
訓練は特に変化はなかったが、そろそろ他の隊と合同訓練を考えているらしい。
ちゃんと敬礼とか出来るようになっておく事と言われた。
リュクス隊は四人全員平民、そのうち二人は田舎者とはいえ、皆大人しいので大丈夫だと思う。
さっきの様に揉めないようにということだろう。
隊に割り当てられた部屋でリュクス以外の隊員で今日の訓練を振り返る。
リュクスは忙しいので居ない。
現に神殿へ邪神の手先の判別を依頼という仕事も増えたし。
隊での訓練が終わったら幹部候補の勉強もあるのだ。
隊長としては初心者なので。ラエル達、新兵の指導もその一環だそうだ。
いきなり貴族の子弟が居る部隊は任せれないし、こういう寄せ集めが適任なんだろう。
そういった意味でもラエルのような人材を連れて来るのは利点があるという事だ。
だからラエル達は割とゆったりとした訓練内容になってしまう。
そもそもラエルと同期……他の隊も含め徴兵組は、基本何も訓練受けてない子供だ。
詰め込みすぎても使い物になる兵になる前に潰すだけで、無駄金と労力だけ消費することになる。
体が出来上がるまでは成長重視だ。って、リュクスが前に座学の時に言っていた気がする。
話を戻して今日の振り返りだ。
「ペッタポッタは間違いなくヒト」
ラエルは自信を持って告げる。
何か精神的に不安定そうだったので一応言っておいた。
ペッタポッタ以外の二人がうんうん頷いている。
そもそもだ。ラエルは空っぽで……
「私と違って髪の毛白くない」
ラエルがそういうと全員が絶句する。
はっとした様子でフィーナがラエルに詰め寄る。
「……ラ、ラエルちょっと待って?どういう意味かしら?」
ラエルは髪の毛が白いから化け物だと話す。
そう、皆言ってた。
「いやいや、いやいや」
アールも参戦してきた。
「髪の毛が白い人間は……この辺りにはそりゃ少ないけどさ。北の方に行けば白い人ばかりでしょ」
「でも皆言ってたよ?」
どこの田舎だ?田舎だったわ……とラエルの出身地を思い出して頭を抱えるアール。
「アールの言うように少ないけど、王都で白髪の人間は僕だって見た事あるよ?」
首を傾げるラエル。
「ラエル、流石にその話はしないように。ある程度北の地域は白い髪の人間は多いのよ。下手をすれば外交問題になるわ」
いやだって、『私』も白かった。
『私』の話はしないが。それにラエルは空っぽだ。納得いかない。
その白い髪の毛の人だってご先祖様がヒトとは限らないじゃないか。
むすっと黙ってしまったラエルにフィーナが戸惑いながら尋ねてくる。
「ねぇ、ラエルの周りは同じ色の人間は居なかったのよね?」
ラエルはうんうんと頷く。
「だって、川から流れてきたから」
「川から?誰が?」
アールが質問する。フィーナはかわ?川?川!?と驚いている。
「ラエルはお舟で流れてきた」
波乗り楽しそう。お舟の記憶がないのは残念。
まぁ赤子の体でお舟の操作とか出来る気がしないのでどちらにせよかな。
「化け物でも赤子だしそのまま殺すのはちょっとだし、お舟で流して天に命運を託したとか?そんな感じ。皆言ってた」
全員が黙る。
暫くしてペッタポッタがあっ、と声を上げる。
「えっと地図……東の……あった。思ったよりは北側だな。ラエルの村はここ。この川……河かな?」
地図はよくわからないが村の側の川だからその河だろう。
思ったより大きい河だった。
ラエルは村から出たことがなかったので近くに川がある、そこから来た。としか知らなかったし。
「上流は北の方だね。河に赤子を流せそうな人里となればこの辺りか……」
地名を見てフィーナが頷く。
「ラエルの居た村と違ってその辺りならそれなりに白い髪の人間が居るでしょうね」
なるほど?その辺りから流れて?
「よく生きてたなぁ……」
確かに赤子が単身川下りをして、無事だったのはちょっと信じられないかも……?
距離と時間を考えると、転覆や餓死等で天に召されていない方がおかしい気もする。
河の流れがどの程度かはわからないが、距離的に一日は流れていただろう。
しかも季節も良く天候にも恵まれて……
「うーん、あのさ」
アールが神妙な面持ちでラエルに話しかける。
「ラエルはその、家族って会いたいとかあるのか?」
む?っと考え込む。
家族、家族……血縁者。居るんだろうか?
空っぽなのに?
「いや、流された場所が大まかにわかったんだ。その、探す手がかりになるんじゃないかなって」
うーん、家族。
「河に流すような家族とか会うのはどうかと思うのだけど」
親って居るのかな。ラエル自身は突然自然発生したと思ってたので、うーん。
ラエルは本当にヒトなんだろうか?ヒトなら親がいるわけで。
ヒト?うーん。違う気がする。だって空っぽだもの。
みんなとはちがう。
「ラエル、急いで結論は出す必要はないわ。でも後悔するかも知れない。探すなら早く決断しなさい」
わかった。と返事をしておく。
親を探す。あまり実感がない。親はいるんだろうか?
でも居て向こうが会いたいなら会った方がいい。
家族は大切なものだ。それは理解している。
「とにかく、素人の私達の話じゃ確信できなくても、ラエルがヒトかどうかも例の儀式でちゃんとわかるわよ」
そうだなとアールとペッタポッタが頷く。
うーん、儀式。儀式……と考え込む。
どういった基準なんだろうか?
邪神の手先ではないという基準なら間違いなく引っかからない。
例えば邪神の手先ではないが精巧な人形の魔法生物とかは?
ちなみに邪神の手先の魔法生物は確実に引っかかると思う。
ヒトだって邪神の手先になるんだ。だからヒトを判別しているか怪しい。
さっきの貴族?のペッタポッタへの因縁の付け方から推測する。
多分、神殿のない田舎の集落には、邪神の手先の魔法生物が住民になりすまして居ると思う。
ヒトの細かい種族で分断する工作。ああいうのは邪神が良くやる手法だ。
空っぽのラエルだってわかる。邪神は敵だ。
そんな事をラエルはぼんやり考える。
あんな思想が流行りだしている。思った以上に魔の手が伸びているのかも知れない。
ラエルが言っても上層部は動かせないだろうが、儀式でペッタポッタが問題なければ神殿は邪教の暗躍を考えるだろう。
流石にエ・イの民がヒトではない、などという流言はサニア神教としては見逃せないはずだ。
今王都には神王国の人も居るみたいだし?
まだ帰っていなければだが、何となく居る感じはする。
「ラエルの扱いが良くなかったのって髪の色が原因かしら」
三人が怒っている。
うーん……当然だと思うけどな。
田舎の孤児院、それも神殿関係じゃない孤児院。
そんな弱小勢力が生き延びる為には、ラエルのような怪しい余所者の孤児を警戒するのは当然だと思う。
むしろ警戒されていない方が心配になる。だから孤児院に思うところはない。
ラエルが生きてこられたのは孤児院があったからだし、感謝はしている。
特に王都の生活に慣れている二人は、貧しい田舎の者とは違う余裕があるんだろうな。と思う。
流石にそこまでは口に出さないが。
ペッタポッタも仲間と受け入れた者に区別はあまりしなさそうだし。
後で知ったがエ・イの民が結束力の高い人達らしい。
だからペッタポッタも一度孤児院に受け入れた子供を、明確に区別している状況が信じられない。
と言った様子だったのだろう。
結局孤児院の皆がラエルを殺したり、追い出す覚悟がなかったというだけの話だ。
警戒しているなら打ち上げられていたと思われるラエルと舟を、見なかった事にしてそのまま流してしまえば済んだ話だ。
さっき話した天に命運を任せる。という話を孤児院の皆が事ある毎にしていたのは、ラエルを生かす判断をした自分達への言い訳だろう。
育てた費用を考えて、使い道があって良かったと今頃胸を撫で下ろしていると思う。
皆が不満を表したあの孤児院の食事だって、あの田舎でラエルのような子供には用意することは出来ない。
衣食住を最低限は保証してくれてはいたので、田舎にしてはまともだったと言えるのだ。
そういった考えを適当にまとめて、田舎はそんなものだ的な話をしておく。
余所者の不審者相手だと考えれば破格の待遇でしょうと締めておく。
ちなみにペッタポッタは王都では田舎者だがそれなりに王都からも近い。
大森林の中、とは入口だし、その集落からエ・イの民が基本出てこないというだけの話だ。
大森林の恵みを求めて来る外部の商人とはそれなりに取引はあるし。
ラエルの居た本当の田舎とは違う。
三人は何か悩んでしまったが、あの孤児院に関してはあらゆる力がないとどうしようもない。
無駄な悩みだとラエルはぼんやり思う。
役人の言っていた手切れ金で縁切りとかは何とかなってるはずだし、正直、孤児院時代の話はどうでもいい。
ラエルは感謝しているが、孤児院側の全員の思惑や感情が読めない以上、お互いもう関わらない方が良いだろう。
幾らかは知らないが、ラエルからの手切れ金程度で、孤児院が堕落して駄目になるようなら仕方がない。
それよりこれからだ。
頑張ってお金を貯めて、『彼』の手がかりを探す。
幸い、軍は給料が良いらしいし。
探し物をするなら金も鍛錬も必要だし軍は最適だろう。
よし、と気合を入れるラエル。
とりあえず今日の計算問題をアールに見てもらおう。
商人の息子は頼りになる。




