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そして休日。
体力の消耗を避けるために馬車で中央広場まで向かう。
広場の時計塔は素晴らしかった。
地上からでは距離も遠く、ぱっと見ただけではわからないがよく見ると……そう数字の部分。
材質は石のようだが変わった色をしている。魔石かな?何の魔石だろうとラエルは目を凝らす。
遠いのでよくわからない。尤も、近くだったとしても魔石の種類なんてわからないのだが。
勉強頑張らないとなぁとぼんやり思う。
「ラエル、とりあえず博物館に行きましょう。時計は帰りにも見れるわ」
それもそうか。と博物館に向かう。
時計塔の隣にある大きい建物。流石に遠くに見えている王城ほどではないが、大きい。
外観に華美な装飾はないが良い建材なのだろう。美しい。
フィーナに手を引かれ入館する。
観光客や王都に住まう幼子に国の栄光を伝える為の施設なので、入館料はそれほど高くはない。
が、代金はフィーナが出してくれた。
代わりに給料が入ったら食事を奢るように言われたので頷いておく。
頑張らないと。
展示品は大昔の生活道具やら、この国がどうやって発展してきたのか?
という記録が多かった。
ラエルのような志願兵?を募っているのだから、大層な軍事国家かと思っていたがどうも違うようだ。
うーん、魔王が出現した、つまり邪神が動き出したようだし、神託があったのかも?
いや、魔王が出てきてるなら軍拡は当然か。
フィーナの勇者の話から推測すると、まだ一体しか倒せていないようだし。
ラエルも出来ることを頑張らないと。
数百年前に使われていたという木の器を眺める。
ラエルの居た孤児院ではまだまだ現役……と思ったがよく見ると全くの別物だった。
何だかんだで孤児院の食器は魔術的処理が施されており、展示されている木の器は何も魔術的な加工がされていない。
よくもまぁ残っていたものだとラエルは感心する。
この、何の変哲もない木の器。とても良い。
ここまで良い状態で残った幸運それだけで、博物館に並ぶ価値があるのだろう。
「昔に使われていた、ただの木の器よ?それ」
フィーナが心配そうに様子をうかがってくる程度には見入っていたようだ。
「良いもの」
「そう?」
不思議そうにフィーナも木の器を見ている。
魔術処理についての話をすると、なるほどとフィーナが頷く。
最近教わった魔力感知の術式を発動させフィーナも器を調べたようだ。
これくらいの身体強化なら博物館の警備に引っ掛かりはしない。
ラエル以上に日常で強化魔術が必要な者も居るので、結界やら何やら警備に引っ掛かりはする。
詳しい事はわからないが、問題がなければ多少の魔術の行使は黙認されている。
要するに、色々対策がある。でも、一定以上の魔力量を感知されなければ注意はされない。
リュクスに博物館に行くと休日の予定を連絡した時に、いざという時は身体強化を使うように。
と言われ、その時に魔術に対する博物館の防犯機能について少し教わったのだ。
もちろん我流は最終手段で、訓練している一般的な強化魔術の方だ。
ラエルも多少は使えるようになったので、博物館に行くくらいなら問題ないはず。
この辺りは許可されている魔術という意味で、一般的に知られている事なので警備上の問題はない。
初めての博物館に身構えていたラエルに説明してくれたのだ。
「確かに対した処理もしていないのに綺麗な状態で残っているのは不思議ねぇ……」
回想をしているとフィーナがそんな感じの事を呟く。
ラエルが興味を持った事に納得できたようだ。
木材の標本でもあるのね……むむむと唸っている。
のんびり色々な道具を見ながら、ようやく目玉の勇者の剣の展示までやっていきた。
流石に他より人が多い。
勇者の剣は王都に来たなら一度は見ておくべき。
でも、一度見れば催し物があればついでに見るか程度らしい。
今は特に催し物はやっていない。
そういえば恐らく十代の人間もそこそこ来場している。
ラエルと同じく軍に入る為にに来た人間なのかも知れない。
他より混んでいるとはいえ、順番待ちの列が出来ている程ではない。
音遮断の結界を張って吟遊詩人らしき人が、作曲に没頭している程度には空いている。
フィーナが言うには何時来ても、作曲やら創作活動をしている人が一人はいるらしい。
見れば何か芸術的な閃きあるのだろうか?
近づいていって剣を見る。
燃え尽きた炭のような見た目だ。刀身から柄までも全て。
ただ、鍔の部分に鮮やかな色の宝石が付いていた。
紅い宝石と、それより小さい青い宝石が付いている。
あ、あ、あ……勇者の剣?違うこれは……
これはそんな知らない人の剣じゃない!
これは、これは……
『彼』が幸せになれますように。
遠くで、近くで『私』の声が聞こえた気がした。
ラエルは後ずさる。剣から距離を取る。
「ラエル?ラエル!どうしたの?顔色が……」
「なんでもない、なんでもない、なんでもない……」
ぶつぶつと呟くようにフィーナに返事をする。
だって、どうして、なんで。
ぐるぐるとよくわからない、知らない疑問がラエルの頭をかき回す。
ラエルはあれに怯えているわけではないが、フィーナには怯えているように映ったのだろう。
慌てて剣の展示から離れた。
武器が怖いと思われたのかも知れない。
フィーナに、いや、誰にもこれは説明はできない。してはいけない。
フィーナが勘違いをして、納得できなくても。追求されないならそのままにしておけば良い。
その勘違いに問題があるとすれば、ラエルが軍に居る事だ。
剣を見て怯えるようでは……他の剣なら大丈夫という事を早く伝えねば……
博物館で武器を振り回すわけにもいかないし、フィーナは恐らくリュクスに相談するだろう。
だったら明日、そういう試用試験をラエル行うはずだ。
そんな事を考えていると落ち着いてきた。
大丈夫、大丈夫。
あれがあるとわからなかったから動揺しただけ。
ここに存在しているのを知っていれば、戦場で不意打ちであれを見せられても動揺しない。
ないと思った物があったから。存在していないと思っていた、亡霊に会ったようなものだ。
存在しているのを理解した。だからもう大丈夫。
それに――
顔色が戻ってすっきりしているラエルを見て、フィーナが息を吐く。
「大丈夫?やっぱり女の子に……」
「フィーナも女の子」
それはそうだけど……とフィーナが不満そうに考えている。
「ちょっと吃驚しただけ。想像してたのと違ったから」
勇者の剣、綺麗な石。つまり、立派な装飾を施された剣。
だと思ったとラエルはフィーナに伝える。
「ああ、確かに。最初は見事な美しい霊銀に似た風合いの刀身だったらしいけど」
折れてしまった時に、燃え尽きた炭のようになった。
神器らしいから全部力を使い果たしたんだって研究者が考察していた。
という話を焦った様子でフィーナがする。
そうなんだ、と相槌を打つ。
フィーナの慌てた説明を理解し質問する。
「霊銀?」
魔力と相性の良い金属らしい。
銀はこの前支払いに使っていたのを見て知ってるわよね?とフィーナが言うので頷く。
白金は知っているかと聞かれ首を傾げる。
それらとはまた違う、美しさ。それに強度もある貴金属らしい。
「うーん、確かにそんな刀身、それも神器があんな風になるのは怖いわね……」
うんうんとラエルも頷く。
彼が剣を所持しなかったのか、剣の過去についてまずは調べないと。
『彼』なら報酬にあの剣を持っていったはずだ。
「もう大丈夫。あれが勇者の剣」
ラエルはうん、うん頷く。
「みたいね。無理はしないように。ね?」
フィーナに手を引かれながら残りの展示品を見終え博物館から出た。
勇者の剣はラエルが調べようがないので考えないようにする。
丁度良い感じに勇者の剣以外の展示品への興奮が冷めやらぬ。
ラエルはフィーナに熱く語る。
よかったねーと言った感じで受け流されているが、初めての博物館。大目に見てほしい。
……フィーナが良い子なので申し訳なくなってきた。
と、歩いているとラエルが吹き飛ばされる。
「ラエル!」
フィーナが叫ぶ声が聞こえる。
そして、ラエルは地面に転がった。
「おっと、失礼。余所見をしていました」
と、どうでも良さそうな声が聞こえてきた。
フィーナが慌ててラエルに駆け寄ってくる。
フィーナの移動距離を見て思った以上に吹っ飛んだなぁ……とラエルはぼんやり考える。
損傷は治療を施せば問題ない。問題があるとすればラエルの所持金で治療を施せるかだが。
もう少し回復系の魔術の勉強をしておくべきだったなぁと思考する。
ま、孤児の扱いなんてこんなものだ。
孤児院を出た後、道中は役人達、リュクス隊の皆が良い人達だったので、気が抜けていたのだろう。
孤児院で寄付に来た人の進行方向で、遊びに熱中して逃げ遅れた孤児が飛ばされるくらい珍しくはなかったし。
慌てるフィーナに続いてのんびり誰かがこちらに来る。
ラエルを吹き飛ばした人物だろう。
「ラエル、ラエル……!」
フィーナが心配そうにラエルの様子を調べる。
「失礼、一般人を怪我させたとなれば問題ですね……」
渋々と言った様子の声がする。
問題になるなら不注意しないでと抗議したいが、
「あ、貴方、ぶつかって……蹴り飛ばしておいて!」
フィーナが怒っているが何となく見える範囲の情報からの推測だが、身なりや所作が良い。
相手は貴族だろう。
何となく吹き飛ばされた時にゴミを見るような表情を見た気がする。
だったら油断して余所見していたラエルが全面的に悪い。
フィーナを止めないと。
「フィー……だいじょぶ」
思った以上に痛い。ラエルは上手く言葉が出せなかった。
「はいはい。ですから治療しますよ。お嬢さん少し黙って離れてもらえます?」
そう言って倒れているラエルと、介抱しようとしているフィーナの間に入り込んでくる。
「邪魔だし、気が散るので。見ての通り神王国の者なのでこの程度の怪我治して差し上げますので」
ひっ、というフィーナの怯えた声が聞こえる。
何時もわざとらしくお祖父様で脅す冗談を言うフィーナが怯えている。
どうもとても偉い人らしい。
ぐわんぐわんする。
回復系の魔術を掛けてもらっている様だが、訓練で怪我をした時の軍医による魔術のふわふわと違って、魔力で全身揺さぶられるような感じで辛い。
とはいえ、痛みがなくなってきて相手を見る。
するとまぁまぁな美形が赤い目を見開いてこちらを見ている。
これは偉い人っぽいね?衣装も上等みたいだし。
「……がお……?」
上手く聞き取れなかったが何か呟いた。
しばらくして、そのまぁまぁな美形のお兄さんにラエルは起き上がらせてもらう。
「お嬢様、余所見をしていて申し訳ありませんでした。もう他に不調はありませんか?治しますよ?」
吹き飛ばされてからの印象と違って、何ていうか恋人?に囁くような対応で怖い。
「だいじょうぶ」
「よろしければお名前を」
フィーナを見ると青い顔で早く答えろと合図している。
「ラエル」
「ラエルお嬢様……おっと、色々語り合いたい所ですが予定があるのでした。後日お詫びを……」
フィーナが猛烈に首を振っている。あんなに首を振って大丈夫だろうか?
「怪我を治していただけただけで十分です」
「そんな……ええ、ええ、時間がありませんね。急ぐので失礼します。ラエルお嬢様またお会いできる日を楽しみにしています」
突然妙に焦りだして、まぁまぁの美形のお兄さんは慌てて博物館に入っていった。
急ぎの要件があったのに、こんな小娘に足止めされて慌てたんだろう。
悪い事をしたなぁ……貴族様の邪魔をしたので後で打ち首かも?
そんな事を考えながら帰路につく。
明日から処刑まで牢獄生活かも知れない。
ラエルの不注意だ。仕方がない。
フィーナは関係ないとラエルが言ったところで聞いてもらえるだろうか?
そんな事をラエルが考えていたらフィーナが大丈夫よ。と励ましてくれた。
無力なラエルが考えても仕方がない。




