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エイリアン・ブラスター  作者: 九詰文登
第一部 流星のかけら 第二章 流星を拾った男
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#005 ありきたりな絶望の日々

 目覚めはいつも通り最悪だった。部屋に溜まったコンビニ弁当の匂いは、二日酔いの頭痛に響く。布団は薄っぺらで、腰も痛い。昨日飲んだ発泡酒の缶が、力無く転がっているのすらうんざりする。

 絶望と言うに相応しい環境で目を覚ましたカイは、飲みかけのペットボトルに入ったお茶を口にした。そして発泡酒の空き缶をゴミ箱目掛けて投げる。昨日飲んだ酒の缶を投げて、ゴミ箱に入れば吉、入らなければ凶。いつからか日課になったゴミ投げ占いの結果はここ一週間続けて凶だ。

「くっそ今日も大凶」

 カイは机の上に置いてあるラジオを付ける。カイの住む地域にはテレビの電波は入らない。

 そのラジオから聞こえてくるのは、いつものように異星人の技術を称賛する公共放送だった。今日の話題は、新たな発明品と、それを応用した都市インフラの革新らしい。

「くだらないなぁ」

 しかしそんなラジオから稀に奇妙な通信が混線することがあった。コードネームを使う謎の通信。カイはそれがレジスタンスだと信じていた。

 だからいつもと変わらない異星人の太鼓持ちラジオだとしても、ヒーローたちの声が聞こえないか、とラジオを付けてしまう。

 それからいつも通り冷蔵庫にある食材を取り出して朝食を作って、食べる。メニューもいつもと一緒。食パンの目玉焼きのせ。

「仕事行くかぁ」

 食事を終えたカイはいつも来ているパーカーとズボンに着替え、外に出る。扉を開けた先に広がるのは裏の街――通称スラム。異星人との共存を望まない者たちが辿り着く街。

 と、言っても暮らし自体は戦前と変わらない。その反面異星人との共存を受け入れた者たちが生きる表の街は、異星人の技術によって目を見張る発展を遂げていた。

 しかしカイの仕事は表の街にあるコンビニのバイトであり、住むことが出来ないだけで、出入り自体は禁止されていない。住人ですら、その線引きがどう決まっているか知らなかった。

「あー」

 仕事に行くための足が重い。曇天の空を見上げてカイは、大きなため息をついた。


「あざっしたー」

 会計が終わった後、その会計台に備えられているタオルを取り、台の上に飛び散った液体を拭う。

 異星人は生命維持のために体表が常に濡れている状態でなければならない。だからか常に人間でいう汗腺からぬめりのある分泌液を出していた。そのため異星人を接客した後は会計台がその分泌液で汚れるため、こういったタオルや台拭きが必要だった。

「頭痛くね? ってかなんか表の街って五月蠅いよな」

 カイの質問に後輩が答える。

「スラム住みがなんか言ってらぁ。どうせ変な飯でも食ってんじゃないですか?」

「飯はお前らと変わんねぇって。なんだろうなぁ。寧ろお前はなんで平気なんだ?」

「ちゃんと毎月通うついで血液検査してもらえますからね。健康なんすよ、先輩と違って」

 かつて異星人は圧倒的な武力で、人類をねじ伏せたが、なぜか交渉の席を設けた。

 停戦の条件は――定期的に血液を異星人に提供するということ。しかもそこには格好の餌も用意されていた。

 技術と引き換えに、月に一度の献血。血液の提供という、些細な代償で異星人の文明を享受出来る。

 それが裏と表の住居の違いであり、カイと後輩の違いだった。

「あー健康診断なんて何年行ってねぇかなぁ」

 茫然と外の景色を眺めているものの、頭の芯の鈍い痛みは消えない。

「先輩って偏頭痛持ちでしたっけ?」

「んー、なんか耳鳴りっていうか、すっげえ遠くでチャンネルが合いそうで合わないラジオがずっと鳴ってる感じ。スラムにいるときはましなんだけどなぁ」

 カイはコンビニ店内のスピーカーが壊れているのではないかと思い、辺りをきょろきょろと見回す。

「いやそれなんか検査とか行った方が良いんじゃないっすか?」

「そうかなぁ。でも表の街の病院行っても、いるのは暇つぶしの異星人だらけで、人間の診察なんて後回し。それなら市販の頭痛薬買ってる方がマシだね」

 肩こりから来る頭痛で耳鳴りがするのかと思い、カイは首をぐるりと回す。

「どこもかしこも異星人様、異星人様。まぁ今俺たちの暮らしどころか生きてるのも異星人のおかげですけど……こんな世界、ムカつきますよね」

「ん?」

「だって、結局俺たちは奴らのために働いてるじゃないですか。あいつらに頭下げて、分泌液でベタベタになったカウンター拭いて……なんで俺たちがこんなことしなきゃいけないんですか?」

 カイは分泌液を拭いたタオルを畳みながら、後輩の言葉を聞き流す。

「ムカつくよな。奴隷みたいな気分だ。そう思いたくなくてスラムにいるのに」

「先輩、知ってますか? レジスタンスが市民に武器を横流ししているって噂」

「ただでさえ、ニュースで負けだらけの報道されている組織が無駄に武器を配ってどうすんだよ」

「大学の友達が、レジスタンスからなんかヤバいもんもらったって。次の日、特務警察に連れてかれたけど。でも本当ならムカつく奴いたらその銃で……」

 客のいないコンビニにそんな声が虚しく響いた。半笑いで言う後輩のその言葉が冗談だと分かっていながらも、カイは怒りを覚え、手を止めた。その言葉は、かつて自分が何度も考えたことだった。だが、結局、何もできなかった。

「……そんなことしても無駄だよ」

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