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エイリアン・ブラスター  作者: 九詰文登
第一部 流星のかけら 第一章 流星を撃った女
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#002 流星を撃った女

――たった一撃で? 聞いていた話と違いすぎるッ!――

 エイリアンの兵器による一撃は四肢が弾け飛ぶほどと聞いていた。しかし今目の前で起きたのは、負傷や死亡ではない。言葉通りの消滅。

 目の前で起きた惨劇を、ナギの頭は現実として受け入れるのを拒否する。引き金一つで人間を灰に変える拳銃。それを見たナギの反応は、目に見える戦意喪失だった。

 簡単に敵を撃ち抜き、簡単に帰還し、基地で仲間と共に喜びを分かち合う。

 もしそれが出来るのなら、この組織は人手不足なんかに陥ったりはしない。なぜ、そんな簡単なことに気づかなかったのか。上官に日々言われていた自らの「思慮の浅さ」を呪う。

『アルファ! 俺が仕留める!』

 唯一狙撃を成功させたブラボーがもう一度狙いを定め、使者に弾丸を放つ。

 しかしそれを予期していたかのように、シールドが腰につけていた機械を地面に叩きつけた。その瞬間、機械が甲高い振動音を発し、周囲の空間に赤褐色の光が蜘蛛の巣のように拡散した。それは瞬く間に半球状に収束し、目に見えない膜のように空間を包み込む。

 その空間にブラボーの弾丸が接触した瞬間、弾は瞬時に粒子へと変換され、まるで霧のように消えていった。

「んなのありか……!」

 そしてシールドが手にしていた銃を構え、ブラボーに目掛け、引き金を引こうとした瞬間、それを使者が止める。奇妙な動きをした使者に驚いたブラボーは身体をびくりと震わせる。

『ブラボー!?』

 ブラボーの隣に備えていたデルタの恐怖に満ちた声が響く。デルタの視線の先には、目を真っ赤に充血させ、腕や首があらぬ方向に折れ曲がっているブラボーの姿があった。

 そしてブラボーはその腕で、腰に提げていた拳銃を取り出し、デルタへその銃口を向けた。

『警戒しろ! 奴は心理操作(マインドコントロール)を――』

 その通信と同時に十発に満たない銃声が鳴り響く。ブラボーの意識は未だ彼の中に残っているのだろうか。その表情は怒りか悲しみか、はたまたその両方で酷く歪んでいる。

『よく聞け、チャーリー。お前に仲間殺しなんてさせられない。お前だけでも逃げて、生きろ!』

『エコー、でも――!』

 ナギの言葉が終わるより早く、エコーにベストを掴まれ、後ろに勢いよく引き倒された。そのまま抵抗しようもない浮遊感に包まれる。微かに見えたのは、落ちていくナギを笑顔で送るエコーの姿だった。

――ミナトッ!?――

 突然のことに衝撃に備える間もなく、鈍い音とともに何か柔らかいものへ叩きつけられた。

「ゴミ溜め? エコー(ミナト)、わかって……」

 後ろ髪を引かれる思いを押し殺し、ナギは屋根の上から響く銃声を背に、集合地点へ走り出す。

「くそ……っ、くそ……! くそっ!」

 子供の頃に目の前で繰り広げられた惨劇がナギの頭にフラッシュバックする。

 友達の頭がまるでスイカ割りのように吹き飛ぶ。もう動くことのない友人の空虚な目が自らを見つめている。

 目の前に迫る銃声に、足が進むことしかできない自らの無力さと、掃除をするかのように淡々と命を奪っていく圧倒的武力への恐怖。

 過去と、目の前の現実が重なる。

 嗚咽として湧き上がってきそうなそれらを、汚い言葉で何とか抑え込みナギは走る。

 息が乱れる。鼓動が耳の奥で五月蠅く響く。全力で走っているはずだが、身体は重く、地面に足を掴まれているようだ。その時、背後で鳴り響いていた火薬の破裂音が消え失せた。振り返らずともわかる。ミナトの命が、失われた。

――また私だけ生き残るのだろうか――

 仲間は全員死んだ。立ち止まってしまおうか。そんな考えが浮かんだ瞬間、ミナトの「生きろ」という叫びが呪いの様に心に響き渡る。

――皆がいないのなら生きていたくない――

 そう立ち止まりそうになった足を、怒りが押し出していく。罪悪感と絶望の奥底で吐き気とも似た拭いきれない痛みが芽生え始めていた。

 絶望に苛まれるナギの目の前に現れるのは――継ぎ目のない道路、流線型の車が浮かぶように走り、人々は見慣れぬ服をまとう――夢のような街並み。

「くそっ、邪魔!」

 エイリアンの庇護のもとでのうのうと生きる人々を押しのけ、駆け込んだのは、未来都市の煌びやかさとは無縁の、埃と錆にまみれた裏路地だった。エイリアンの支配を拒み、自らの力で生きる者たちが息を潜めるこの場所はもはや別世界だった。

 さらに奥へ進むと、突然視界が開ける。建物に囲まれた広い空き地。足元には砕けたコンクリ片が散らばり、かつてここが何かの施設跡だったことを思わせる。

 ナギは腰から発煙筒を取り出し、火をつけて投げ捨てた。間もなく、上空からローター音が響く。かつては最終兵器と称された高火力、ステルス仕様の大型ヘリ。いまやそれも彼らに残された唯一のただの乗り物にすぎなかった。ヘリから降ろされた縄梯子をナギが掴んだ瞬間、ヘリはすぐさま上昇を始める。

『お前だけか?』

 ヘリの隊員にそう訊かれ、ナギは戦闘用ヘッドギアを外す。束ねられていた長い髪が、重力に引かれるようにほどけていく。

『第十二小隊の生き残りは私だけ……私が、アルファになった……』

 口にした瞬間、喉の奥がひりついた。作戦行動中に隊長が死んだ場合にのみ行われる称号の格上げ。それを自分以外全滅と言う形で、多くの新兵が憧れるチームリーダーを得たとて、喜びなどあるはずもない。

 先程までパニックに陥っていた自分が嘘のように、冷静だった。エイリアンとの戦闘が灰と化す拳銃に、心理操作(マインドコントロール)と非現実的すぎたからだろうか。しかしこの心から湧いてくる怒りだけが、この事実を現実だと訴えている。

 そのとき、議事堂の方向から一筋の光が上空目掛け、走る。

『脱出ポッド!? あいつ宇宙に逃げる気?』

 ナギはすでにヘリに搭載されていたロケットランチャーの照準を合わせていた。

『ま、待て! 撃てばこの機体の位置が――!』

 その言葉にほんの一瞬、引き金にかけた指が止まる。しかし、灰となったアルファの最期が脳裏に蘇った。一人だった自分を兄の様に、父の様に接してくれた彼の最期が骨すらも残らないなんて、とナギは奥歯を強く噛み締める。

――誰かに認めて欲しくて立った戦場。その誰かは無残にも殺された仲間たちだった。だったらもうどうでもいい。私の大切を奪ったあいつを赦しはしない――

 この命令違反は自らを認めてくれた多くの人々に背き、自分の居場所を捨て去る行為だとナギは理解していた。それどころか軍においてこの命令違反は極刑に値するだろう。しかし仲間を失った今の彼女にとって、死とは仲間の元へ行ける救済だった。

 そして彼女は迷いを捨て、引き金を絞る。ロケット弾は夜空を裂いてポッドを追い、やがて爆炎を咲かせた。

「燃えて、堕ちろ」

『馬鹿野郎が! さっさと扉閉めろ!』

 ナギは扉を引き寄せて閉め、シートに座る。

「……一矢、報いてやれたかな」

 そう告げたナギはまるで暁に登る太陽のように、暗い夜に立ち上がる炎と煙を横目に、作戦地域を後にした。

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