表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エイリアン・ブラスター  作者: 九詰文登
第一部 流星のかけら 第一章 流星を撃った女
2/6

#001 暁の夜明け作戦にて

『こちらチャーリー、ターゲット確認。護衛は予定通り二体。指示を』

 まるで祭服と袈裟を混ぜたかのような真っ白の装束に身を包んでいるエイリアンが二体の護衛を率いている。それが今回のターゲットである《使者》だ。

 身長は二メートル弱。体格もほぼ人間のそれとは変わらない。後ろから見れば、普通の人間と見間違えそうな出で立ちだが、明らかに違う点があった。

 体表は濡れた革のように光沢を放ち、表面には無数の皺が刻まれていた。汗とは異なる、ぬめりを帯びた半透明の液体が皮膚の隙間からにじみ出ており、その異様な質感は人間のそれとはまるで異なっていた。

 その後ろに控える護衛はアーマーに身を包んでいて、見た目は判別できない。しかしその装備は人類の軍服とはまるで異なり、一目でエイリアンの兵士だとわかる。

――黒い方が攻撃特化のアサルト、灰色がシールドと呼ばれる守備兵装を持ったタイプか……――

 チャーリーことナギは建物の屋上に伏せ、スコープ越しにそれを見下ろしている。新兵で的しか撃ってこなかったナギでも十分に狙える射程距離だ。

『こちらアルファ。遮蔽多し。通路先、開所にて射撃実施。ブラボー、チャーリーは体勢維持。デルタ、エコーは周囲警戒、継続』

『了解』

『チャーリー、訓練通りにやれば何も問題ない』

 アルファからの個別通信にナギは短く返答する。こんな重要な任務に、新兵の自分が就かされるとは思っていなかったナギの手は、少し震えていた。

「ここで、私の有用性を証明して見せる……」

 哨戒兵討伐、物資強奪など要人暗殺より、比較的安全な任務もわずかながら存在している。しかし幸か不幸か、彼女には組織内でトップを争えるレベルの狙撃スコアがあった。戦場に立つ兵士の平均年齢が、日に日に下がっているこの組織で、その実力は即戦力になるとみなされた。

 だからこそ、彼女は新兵でありながら、歴戦の兵士がいるべき場所に、命じられるまま立たされている。

 ナギがいるこの場所は、エイリアンと人間の代表が新たな法案を採決するために訪れている議事堂だ。政治家や、外交官。エイリアンにおける要人が訪れる場所であるが故に、暗殺任務には最適の場所だった。

 しかし一人、二人と要人を殺したところで大きく情勢が変化するわけでもない。それでもエイリアンに反抗する者たちがいる、と絶望を抱える民に伝えるために、世界を変えることが出来ない弾丸を、今日も彼らは放つのだ。

「気持ちの悪い場所に、気持ちの悪い奴ら……希望の生贄」

 エイリアンによって創られた議事堂の歪んだ幾何学模様が複雑に絡み合う外装は、人類の技術や美的感覚では到底たどり着けない異様さを放っている。中でも一際不気味なのは、その質感。どこか有機的で、生き物を連想させる肌のような滑らかさがあった。

「私語は慎め」

 ナギの言葉をエコーが咎める。

「――ごめん」

 注意されたナギは、手にした狙撃銃のスコープを覗きながら、固唾を飲む。デルタはブラボーの横に、エコーはナギの横に構え、それぞれ狙撃支援者スポッターとしての役割を果たしながら、周囲の警戒も怠らない。

 冬の夜、議事堂の屋上。冷気が彼らの身体を刺すように包んでいた。外に露出されている目元や耳はきりりと痛むほどであったが、訓練された戦士である彼らは、そんな気温などものともしない。ただひたすらに左耳に付けたインカムからアルファの銃撃指示を待つのみ。

 ナギの心臓は煩いほどに鳴り響いている。初任務への恐怖や緊張。その反面、狙撃銃の重み、と鉄の匂い、スコープの先に見えるターゲット、その全てに妙な心地良さを覚えていた。

 正反対の感情を両立させることで、自らを保つためだと、ナギは自分を落ち着かせるために、そっと息を吐いた。

『こちらアルファ。ターゲット確認、位置変動なし。全員、指定目標に照準を』

 自分の命が狙われているとも知らない《使者》とその護衛は、先程と変わらない歩みを続けている。アルファはメインターゲット、ブラボーとナギは護衛に狙いを定め、引き金に指を掛ける。ナギは静かに息を止めた。心臓の鼓動すら邪魔に感じる。スコープの十字線が目標(シールド)から逸れないように、指にわずかに力を込める――。

射撃ファイア

 その瞬間、アルファのスコープの中で《使者》の顔が、目がこちらを向いた。真っ直ぐ、弾丸の軌道を追うかのように――目があった。

『ターゲットが……こちらを見ていた!』

 ナギの弾丸も含めて、三発の銃声は問題なく鳴り響いたが、直後アルファから焦りに満ちた通信が入る。

 《使者》はアルファの言葉通り狙われていることがわかっていたかのように身構えていた。その動きに合わせ、アサルトも素早く銃を抜いたが、反応速度は《使者》ほどではない。その一瞬がアサルトの命運を分けた。

 ナギの放った弾丸は、シールドの胸元を貫く――はずだった。だが次の瞬間、弾丸はシールドの胸部に命中したものの、金属音すら立てずに潰れ、地面に弾かれるように落ちた。

「くそっ……!」

 ナギは歯を食いしばる。人間の兵器は、彼らの技術にはまるで通用しない。だから狙うべきはアーマーの付いていない腹部や顔面。そこを狙ったはずだが、ここは訓練場ではない。的は動くし、風も吹いている。

『ばれていた? この距離で? 奴はこちらを見てい――』

 そんな通信を行ったアルファを捉えたのは《使者》が持つ拳銃から放たれた弾丸であった。と、言ってもその拳銃はただアルファ目掛け、明滅しただけであり、鉛弾などが撃ち出されたわけではない。だというのにアルファは跡形もなく、灰に化し、アルファであった塵は冬の空へ溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ