第1章 どうして取るの!? わたしの王冠なのに! その1
亀山鶴子、ちょっと勉強ができるくらいの中学4年生。15歳。
特技とかはない。趣味で小説や絵を書いたりはするけど、へたくそだから特技にならない。勉強は得意な方だけど好きじゃない。友達の卯月や鈴と違って、特徴がないのが特徴で、勉強だけは割とできるほう。
中学5年生から本格的な大学受験勉強が始まる。あと半年で受験が始まると思うと少し憂鬱だ。
中学4年の10月、いつもの3人、猫川鈴と藤原卯月とわたしで志望校について話をしていた。
「つるちゃんはまだ志望校決まってないんだっけ?」
「うん。にんじんスコールカンパニーを目指すならじゃがいも大がいいとは思うんだけどさ」
「今度じゃがいも祭りがあるの知ってるよね。一緒にいかない?」
「あ。うん。いくいく」
「鈴も行くでしょ?」
鈴が答える。「玉ねぎ大は行くつもり。じゃがいも大は……まあいけたらいく」
「それ行かないやつだよね」とつっこむ。
というわけで、3人で大学の学園祭に行くことに決まった。
2037年11月21日土曜日。じゃがいも頭脳大学の学園祭、じゃがいも祭りと玉ねぎ中心大学の玉ねぎ祭り当日。
「つるこ、早く準備しないと」
母親のせかすような声。
「ん。そうだね」
お布団から出て着替える。軽くお化粧をする。
「玉ねぎ中心大学に行くんだから、ちゃんとおしゃれしていかないとね」
自分の服の中でもお気に入りのものを選ぶ。
「よし!」と鏡の前でポーズをする。
「なにやってるの?」とお母さんが部屋をのぞき込む。
「勝手に入らないでよ」
「いつもより気合入ってるね」
「だって玉ねぎ祭りだよ? みんなかわいい服とか来てるんだろうなあ」
お母さんの姿が鏡に映る。お母さんもいつもと違ってきちんとおしゃれをしているようだ。
「なんだ、お母さんも同じじゃん」
「今日は猫川さんや藤原さんのお母さんも来るからね」
「鈴のお母さん、すっごい美人だもんね」
「それもあるけど、経済格差がね」
とお母さんは普段は使わないブランド物の財布にお金を入れている。
「鈴のお母さんはにんじんスコールカンパニーで働いていて、卯月のお父さんは外資系企業でバリバリに働いている。それに比べて、うちはふつうのサラリーマン家庭」
とわたしはため息をつく。
「期待しているんだからね。つるこ、あんたがじゃがいも頭脳大学に合格して、にんじんスコールカンパニーに入社してくれればお母さんもお父さんも安心して楽できるんだから」
「はいはい」
準備を終えて家を出る。行き先は東京都にんじんスコール市内にある大学街駅。
東京都にんじんスコール市は2030年4月にできたばかりの新しい街で、共産主義特区に指定されている。わたしが小学生の頃までは千代田区と呼ばれていた。
大学街駅はうちから電車で一本なのでそれほど遠くはない。休日の朝ということで平日よりは空いていて、運よく座ることができた。地下鉄に乗ってのんびりゆられていく。
『次は大学街前、大学街前です』
車内アナウンス。駅で降りてエスカレーターで地上に出る。
にんじんスコール市には3つの有名大学がある。じゃがいも頭脳大学、玉ねぎ中心大学、そしてにんじん自由大学だ。このうちじゃがいも頭脳大学と玉ねぎ中心大学は道路を挟んですぐ隣にある。近くにほかの大学もあるため学生が集まる学生街のようになっている。
少し離れたところにショッピングモールがあり、動物園、水族館などのデートスポットへもアクセスしやすい。
お母さんが言う。「9時半に駅前東口だったよね?」
「うん。そうだよ」
「はあ。ちょっと緊張するね」
「そう?」
「待った?」と後ろから声が聞こえる。振り向くと巨人。
「あ、卯月」
卯月の隣には卯月のママ。卯月ママはわたしより背が高いけれど、さらに頭半分くらい卯月の方が大きい。
「おはようございます」と卯月ママが挨拶をする。
「おはようございます」わたしとお母さんが挨拶を返す。
「じゃあ、いくよ」と卯月が先頭を切って歩き出す。
「ねえ、鈴は?」と卯月に話しかける。
「連絡来てなかった? 化粧が決まらない、とかでお昼に玉ねぎ中心大学の校門前で集合だって」
「気合入ってるなあ」
「最近彼氏と別れたらしいし、玉ねぎ祭りで新しい彼氏でも見つけるつもりなんじゃないの?」
「そういうことね」
「ま、もともと鈴はじゃがいも祭には来る気ないらしいし」
「行けたら行くっていってたもんね。イモ臭いってバカにしてたよね」
「まあ、勉強嫌いの鈴が来ても楽しくはないだろうね。2人で、じゃなかった4人で楽しもうよ」
「うん」
少し歩くとじゃがいも頭脳大学に到着する。
「つるちゃんはどこから回る?」
「そうだなあ。朝ごはん食べてないから、出店とか?」
「出店かあ。よし食べるぞ」気合を入れる卯月。
じゃがいも頭脳大学の中心にそびえるは、メークイーン塔という薄茶色の塔。じゃがいも頭脳大学のメルクマークとして有名だ。
メークイーン塔を囲うようにビルが建っている。そのうちの一つ、一号館にはじゃがいも頭脳大学の看板学部、法学部の松江政治ゼミ研究室がある。松江政治ゼミでは、将来の総理大臣や大臣を目指す学生たちが学んでいる。
じゃがいも祭りは、毎年11月初めごろに実施されるじゃがいも頭脳大学の学園祭だ。法学部学生たちの討論大会が毎年注目されるが、それ以外は研究発表がメインで、地味な学園祭として有名だという。
中心にそびえるメークイーン塔を目指して進む。道中、出店が出ている。
「ビール。キンキンに冷えたビールはいかがですか~!」
入り口から一番近くにあるのは……。ビール研究会と書かれている団体。
「ビールいかが?」と卯月が女性に声をかけられている。
「未成年なので」と断る卯月。
「あれれ、その身長だから成人だと思ったよ」と女性店員さんがいう。
「失礼します」
「ビール一杯」と声が聞こえて振り返ると、すぐ後ろの人がビールを買っているのが見えた。ビール、人気なのかな?
少し進むとおいしそうなにおいが。これは……カレー?
「温かいカレーはいかがですか?」と小声で話しかけてくる男子。
カレー研究会と書かれている。カレーは『一人3杯まで』という張り紙が張ってある。
卯月が言う。「今日はこれを食べに来たんだよ。カレー研究会のカレーは学食よりおいしいって有名なんだ」
「へえ。お母さん、カレー食べようよ」
お母さんが答える。「そうだね。カレー、いいにおいがするね」
「一杯300円です」
学園祭だけあって良心的なお値段。ほかにも食べたいし、食事は玉ねぎ祭りがメインなので2人で1つ注文することに。卯月と卯月ママはなぜか3つ注文する。
「なんで3つなの?」
「お腹減っちゃって。あたしが2杯分」
「卯月いっぱい食べるもんね」
代金を払ってカレーを受け取る。
おいしそうなにおいだ。「先に食べちゃうよ」
「いいよ」
スプーンですくって一口。なにこれ、うまい! 本当にカレー!?
ほんの一瞬だけど、頭の中がカレーのことでいっぱいになってしまった。
「うんま~い」
「そんなに?」とお母さんが驚いて、わたしのカレーを取る。スプーンでカレーを口にくわえる。十数秒間止まった後、
「うんまあい」というお母さん。すぐに店員さんに聞く。「このカレー、どうやって作っているんですか!」
「す、すみませんが詳細は研究秘密です」
「そうなんですか」
「これとは違いますけど、ご家庭でも作れるおいしいカレーのレシピを公開していますのでそちらで作ってみてください」
「わかりました」と目を輝かせるお母さん。
お母さんはレシピをもらいご機嫌なようす。
卯月はまだ食べてるかな、思ったら「食べ終わったならいくよ」という。
「あれ? 卯月。カレーおいしくなかったの?」
「すっごくすごくおいしかったよ! だから、ここから離れないと。このままじゃ出店のカレーを食べつくしちゃうかもしれない」
真顔で言う卯月につい笑いが出る。
「いくら卯月でも食べつくすのは無理でしょ~」
卯月はカレーが入っている鍋を指さす。「去年来た時はあの鍋の半分くらい一人で食べちゃったんだ。それで『ほかのお客さんの分もあるからこの辺で勘弁してください』って言われてやめたんだ。止められなかったら全部食べつくしてたかもしれない……」
「それで一人3杯までって」
張り紙は卯月のために貼られたようだ。
「じゃがいも頭脳大学のカレー研究会は本物だからね。インドやパキスタン、秘境にまでにいってスパイスを集めたり、年2回の合宿もカレー三昧なんだって。あのにんじんスコールカンパニーの社食作ってる料理人がレシピを教わりに来るくらいの本物なんだって」
「す、すごい」
「だから、いこう。カレーを守るために」
力強く引っ張る卯月の目にはうっすら涙が見える。玉ねぎが目に入ったのかな。いやもっと食べたかったんだろうなあ。
おいしいカレーのにおいがするエリアから離れる。卯月のお腹の音が聞こえた。困った胃袋だなあ。
メークイーン塔に近づいてきた。出店が2つ出ている。
「カレー研究会の近くにほかの出店なかったね」
「あの匂いのエリアにいたらカレー以外の食べ物を食べようなんて思わないもんね」
「あそこにあるのは、じゃがいも料理研究会?」
「じゃがいも頭脳大学のじゃがいも料理研究会は、まあいうまでもないよね。カレー研究会に並ぶ料理研究会サークルの二大巨頭の一つ」
「じゃがいも料理って、肉じゃがとか?」
見てみると、ポトフ?
「じゃがいもや野菜が入ったスープだね」
これもおいしい。しっかり煮込まれていて味は薄目だけど、うまみがある。
ほかにはポテトチップもあった。
味はお菓子のやつと違ってあんまり塩っぽくないっていうか、これも薄味に感じる。
「先にカレー食べたから味が薄く感じるね」と卯月。
わたしもうなずく。「食べる順番間違えちゃったね」