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Bar No Name④

夜の《Bar No Name》は灯りを落とし、看板のネオンすら消されていた。

店内にいるのはセリスだけ。

カウンターに腰を下ろし、煙草を咥えながら、一枚の名刺を弄んでいる。


「3番通り、ウォールコンサルティング……秘書ねぇ……」


ライターの火を見つめ、深く息を吐いた。

灰皿に落ちた灰は、まるで砂時計の砂のように音もなく積もる。


セリスは受話器を取り、番号を押した。

呼び出し音が数回。やがて、くぐもった声が応える。


「……なんだ。夜に女からの電話なんざ、ろくなもんじゃない」


シグだ。

相変わらずの陰気な調子に、セリスは小さく笑った。


「なぁ、ウォール銀行のネタ、持ってないかい?」


沈黙。受話器の向こうで、キーボードを叩く微かな音。

シグの声が低く返ってくる。


「……どうしてそれを?」


「今日買い出しの帰りに挨拶してくれた奴がいてさ。

お土産にそいつから名刺をもらってきたんだが、どうにも怪しくてね」


「……なるほど」

シグは短く吐息を漏らす。

「タイミングが悪いな。ちょうど俺も調べてたところだ」


セリスの眉がわずかに上がる。

「へぇ、奇遇だね」


「あぁ、本当に。今日あんたの素性調査の依頼が匿名で来ててな。

 金払いのいい仕事かと思ったら対象がセリス・ヴァンスだろ?気持ち悪さ10倍の依頼でな……

逆に調べてみたんだ。そこで出てきた名前が……」


セリス「ウォールコンサルティング」


「そういう事。あんた随分モテるんだねぇ。」


セリスは煙を吐き、グラスに酒を注ぐ。

アルコールの匂いが広がり、薄暗い店内に静けさが降りた。


「あそこの坊ちゃん、随分とやらかしてるらしいね。

暴行、器物損壊、ひき逃げなどなど……買収していた警察も市長選が近くなって面倒見切れないってところなんだろ。」


セリス「なるほどね、そこでリリアが巻き込まれ、頭取は息子を守るために、何がなんでももみ消したい……と。」


シグ「いや、あの手のタイプは自分の保身だろう。小心者がよくやりそうなこった」


セリス「そういうの見慣れてるのかい?」


シグ「はっ!好きで見てるわけじゃねぇ。」


セリス「で、あんたはどうするの?」


シグ「あんたを敵に回すわけにはいかないからな、適当にバーのマスターとでも書いて出しておくさ。実際の火種は俺が作ったようなもんだしな」


セリス「ばっちり火の粉振りかけられてるからねぇ。このまま黙ってるとバランスが崩れる。適当に払っておくさ」


受話器の向こうで、シグが低くため息をついた。

「はぁ……。これなら迷いネコ探してる方が気が楽だぜ」


セリスは苦笑した。

「文句は酒の席で聞くよ」


受話器を置いた瞬間、バーの中に残ったのはジャズのレコードの針音だけだった。


(つづく)

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