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エイリアン・ブラスター  作者: 九詰文登
第一部 流星のかけら 序章 怒りの火種
1/6

#000 塀の中の少女

 塀に囲まれた村があった。広さは一キロ四方にも満たない。そこには小さな子供が、およそ二十人住んでいた。

 毎朝、決まった刻限に食事の入った箱が塀の上から降りてくる。子供たちはそれを三回に分けて食事とした。

 少年は生えている木の枝を折り、木剣として英雄に憧れ、少女は足元に生えている草花を千切り、冠を作り、物語の姫を演じる。

 大人は塀の上から顔を覗かせる者たちだけ。

 ここに住む彼らにとって、この塀の中がこの世の全てだった。塀の外に広大な世界があると知りながらも、本当の意味での外を知らず、この小ささを当たり前として生きていた。


「ナギ、またここにいたの?」

 少年リコリに声を掛けられた少女ナギは、突然の声に身体をびくりと震わせた。綺麗な深い緑の瞳には鈍色の壁が、重苦しく映っている。

 彼女の前に聳えるのは約十メートルの塀。村には木が多いのに、塀の周りだけ一本もない。

「花が咲いた」

 ナギはその小さな体躯では考えられない覇気のない、大人びた声でそう告げた。視線を落としたナギの目を追うように、リコリもナギの前に咲く花を見た。鋭い槍のように伸びた部位から、いくらか花びらのようなものが突き出ている。橙の花びらに、夜のような紺が溶け込んでいた。羽ばたきの直前で固まった鳥のように、花弁が空気を裂いているように見える。

「不思議な形の花……だね。花なんだよね? 鳥みたい」

極楽鳥花(ストレリチア)

「そういう名前なの?」

「塀の上の人から聞いた」

「ストレリチア……。変な名前だね。そうだ、皆でまたカンパネラが考えたあの遊びやるって。ナギも来るでしょ」

「あ……、うん」

 ナギはリコリに誘われ、ストレリチアの前を後にする。


――この花の色が示しているのは、日がいずる朝焼けか、日の没する夕焼けか――


 次の日の朝。子供たちはロボットのように決まった時刻に目を覚まし、同じ足並みで塀へと向かう。

 普段は塀の上からプロペラの付いた、一メートル程度の大きさの機械がボックスを下ろしていた。

 ナギはそれを塀の上の大人から<機械の羽虫>と呼ぶということを聞いていた。

 いつも通り、それを期待して上を見上げていた子供たちの耳を、聞いたことのない奇妙な甲高い破裂音が震わせた。それと同時に鉄の匂いが辺りに広がっていく。

 突然のことに驚いた子供たちは、反射的に、倒れた友へ目が吸い寄せられる。そこにあるのは、頭を失い、ただの肉塊となった友だった。

 近くにいた子の服や身体は血と脳髄に塗れている。今起きたことの衝撃に泣き叫ぶ子、呆然と立ち尽くす子、言い得ぬ吐き気に襲われ胃液を吐き出す子。しかしそんなことを気にせず、塀の上から数名の大人が飛び降りてくる。

 彼らの手には、子供たちが見たこともない黒い筒が握られていた。それが雷のような閃光を吐くと、誰かの命を一瞬で奪っていく。

 それが銃だと知るのは、まだ先のことだった。

 突然起きた惨状を目の前にして、ナギは一瞬で自らの死を悟る。

「逃げよう!」

 リコリの声に我に返ったナギは、既に走り始めているリコリの背を追って、走った。ナギは他の子供たちのように恐怖はあまり感じていないようだった。

 子供たちは塀の中を楽園と思い込んでいた。だがナギの胸には、理由もなく小さな棘が刺さっていた。笑い声の輪に加わっても、心のどこかが冷めていた。

 しかし今は違う。何かが変わる――変わった。

 全身が凍るように震えているのに、胸の奥だけが焼けつくように熱い。こんな気持ちは知らない。

 恐怖を抱きながらも、上がりかけた口角をナギは力を込めて噛み潰した。

「ナ――!」

 その時だった。前を走っていたリコリの紡ぐはずだった言葉が宙に舞う。リコリは一歩を踏み出した姿勢のまま、時間から切り離されたかのように崩れ落ちた。

「リコリ!」

「早く逃げて……早く!」

 リコリの言葉は今まで聞いたことのない力の入った言葉だった。

「う、うん」

 がふっという咳のような音と共に血か吐瀉物かわからないものを吐き出したリコリを見て、ナギは一気に冷静さを取り戻す。


――もう心配しても意味がない。この命はすぐに終わる。それならリコリの願いを叶える……逃げよう――


 走った末にナギが辿り着いたのは、昨日咲いたストレリチアの元だった。もう死んでしまうなら、綺麗に咲いた花の元でと思ったからだろうか。ナギ自身もなぜここに足が向いたかわからなかった。

 しかしそのストレリチアの元には、黒い衣服に身を包んだ大人が立っており、子供ながらナギは自らの終わりを悟った。

「来い!」

 その傍らに携えた筒状の何かをこちらに向けることをせず、手を伸ばし、そう叫んだ男の言葉をナギは瞬時に理解することが出来ない。

「生き延びたければ来い!」

 もう一度叫ばれたその言葉に、ナギはもう一度走る。彼の声はナギにとって聞き覚えのある言葉だった。

 本来絶対に話しかけてこなかった塀の上の大人とは違い、食事を届けてくれる機械の名前や、今自らの足元にあるストレリチアの名前を教えてくれたあの大人。

 彼の力によって塀の上に上げられたナギは、今まで見ることのなかった塀の外を見た。

 青い空が、塀に阻まれることなく遥か地平線の先まで続いている。その先の先までナギはただただ静かに見つめた。

「美しく見えるか?」

 男の声が、はるか遠くから届いたように聞こえた。

「わからない」

「世界は腐ってる」

「そう」

「俺はそれを変えたい。――来るか?」

 美しく見える世界を腐ったと称したこの男に対し、ナギは何も言わずに頷く。その瞬間、何か自らの心にあった楔のようなものがほどけたような気がした。

 脳裏にこびりついたように離れない昨日まで共に家族のように暮らしていた友達たちの――リコリの死がナギの頭の中でフラッシュバックする。

 なぜ彼らはあんなにも理不尽な死を遂げなければならなかったのだろう。

――それは世界が腐ってるから?――

 湧いてくるのは純粋な怒りだった。沸々と熱く煮えたぎる怒り。

 その吐き出し方を知らないナギは、手を握ってくれている男の手を強く強く握りしめた。


 その日、ナギに刻まれた怒りは、彼女に銃を取らせるのに十分すぎる材料だった。

 それから十余年。

 

 イヤーマフをしているというのに、聞こえてくるヘリコプターの回転翼の音は、静かだが確かに鳴り響く心臓の音を急かす。

 ナギは訓練で使い慣れたセミオートマチックスナイパーライフル、RF-Anima(アニマ)を、縋るように握りしめた。初任務の緊張からか、既に何度か水筒の水を口にしている。

 ちらりと外を見ると、目的地である夜闇に輝く煌びやかな街とは裏腹のスラムの街が目下広がっている。エイリアンからの支配を拒んだ者たちが行きつく、この世界の影。

 ヘリコプターは廃サッカー場に降り立ち、兵士を下ろすと待機空域まで戻っていく。

『準備は良いか』

 インカムテストを兼ねたアルファの確認の声に四人は順番に返事をしていく。

『ブラボー、問題なし』

 今回の小隊におけるナギのコードネームはチャーリー。初めてのインカムテストに噛まないように、ブラボーよりゆっくりと言葉を紡ぐ。

『チャーリー、問題なし』

 その言葉にすぐデルタとエコーが続いた。

『デルタ、問題なし』

『エコー、問題なし』

 それを確認したアルファはうんと頷く。

『アルファ、問題なし。これより作戦行動に入る。目的は議事堂に訪れている《使者》と呼ばれるエイリアン高官の暗殺。今から偵察ドローンに警戒しながら屋上を渡り、狙撃地点を目指す。原則、隠密行動で戦闘を避けて移動するが、戦闘が避けられないと各自が判断した状況に限り、自主判断による発砲を許可する』

 エイリアンの支配する街の中での発砲許可。その言葉にナギは今本当に自分は戦場に立っているのだと自覚し、固唾を飲む。

 

 歩き始めると、スラムの景色は一変する。それは表の街と呼ばれるエイリアンとの共存が強いられた世界。

 滑らかな路面には光の標識が浮かび、車やバイクが、目にも留まらぬ速さで、規律正しく流れていく。

 上空を走るのは、透明な管に閉じ込められた銀色の車両。まるで生き物が血管を走るように、街を縦横に流れていた。

 見上げてもその終わりが見えないビルの壁面には大小様々なスクリーンに、これも様々な企業の広告が絶えず流れている。

 その街を歩く人々は、特殊化学繊維によって作られた今時な服に身を包み、脳波によって操作を行うスマートグラスで、この街並みに目もくれない。

 全て人類との共存を成功させたエイリアンの産物。何千年と築き上げてきたこの世界の文明を、エイリアンの力によって上書きされた人類の敗北の象徴。


 そんな鬱屈とした街で、彼女は今日初めて敵を撃つだろう。

 それは未だエイリアンの支配に抵抗する者たちの足掻き。

 しかしそれは長い長い戦いの始まり――人類とエイリアンの争いの終わりの始まりだった。

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