プロローグ 卒業してからもずっと一緒だよ
中学2年生のある日。仲良し3人組が集まって教室の机をくっつけて雑談していた。
「あたし、にんじんスコールカンパニーに入りたい。幹部候補生になって、総理大臣になるんだ」
170センチを超える長身の女子が言った。
「じゃあ僕もにんじんスコールカンパニーに入っちゃおうかな。モテそうだし」
今度は猫撫で声の背の低いかわいい女子が言う。
「じゃあ、わたしもにんじんスコールカンパニー入社する」
「3人一緒の会社で働くってことだよね?」と長身の女子が言う。
「そうなるね」と背の低い女子。
「卒業してからもずっと一緒だよ」
西暦2037年4月。とある学校の教室。制服を着た男女20人ほど集まって、雑談している。そこに教室に30代半ばくらいの女性教師が入室してくる。生徒たちはイスに座り、女性教師に視線を向ける。
「みなさんも15歳、この4月から中学後期課程に入ります。政治の授業をする前に、今日は進路についてお話ししましょう。みなさんは将来どうなりたいですか?」
生徒の一人が答える。
「わたしは素敵な人と結婚して子供を3人産んで、幸せに暮らしたいです」
女教師はうんうんとうなずく。「それはとてもいい考えですね。美奈さんと同じ考えを持っている人は、中心大学の進学を目指すといいでしょう。ほかの意見がある人いますか?」
「たくさん勉強してお医者さんになりたいです」
「それもいい進路ですね。成績優秀な波多家さんにお似合いだと思いますよ。波多家さんは頭脳大学を目指しているんですか?」
「はい。東大理科Ⅲ類を目指しています」
「東大理Ⅲは最難関大学ですからね。もっと勉強しないといけません」
「はい。がんばります」波多家が答える。
「3年後、みなさんは中学を卒業して大学に進学しているでしょう。すべての人が大学生に進学するようになったのは、大学革命といわれる教育の大革命のおかげです。はい。では、前回の復習です。中島さん。大学革命はいつはじまったんでしたか?」
三つ編み眼鏡の女子生徒が答える。「大学革命は2030年4月に始まりました」
「そうですね。大学革命は、日本革命のあと革命家たちが推し進めた教育の大革命でした。その内容は大きく3つあります。
1つ目は、すべての高等教育を3つの大学にわけたんですが、はい亀山さん。その3つの大学は?」
「は、はい」先ほどまで窓を見ていたショートヘアの女の子が慌てた様子を見せる。
隣に座っていた猫背の女子が耳打ちする。「大学革命でできた大学を3つ答えろって」
「あ、頭脳大学、中心大学、自由大学です」
「ちょっと答えるのに迷っていたけど、はい正解です。それまでは、大学、高校専門学校、専門学校、短期大学などに分かれていた高等教育は、頭脳大学、中心大学、自由大学の3つに再編されました。同時に、子どもたちは原則18歳になったら3つの大学のどれかに進学するように義務付けられました。
3つの大学の特徴をおさらいしておきましょう。
頭脳大学は、学業成績上位20%が進学します。知識の再生産と知性の発達を掲げています。日本で有名なのはじゃがいも頭脳大学、東京頭脳大学、京都頭脳大学の頭脳大学御三家と呼ばれる三大学です。
中心大学は、学業成績上位2割に入れなかった人たちや、仕事と家庭の両立を重視する人たちが進学する大学です。社会の再生産と社会基盤の維持を教育目的に掲げています。結婚して子供を3人産み育てる人を大学や行政が手厚く支援しています。有名なのは玉ねぎ中心大学ですね。
最後が自由大学で、自由大学は人間の自由の探求と、際限なき才能の発掘と発達を掲げています。美術や音楽、スポーツなどで才能ある人たちが日や才能を競い合っています。東京には世界でもっとも有名なにんじん自由大学が存在します。
みなさんは、自分の生き方に合った大学をこのなかから選ぶ必要があります。それでは、グループに分かれて進路について話し合ってみましょう」
先生の呼び掛けに応じて、生徒たちはグループに分かれる。基本的に仲良し同士がグループを作るので、大学の進路希望も似ている。
頭のいい子グループは頭脳大学の進学希望者が多く、頭脳大学のどこにいくかを話し合っている。
安定した生活や子どもを産み育てていくことに興味がある複数のグループは中心大学のどこにイケメンやよさげな男がいるかという雑談に花を咲かせている。
そのなかに1つだけ異色のグループがある。
背が低くてかわいらしい笑みを浮かべている女の子、ひときわ背が高くて筋肉質、ボーイッシュに見える女の子、中肉中背でうかない顔をしているショートヘアの女の子の3人組だ。
低身長女子が口を開く。「僕は子供も欲しいし、仕事もバリバリしたい」
かわいい姿に似合わず、意欲に満ち溢れているようだ。
「女の子は家でおとなしくしてるなんて古いよ。あたしが小学校入学してから総理大臣はずっと女性だし、女性政治家の方が多いくらいになってる。男に負けてらんないよね」
高身長の筋肉質の女子は強気な物言いだ。
「そうだよね」
そっけない返事をする中肉中背の女子。先ほど当てられて動揺していたのと打って変わり落ち着いている。
「なに、そのやる気ない感じは。いまは進路についての話でしょ。うちはね、じゃがいも頭脳大学一択だから」と高身長女子。
「でた、学年1位の余裕」と猫背の少女。
「だって受かるしね。にんじん大の特待生でもいいかな。特待生になればお金に困らずに遊べるしね」
「遊ぶのかよ」
「遊ぶよ。勉強は遊びだもん。あとバレーボールもね」
「うええ、まじかこいつ。いかれてやがるぜ」
胸を張って大きな声で笑う高身長女子。「ははは。目指すは総理大臣! そのためにはまず世代1位にならないとね」
「あんたなら本当に総理大臣になっちゃう……かも」
「かもじゃない。絶対なの」と自信満々な高身長女子。
「目立つのがカリスマ性だっていうなら、卯月は確かにカリスマかもね。180センチある身長だけで周囲から浮きまくってるし」
「180センチなんて通過点に過ぎないんだよ。まだまだ伸びしろあるから、目指すは200センチ!」
「プロのバレーボール選手にでもなるつもり?」
「だから総理大臣だっていっているでしょ。話聞いている? ……さっきからずっと黙ってるけど、あんたは?」
高身長女子は、黙っている中肉中背女子に話しかける。
「え?」ぼうっとしている中肉中背は驚いてタブレットを落としてしまう。
「なにやってるの」と近くに座っていた眼鏡をかけた波多家が拾い上げる。
「波多家さんありがとう」
「どういたしまして」と波多家さんはクールに元の自分の席に座りなおす。
そのときチャイムが鳴る。
「あ、終わっちゃった」
先生が言う。「今日の進路の授業は終わりです。来週までに進路希望調査を書いて提出してくださいね」
進路希望調査が配布されて授業が終わった。
翌週。政治の授業が始まると進路希望調査を後ろの席から集めた。
それを見て先生が言う。
「なるほどなるほど。クラスの半分くらいは頭脳大学希望者なんですね。とてもいいですね。頭脳大学に進学するためにはもっとも勉強しないといけませんよ。
一応うちはランク4の進学校です。あ、今日はこの話からしましょうか。
前回、大学革命を、頭脳大学、中心大学、自由大学に分けたといいましたが、同時に4年制だった大学を6年制に延長しました。目的は3つあります。
1つ目の目的は、少子化対策です。ちょうど皆さんが生まれた2022年に出生数が80万人を割り込んで、少子化が政治的に騒がれたころでした。革命政権は自民党岸田政権の口先ばかりの異次元の少子化対策の代わりに、非常に大胆な少子化対策を断行しました。それは大学で恋愛、結婚、妊娠、出産させてそれを大学と行政がサポートするという発想の転換です。
以前は大学を卒業して就職した後に相手を探して結婚するのが普通でした。しかし、一度社会に出ると、自分と釣り合う相手というのは意外と出会いにくくなります。加えて女性が高卒、短大卒、大卒と学歴を高めていくたびに社会に出るのが遅れて結婚、出産が遅れていく傾向が出ていました。追い打ちをかけるようにデフレと資本家階級の搾取が原因で30年間ろくに上がらない給料が若者たちを結婚から遠ざけていました。これがさらに少子化を加速化させました。
革命政権は逆転の発想をしました。
『それなら大学にいる間に恋愛、結婚、妊娠、出産までできるようにすればいい』と。
こうして誕生したのが中心大学でした。中心大学進学者は大学1年、2年生のうちは異性交際を楽しみ、3年生、20歳までに結婚して、21歳で1人目、23歳で2人目を産み大学を卒業して社会に出る。中心大学と同時にこうしたレールを作り、行政、大学、企業が一体となって支援しました。若者たちは大学にいる間に恋愛、結婚して子供を産み育てるのが当たり前だと考えるようになり、早婚、早期出産、出生数も少しずつですが増えていきました。
具体的に実施された政策を見ていきましょう。
まず、中心大学の学費を無料として、産婦人科、小児科、そして託児所の三点セットをキャンパス内に整備することを義務付けました。さらに出産や育児が大学卒業時の単位として認められるようになりました。この政策で、女子大生たちは安心して子供を産み育てられるようになりました。
さらに、0歳から22歳、その後24歳に延長されますが、月10万円を基礎収入として、事実上の少子化対策として支給するようになりました。これで懸念されていた教育費や、子どもを育てるための費用負担が軽減されて、2人目、3人目を産みやすくなりました。
こうして革命政権は長きにわたって解決されなかった少子化問題だけでなく、ひとり親家庭の貧困問題、大学進学格差を是正したのです。では、ここまで質問がある人?」
眼鏡をかけた医学部志望の波多家が手をあげる。
「はい。波多家さん」
「どうして自民党政権は少子化対策に失敗したのに、革命政権は成功させたんですか? なにが違ったんですか?」
「いい質問ですね。理由はいろいろあると思いますが、自民党の政治家が子育てなんてろくにしたことがないおじさんばっかりだったから、というのが先生の考えですね。じじいどもに子供を産めって言われても、若い女の子は余計なお世話とか、うるさいっておもうんじゃないでしょうか? 実際、自分が高校生の頃はそう思っていました」
「それはわかります。子供を産むかどうかは自分たちが勝手に決めることですよね」
「少子化対策の最大の肝は実はそこにあると思います。若者たちに選択肢が与えられていて、その中から自分に合うものを選ぶことができる。選択の機会が公平に与えられているなら多くの若者たちは自分の意思で結婚して子供を産み普通に暮らすことを選ぶ。要するに、年寄りの押し付けじゃ少子化が進むだけってことです」
「すごく納得しました」と波多家さん。「わたしは自分の意思で勉強して頭脳大学に進学したいと思っています。子供を産みたくない人もいるでしょう。そういう人たちの意思がちゃんと反映される、頭脳大学、中心大学、自由大学のどれかを選べる、そういういまの制度はとてもいいと思います」
「なんだか波多家さんにうまくまとめられちゃいましたけど、その通りです」
それを聞いて、自慢げに眼鏡のフレームの中央部を人さし指で持ち上げる波多家さん。
女教師が続ける。「大学革命2つ目の狙いは、中高一貫制度の導入です。以前は小学校6年、中学校3年、高校3年、大学4年の6・3・3・4制度でした。大学革命以後は、小学校6年、中学校6年、大学6年の6・6・6制度になりました。昔は中学校が中学校と高校に分かれていたんですね。いまでは中高一貫が普通になりました。ではなぜ6年制になったかわかる人」
波多家さんがまた手をあげるが、先ほどより自信なさげだ。「6・6・6の方が綺麗だから?」
「まあ、確かに6年ずつってわかりやすいですけど、残念。違います。ほかには?」
背の高い女子が手をあげる。「中高一貫校が人気だったから」
「卯月さん、大体正解です。昔は、高校に入学するために高校受験、大学に入学するために大学受験を受けるのが普通でした。しかし、次第に私立の有名校は中高一貫の6年制を採用して、そちらが人気になっていきました。
昔は公立高校からも有名大学に合格する子がいましたが、徐々に中高一貫校の進学実績が良くなっていきました。特に医学部に強い学校が増えたことで、医学部志向のお金持ちの家は私立に通わせるようになり、公立校の進学実績が悪化していったんです。これにテコ入れするために導入されたのが、公立中学、高校の一貫校化でした。革命の前から段階的に進められてきましたが、2030年に合わせて効率の中高一貫校が急速に進められました。加えて、習熟度別の授業が実施され、一部の難関校では先取り学習が認められました」
チャイムが鳴った。
「今日の授業はここまでにします。細かい経緯は教科書に書いてあるので、後でよく読んでください」
教科書には次のように書かれていた。
大学革命に合わせて中学のカリキュラム、学習指導要領も変更された。
公立中学校はランク1~5に区別されて、学校によって学習指導要領の進度を変更することが許されるようになった。
ランク5は公立の最難関校で、偏差値70前後とされている。
都立だと日比谷、戸山、西、小石川、国立、青山、八王子東の7校がランク5に指定されている。
ランク5指定校では、1年以上の先取り学習が認められている。具体的な進度でいうと、中学5年(高校2年)の2~3学期に大学受験の試験範囲を終わらせるようにカリキュラムが組まれている。これは難関私立中学と大差ない進度であり、先取り学習をして以来超難関校の進学実績は私立最難関校に負けず劣らずの成績を出している。
ランク4は公立の準難関校で、偏差値60前後とされている。
都内では偏差値65~58ぐらいの学区の2,3番手学校であり、ランク4指定校では半年以上の先取り学習が認められている。具体的な進度でいうと、中学6年生(高校3年生)の1学期に全範囲が終わるカリキュラムのところが多い。1学期までに範囲を終えて、夏休みという名の夏期講習に突入し、秋からは演習をこなして難関頭脳大学進学を目指す。
進学校を名乗り現実的に難関頭脳大学進学を目指せるのはランク4の学校までだ。
頭脳大学御三家といわれる、じゃがいも大、東大、京大合格者は多くのランク5の学校卒業者とランク4の中でも上位校のトップで埋め尽くされている。その少し下、難関私立三校である早稲田、中央、慶應あたりも同じような傾向で、下位学部になるとその下のランク3の学校の合格者も増え始める。
ランク3指定校は偏差値50前後のふつうの公立中学で最も数が多い。中学6年(高校3年)の3学期の前に全範囲が終わる授業速度だ。頭脳大学進学を目指すなら、塾を活用して先取り学習したり、しっかり対策しないといけない。