#004 戦死者たちの輪舞
「司令!」
ナギが驚くより先に、ナギの処罰の軽さに兵団長が声を挙げる。
「まあ最後まで聞け。諜報部が明朝、エイリアンたちの通信をキャッチした。本来、彼らは我々の通信網に触れることなどない。電波通信など、彼らにとってはもはや化石だ。しかしそれが起きた――彼らにとっても、極めて異常な事態だ」
司令の声色にわずかに熱が混じる。ナギも兵団長も思わず顔を上げた。
「まず、君たちが狙った《使者》は――正確には“皇子”と呼ばれる人物だった。“皇子”だ。王族が母艦を離れるなど考えられない。地上の現実――我々との確執も知らず、人間の敬意を真に受けていたのだろう」
兵団長の口元がわずかに歪む。
「……だから、襲撃に驚き、本来使うはずだった打ち上げ船には乗らずに、大気圏脱出用のポッドで逃げようとした」
「で、ですがエイリアンによって作られたものでは、奴らに攻撃は通らないのでは?」
「あぁ。打ち上げ船も脱出ポッドも、エイリアン製のものだから、本来は人間の兵器では破壊できない。しかし奴らもこの地に来て十数年。所謂我らには手の負えない外宇宙の資材は彼らにとっても貴重らしい」
「それはどういう……?」
「今奴らの兵器の大部分はこの土地で取れる物資で構成されている。想像だにしない未知の金属などが使われているわけではなく、鉄やカーボン。それら代替品をエイリアンの設計図に組み合わせているに過ぎない。だから皇子の乗ったポッドは、確かに撃ち抜かれた」
ナギと兵団長がわずかに目を見開く。その沈黙が、どんな説明よりも雄弁だった。
「しかし再生技術を持つ彼らにとって、欠損は致命ではない――それでもなお、右腕の喪失に過剰なまでの反応を示している」
「そうか、奴らの兵器を破壊したとしても、再生されてしまえば意味はない」
兵団長が問う。
「問題はその腕ではなく、持っていたもの」
「持っていたもの?」
「あのエイリアンが持っていたのは『コントローラー』と呼ばれる王族しか使うことが許されない特別な兵器。詳しいことについては未だ調査中だ。だが」
司令は自らの興奮を抑えるように息を整えて続ける。
「奴らが大慌てで捜索する代物。恐らく……いや手にすれば戦局が変わり得る。神を気取る愚者を地の底に叩き落せる――」
ナギは《《あの》》一瞬を思い出す。
アルファは《使者》が持っていた拳銃の光に焼かれ、灰すら残さずに消えた。あの拳銃こそ司令の言っているコントローラーなのだ。
――つまり、ロケットランチャーは……無駄じゃなかった?――
そう思った時、ナギの胸の奥で燻ぶっていた怒りの炎が煌々と息を吹き返す。失った仲間の命は戻らない。だが、あの爆発がただの無意味な破壊ではなかったのなら――。
「それがナギの撃ったロケット弾をきっかけに、街のどこかに堕ちたということですか!?」
「そうだ。ナギ新兵。再度伝えるが君の行為は浅はかな行動であった。しかし今回はそれが功を奏した。一度君の処罰に対しては保留とする。ナギ、特別任務だ。君にはすぐここを発ち、コントローラーの捜索を行って欲しい。昨日脱出ポッドの破片が落ちた座標は君の端末に送っておく。わかるな。これは人類の命運をかけた任務だ。心していけ」
「はい!」
そう元気よく返事をしたナギは「失礼します」と、司令室を出る。
扉を閉じた瞬間、大きく溜息をついたナギは連日続けての任務に肩を落とす。
目を閉じると、仲間たちの声が蘇る。『生きて帰るぞ』と笑いながら出発した仲間たちの顔が、血に塗れた無残な姿に重なった。ナギは無意識に胸の内ポケットを探った。そこには、エコー――ミナトが任務の前に預けてくれたお守りが入っている。
『これがあれば絶対に無事に帰れる』
と笑って渡されたナギは生き残り、それを手渡したミナトの姿はもうどこにもない。もう記憶の中でしか見ることの出来ない、ミナトの笑顔が――生きろと叫んだ彼の姿が浮かんだ。今思えばあの笑顔に、ほんの少しだけ寂しさが混じっていたような気がする。
二人の距離感は、どこか他の仲間たちとは違っていた――でもそれが何だったのか、ナギはその時ちゃんと気付いてはいなかった。気付く前に失ってしまった。もう確かめる術も、聞き返す相手もいない。
「仲間を悼む暇すらない……か」
喪失によって空いた心の穴を埋めるのは怒り。今はどんな感情でも燃料にしないと足が前に出てくれない。ふと滲んだ視界を、司令の言葉を思い出すことで、冷静さを保つ。
「だからこそ私たちは背負わなければならない。彼らに報いるためにも」
――仲間の想いのために生きる。皆の命は私が背負う。この地に根付くエイリアンを残らず排除するまで――
前を向くしかない以上、陰気な感情を押し込もうとするが、自らの周囲を包む基地の景色にどうも素直に進みだすことが出来ない。ナギは地下鉄の風景を睨むように見やった。人々の命を繋いだこの路線が、今では命を喪った者たちの亡霊が彷徨うような空間に変わっている。前を向かなければとわかっていても、足が鈍る。
ここはかつて人々の生活を支えた地下鉄の駅だった。それこそ今はレジスタンスの基地としてある程度の整頓は見られるものの、粗はいくらでも目に入る。
鼻をじんわりと侵すようなかび臭さに、肌を気味悪くなでる湿った空気。嫌な気分にならない方が難しい環境で、ナギはなんとかその一歩を踏み出すのだった。
ナギは女性兵士用の更衣室で、自分のロッカーからいくらかの装備を取り出し、自分のリュックに入れ、武器庫に向かう。武器は個人に与えられておらず、基本的に武器庫担当、基エンジニアリング兼ガンスミス担当が管理している。
「やあ、ダン」
「酷い顔だな、ナギ」
ナギの青く腫れ上がった頬を見て、笑いながら挨拶をしたのはダン。武器庫の受付であり、ガンスミスだ。武器庫に入ると、受付のデスク越しに、ずらりと並ぶ武器ラックが視界に入る。その奥には銃火器を手入れする作業場が控えていた。
「昨日の今日でまた任務か?」
「うん。重武装ではないけど、一応街にでるから装備をね」
「じゃあ端末を」
ナギが端末をスキャナーにかざすと、ダンの端末に装備一覧が瞬時に送られる。必要な装備がデジタル管理され、物資不足の今、武器一つ一つにICチップが組み込まれ、慎重に配られている。
「ははっ。お前のロケットランチャーかなり司令を怒らせたみたいだな」
ダンはその端末を見て、笑いながら言った。
レジスタンスの中でもナギの行動を褒め称える者もいれば、兵団長のようにかなり激しく咎める者もいる。ダンはどちらかといえば前者で、昨晩、仲間を失い落胆しているナギに「エイリアンにバズーカ撃ち込んだ馬鹿はおまえか!」と笑いながら慰めてくれたくらいだった。
「司令が怒ってるの? 兵団長にはぶん殴られたけど」
「ほらよ」
と、ダンが投げてきたのはショックガンだった。電極と銅線がついていないテーザーガンと言えばわかりやすいだろうか。エイリアンを相手にするレジスタンスにあるまじき、非致死性の制圧向け装備だ。
「ショックガン!? はぁ、私に死ねってことだよね?」
「おつかい任務だし、仕方ないだろ。表立っての襲撃を増やせばそれだけ相手の警戒度を上げちまうだけだからな。今回取りに行くのコントローラーだっけか。エイリアンの技術は未知すぎて怖いくらいだ。でもそれをお前が持って帰ってきたらあいつらに同じ恐怖を与えられる。そんなワクワクすることないだろ? だから文句言ってないでさっさと行った行った」
「はいはい」
武器庫を後にしようとしたナギの背中に、「死ぬなよぉ」と軽い願掛けが投げかけられた。
「はいよ」
と、返事をしたナギは基地を出た。濡れたレールの上、彼女の足音が、戦死者たちの沈黙を切り裂くように響いた。




