10
フィーナの親戚に絡まれた話を聞き終えたリュクスが溜め息を付く。
「フィーナが可愛いのはわかるがあの調子では。こちらからも苦情を入れているんだが」
うむ、フィーナは可愛い。ラエルも力強く頷いておく。
フィーナを自分の隊に入れろとか何とか、リュクスにも絡んでいるらしい。
ちなみにリュクスにそこまでの人事権はないし、フィーナの親戚(お祖父様等も含めて)もない。
それにフィーナのあの親戚は新人担当ではないので、フィーナを隊に入れられない。
元凶のフィーナに任せるしかないのでは。
「あそこの一族は結束が強すぎるんだ。過激な行動になる前にフィーナに対処させるしかない」
そう言われ頷いておく。フィーナなんとかして。
他に報告した方がいい話は……
ペッタポッタに絡んでいた例の貴族も絡んでいる様子はないし、もう報告しておいた方が良いことはないかな?
「ラエル、その……なんでもない」
リュクスは定期的に気になる感じの雰囲気出すの止めてほしい。とラエルは思うが面倒なので流しておく。
暫く無言だったが、何もないならこれでと面談が終わった。
正確な時間がわからないが、夕食には微妙に時間があると思う。どうしたものか。
「どうした?」
ラエルの様子にリュクスが声を掛ける。
「時間が微妙かなって……?」
ああ、とリュクスが懐中時計を取り出し時間を見る。
「確かに微妙か」
リュクスは長引いたことを考え、面談の後は毎回予定入れていない。この後、夕食まで暇なんだろう。
というわけで何故かこのままお茶を続けることになった。
リュクスが新しいお茶をラエルに差し出す。
ラエルは受け取り飲む。おいしい。
お茶菓子はない。ご飯食べれなくなるからね。
「先程から見ていたが、茶器の扱いは悪くないな。後は筋力の問題か」
褒められたので適当に礼を言っておく。
ラエルにはまだまだお茶の入った器は重いのだ。
茶器は良いものだが薄い磁器でもないし、茶器その物が意外と重い。
流石にリュクスでもそんな高価な茶器は持ち歩いていない。
こんな風に持ち歩いていれば、乱暴に扱う可能性がある。
だから、落としても割れない加工がしてある奴だ。
ラエルが震えながら持ってても大丈夫な奴なのだ。
その分重いけど。ふんぬ。
「背筋もちゃんと伸びているし、茶器を震えず持てさえすれば、下位貴族までのお茶会になら入れれそうだな……」
とか呟いている。行きたくはないが行く必要があるかも。
フィーナとか、フィーナとか。
ラエルを親戚の比較的気安いお茶会に連れていきたそうだし。
どうやらリュクスもその可能性に思い当たったらしい。
ふぅっと息を吐いて何か考えているようだ。
ラエルはじっとリュクスを見る。
やっぱり綺麗だなぁ……顔の造形も良いし輝く金の髪に……瞳の紅い色が良い。
優雅な所作でお茶を飲むリュクスは素晴らしい。うむうむ。
『彼』が『私』に礼儀作法を教えていた理由がよく分かる。
上は格好良い方が良いもんね。
「どうした?」
不自然な視線に気がついたリュクスがラエルに尋ねる。
ラエルはとりあえずリュクスの美貌を褒め称えておいた。
「そ、そうか……」
リュクスが額に手を当てている。
「ラエル、その、他の人にそういう事は言わないでほしいのだが?」
リュクス以上の美形は見たことがないので大丈夫。と胸を張って答えておく。
『彼』とどっちがと聞かれれば悩ましい所だが、『彼』をラエルは実際に見た事がない。
『彼』が実在していなければリュクスが一番だろう。うん。
リュクスが一番良いので他を褒める予定はないと念押ししておく。
もちろん『彼』の話は一切していない。
「そういう話じゃなくて……いや、そういう話でもあるが……!」
むー?と首を傾げる。
でも美貌の素晴らしさ、広めるべきでは?広めよういますぐ。
「まず、君の、その!私への評価を言いふらすような事は止めてほしい。絶対に、絶対に面倒に巻き込まれる奴だ」
なるほど?うーん……とラエルは考え込む。
恥ずかしいし、とか何とか呟いている気がするが気のせいだろう。
リュクスは絶対、自分がどう見られているかわかって動く系だ。だからこれは幻聴。
リュクスは女の敵っていう奴だと思う。
思わせぶりとかで手玉に取る?許されないと思う。
フィーナが言ってた。そういう奴には付いていかないようにと。
こういうのに騙されてはいけない。よし、とラエルは気合を入れる。
フィーナと御付きの者がきゃっきゃ、と話していた内容になんかあった気がする。
やはり、リュクス様ほどの美形なら、お慕い申し上げている有象無象が山のように居るんだろう。
ラエルのような平民の孤児がリュクスを語るのは問題があると思う。
なるほど。危ないな?危ない事は避けよう。うん。
リュクスの言葉にこくこくと頷いておく。
適度な距離を保つ。大事。
遠くから美貌を鑑賞するに止めよう。正面に座っていたがさささと距離を取る。
「何か変なこと考えて、変な結論になってないか?」
大丈夫と自信満々に答えておく。変な結論とは何だ。
えーっと、危うきに?近寄らず?です。
「ラエル、君はそういう態度を他の目上の人にしないように。冗談が通じない輩もいる。適当に下手に出て不興を買わないように」
お茶目……お茶目か?と悩んでいるリュクス。
そんな様子は気にせず大丈夫!と元気よく答えておく。
そういうのをやり過ごすのは孤児院での経験でラエルは得意なのだ。
あんまり孤児院での事は覚えてないけど。興味なかったし。
「……何か凄く不安なんだが?」
リュクスは咳払いをして続ける。
「とにかく、君の私への評価はよくわかった。が、他に君のお眼鏡に叶う新しい美形が他に現れたとする。先程のような事はしないように」
ラエルは首を傾げる。うーん……
そんな事は起こり得ないのでその心配は不要では?
理解して貰えなさそうなので、適当に返事をしておく。
「まさかとは思うが。ルヴィにそんな事はしていないだろうな」
「ルヴィ様ですか?どうして?」
いや、だって所詮はまぁまぁの美形だし……ルヴィはどうでもよくないか?
褒める必要なくない?とラエルは考え込む。
褒めた方が良かったのか?いや、やっぱり褒める必要なくない?
「だって君の好み……いや、なんでもない」
好みィ?リュクスの聞き捨てならない台詞にラエルは思わず叫びそうになる。
ルヴィも『彼』に似ている雰囲気はある。だから好みと言われれば好みの範疇か?
いやいや、でもでも、ルヴィは何か相容れれない。そう、あいつは敵だ!という感じがする。
胡散臭い感じとかも好きじゃない。あの媚びを売る吸血鬼といい、ああいう奴は敵だ。
『彼』を奪う奴だ。許せない。見た目も悪くないし、『彼』が気に入ってるから傍には置くが。
ああ、あいつ敵だったんだ。やっと理解した。キライ。キライ。キライ。
吸血鬼……?吸血鬼ってなんだ?
知らない。知らない。ラエルはそんなモノは知らない。
「あ、ああ……ミ……」
頭が痛い。変な声が出る。
遠くでラエルを呼ぶ声が聞こえた気がする。
「我が主、御手に触れても?」
『彼』が『私』に許可を取る。
『私』は鷹揚に頷く。ちゃんと最低限は餌はあげないと。
『彼』が珍しく悦びに溢れ恍惚とした表情で『私』を見る。
まぁ瞳の奥は憎悪で昏いのだが。それも良い。
『私』は『彼』の紅い瞳を愛でる。
『私』の魔力を手から『彼』が奪う。
『私』の魔力はとても良い物らしく、『私』が嫌いな『彼』でもこれは喜んでくれる。
……調子に乗って魔力を吸い上げすぎた『彼』にお仕置きしないと。
「やっ」
拒絶の言葉を吐いて手を思いっきり引っ込める。
「ラエル、落ち着いて」
飛び起きて、むー!と威嚇する。
頭突きが顎に直撃した。
「ラエル、大丈夫か?」
頭が痛い。キリキリする。
顎を突破した所は痛くない。なんか全体的にキリキリする。
むー!と向かい合って威嚇する。
「落ち着いて。落ち着いて」
宥めようと落ち着いた声で語りかけてくるがその手には乗らない。
お仕置きしないと。黙ってたら『こいつ』はまた調子に乗る。
お仕置き?どうやって?そんなの決まって……
……あれ?
「リュクスさま?……じゃない?」
「落ち着いた?急に苦しみだして気を失ったから」
そう言って泣きそうな顔でラエルを撫でる。
やっぱり『彼』じゃない。こんな事はしない。『彼』は何処に居るんだろう。
お仕置きする相手、見失った。違う。ええっと。
やっぱり思考がおかしい。調整しないと。調整?どうやって?
大丈夫、大丈夫。そんなの簡単だ。ラエルは自分の手を見る。
ラエルはヒトだから。
余分なモノを捨てれば良い。
……嫌だ。それを捨てるという事は……
いや、ラエルは空っぽなのに何を捨てるのだ?
「ラエル?」
ラエルは呼ばれた方を、リュクスを見る。
えーっと何を考えて……
「……疲れが溜まっていたのかな?大丈夫?」
リュクスはそう言うが。
いや、あの苦しみ方はそういうのじゃないだろう。と自分でも思うのに。
ラエルは何いってんだこいつ?と言った様子で見つめ返す。
「うん、大丈夫そうだな」
大丈夫に見えるのか?体調管理も満足にできないのは問題では?
うーん、これ拙いのでは?
ラエル、このままだと除隊では?ただでさえ体力もないし。
だって急に……原因不明だし。いや、原因はあれだ。あれだ。
だから調整して……調整はダメだ。捨てるものもない。
「ラエル!息をして。お願いだから……」
ほら、吸って。吐いて。
指示通りに呼吸する。出来る。ラエルだってこれくらいは出来る。
どうしてラエルは……
「ラエル、落ち着いて」
落ち着いてる。落ち着いてる。
『私』に指図するな。お前如きが。
違う違う。
「君は疲れているんだ。夕飯食べて、良く休むべきだ」
誰かに促され食堂で食事をして、自室で休む。
何を捨てれば良いんだろう。




