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ひねくれ令嬢と英雄騎士

作者: Ms.スミス

「はあ……婚約、ですか」


 シオンは嘆息を零す。

 突出した才能もなく、特別可愛い訳でもない。そんな彼女は、縁談を持ち掛けられた。


「正直気は進みませんが……どうせしなければならなかったのでしょう? お父様」


 父の顔色を伺う様子もなく、シオンは素直な気持ちを述べる。


 シオン・アルフォンス。

 アルフォンス公爵家の末っ子にして、売れ残りとも言われた悲しき令嬢だ。

 シオンはお世辞にも愛嬌のある子で、愛される才能があるとは言えない少女だった。何もかも嫌そうな表情で、慎ましいだけの女である。

 彼女には兄と姉がいた。彼らは素晴らしい才能の持ち主だった。兄は騎士として戦場を駆け、姉は次期皇帝の妻として嫁いだ。

 アルフォンス家は栄光ある家系だと謳われた。誰もがその家の子供になりたいと願っただろう。

 だがしかし、シオンだけは別だった。

 才能は兄達に吸われ、美貌は姉には劣っていた。両親に愛情を向けられることはあまりなく、捻くれた性格を持ったまま、人生十五年目を迎えた。そんな者が、アルフォンス家の一員であってはならない、ずっとそう考えているのだ。

 そんな残りもの令嬢に、縁談が。両親からすると、ようやく出ていってくれるのだと喜ぶ話だったが、シオンからすれば嫌々であるがゆえに、笑顔を見せることはなかった。


「相手はあのエラルド家だ。粗相をするなよ」

「エラルド家? あそこは妻など取らないと思っていましたのに」


 エラルド家。

 侯爵家のひとり息子であり、今国内で最も有名な英雄である。

 アンドリューズ・エラルド。彼もまた、シオンの兄と同じく騎士である。

 アンドリューズは最強だと言われている。どんな魔物でも、彼さえいれば負けはなかった。それどころか、ひとりで魔物を倒し、死傷者を誰一人出さなかった。

 英雄であるアンドリューズは、誰にでも愛された。若いながらも、幾百もの魔物を退治してきたからだ。

 

「だがまあ、世間の目もあるからだろうな。残念なことだが、まあ頑張ってこい。来週にはエラルド領の者が迎えに来るそうだ。準備しておけ」

「……わかりました。では、失礼します」


 シオンは父の書斎から去った。

 心の中で現れる不安と、婚約自体が面倒だというおこがましい感情を抑えながら自室へ向かう。

 期待なんてしていない。愛し愛される関係ではなく、最初から利害関係なのだから。だからこそ、面倒くさいと感じている。

 なぜ愛されないという確信が持てるのか。

 彼はこの国の英雄だからである。

 誰にでも優しく、誰からも愛されている彼に、自分は不相応だ。愛はもう、彼にとって十分であろう。それにこんな不出来な人を愛すわけない、と自分自身を卑下しているのだ。

 女であるものは皆、愛されたいと願う。シオンは両親にあまり愛を向けられなかった分、より思うのだ。

 素敵な物語のような暖かい人生を歩みたかったと悔いながら、シオンはエラルド家に嫁いでいった。




「アルフォンス公爵家から参りました。シオン・アルフォンスでございます」


 シオンは長身の男性に、慎ましいカーテシーを披露してみせる。

 長身の男性はそれに答えるわけでもなく、ただ一言、


「……ええ」


 とだけ言って通り過ぎた。

 ああ、おしまいだ。シオンはそう思った。

 シオンは思ったことを態度に出しやすい人間である。なので彼女はその日から常に無愛想で、エラルド邸の人間との会話も必要最低限しかしなくなった。


「アンドリューズ様。こちらの資料はどうされますか?」


 可愛らしい声色でもなく、ただ仕方なく会話していますと言いたげな顔をしながら。


「……そこに置いておいてください」

「かしこまりました」

「………………」


 言われた通り行動するシオン。

 彼女の嫌そうなオーラを感じ取ったアンドリューズが、気分が良くなるわけもなく。


 彼女達の関係を知る者は皆、口を揃えて『冷戦』と喩えた。

 互いを愛する素振りもなく、口数も少ない冷え切った関係に、使用人達も怯えて生活していた。

 相変わらずアンドリューズは戦地に赴いているし、シオンは読書に耽っている。

 何も発展することなく、一年が過ぎた。


「奥様。少しは旦那様とプライベートな会話をされては?」

 

 メイドのマリは、ソファでくつろぐシオンに提案する。

 無気力に「ええ」と返す姿は、まるで言う事を聞かない子供のよう。目の前の本に集中し、人の話も聞かないダメな子だった。

 

「……奥様! このままでは埒が明きませんわ!」

「ああぁ、マリってばぁ!」


 本をメイドに取り上げられ、情けない声で対抗するシオン。

 大きなため息をつくマリは、シオンに話す。


「奥様、今晩は旦那様もいらっしゃいます。食事の際でも、お話してみては?」

「……話したところで、何も生まれないでしょう? 時間の無駄よ。夫婦ではあるけれど、それは外面だけ。マリも理解しているはずよ」

「奥様……。旦那様は確かに忙しいお方ですが、少なくとも良好な関係を築くくらいはできるはずです。奥様、おわかりですよね?」

「………………分かったわよ」


 渋々返事をし、本を返してもらったシオン。

 シオンは読書を続けた。だが内容はスラスラ頭に入ってこなかった。




「……ごきげんよう、アンドリューズ様」

「…………ああ。ごきげんよう、シオン様」


 若干どころかすごく気まずい空気の中、彼女らは食事を進める。

 何かした間柄ではないものの、よく分からない気まずさがあった。食事の味もしないゆえ、食べるスピードがいつもよりすごく遅かった。


「……明日も、魔物討伐ですか?」

「いえ、明日は休みです」

「そうでしたか」


 会話が終了した。

 何か話すことはないか、二人は思考を巡らした。


「……そういえばシオン様。よろしければ騎士団の見学に来ませんか? 彼らはきっと歓迎するでしょう」

「そうですか。お言葉ですが、お断りさせていただきます。私が行ったところで、何も生まないでしょうし」

「あなたはどうしてこうも……」


 険悪な空気に耐えられず吐きそうな使用人達を気にかける様子もなく、二人は喧嘩寸前までいっていた。

 しばらく空気は終わっていたが、何とか暴力に発展する前に食事を終えることが出来た。二人は早足で自室に戻り、湧き上がる嫌悪に包まれて眠りについた。



 時は流れる。

 シオンはいつものように、鳥の世話をしに庭園を散歩していた。

 するとまたいつものように、彼女の周りに集まってくる鳥たちがいた。

 指先に乗ったり肩に乗ったりと、随分懐いている様子である。


「ふふっ。今日も元気ね、あなた達は」


 屈託のない笑顔を見せる。

 シオンにとって昔から、動物だけが癒しだった。

 その時だけでも劣等感をかき消してくれる存在がいる、ストレスを軽減させてくれる動物がいるという救いは、彼女にとってとても大きなものであった。

 この家に来てからも、シオンは劣等感や罪悪感を消せることはなかった。

 いつも無表情のシオンを笑わせることの出来る、唯一の手段であるのだ。


「もう行ってしまう? 今日はごはんが少なくてごめんなさい。また明日」


 羽ばたく鳥達の中、愛らしい笑顔を浮かべるシオン。

 その時だけは、物語のお姫様のような気分であるのだ。


「……笑えるのですか、シオン様」

「ひゃっ! あ、アンドリューズ様……でしたか……」


 後ろから男性の声。

 シオンの心臓は飛び跳ねた。


「あなたの笑顔を見たのは、これが初めてです」

「……そうですか。私もアンドリューズ様の笑顔を見たことがありませんわよ」

「まあ、あなたとはあまり話さないからでしょうね。僕は騎士団の中でも、笑う方ですよ」

「それは良かったですね。よく笑うあなたの妻は、無愛想な捻くれ者。きっと騎士団の方々も、さぞかしおかしくてヒソヒソ笑っているのでしょうね」

「いえ、そんな事は……」

「結構です。充分わかっていますから。私は兄達と比べて、『できない子』でしたから。慰めは不要ですわ」


 シオンは建物まで足音を鳴らす。

 怒り、屈辱、後悔。嫌な感情を奏でながら戻った。


「……旦那様」

「ロイ。あの彼女の顔を見たか?」

「え、奥様の顔、ですか?」


 奥から二人の様子を伺っていた執事の姿が。心配そうに問いかけるも、彼は上の空であった。

 アンドリューズはシオンの背中を眺める。

 その瞳には光が宿る。


「ああ、シオン様の笑顔だ。もう一度、見たいものだな」

「……旦那様、それって──」

「この感情を恋というのならば、そうだな。俺は恋をしている」

 

 早まる心臓の鼓動を、胸越しから手で抑えようとする。

 忘れられないあの笑顔を、アンドリューズは繰り返し脳で再生していた。

 高鳴る、熱い。上手く呼吸が出来なかった。これが恋、好きという感情なのだろう。

 一日中、その事ばかり考えていた。





「……マリ。なにか面白いことはない?」

「そうですね……。恋バナでもしますか?」

「……結構よ。他には?」

「恋バナしか思い浮かびませんね」

「はぁ…………」


 気味の悪い言葉しか返ってこないマリに呆れながら、街中を歩く二人。

 今日は用があり、マリとシオンは街に来ている。

 田舎ではあるが、ここには素晴らしい腕の仕立て屋がいるのだ。シオンはここに、時間がある時に通っている。


「ごきげんよう、マルオットさん。マリでございます」


 扉を三度ノックし、自身の名を告げる。

 するといつものように、眉をひそめた中年の男性が顔を出した。

 気難しそうな男性の名はマルオット。全盛期では国一番の仕立て屋とも言われた彼。

 マルオットは引退後、木々や山々などの自然に囲まれた田舎に身を移し、誰にも知られず優雅な第二の生を送っている。

 マルオットはマリのおじに当たる人物だ。ゆえに居場所を知っている。


「シオン様、ご機嫌麗しゅう。マリも元気そうだな。入りなさい」


 素敵な木造建築の家には、自分が作ったであろうドレスがいくつも並べられていた。

 華やかなもの、淑やかなもの。タキシードもあった。

 

「いつ見ても惚れ惚れしますわね、おじ様。それで、頼んでいた物は?」

「ああ、これだ。大人しめなドレスをご所望だっただろう? だから紺色を基調としてみた。どうかね」

「素晴らしいです、マルオット様。感謝いたします」

「ふん、高くつけてやるからな」


 マネキンに着せられた紺色のドレスは、華やかさを抑えられた大人なドレスであった。

 舞踏会に着ていくようなものでは決してないが、普段着やお茶会などで使えるだろうと考える。


「では、後日使用人に運ばせますので。今回もありがとうございました」

「ええ。できればこれキリがいいのですがね」

「おじ様、またお願いしますわね」


 こんな事を言うが、マルオットがドレス制作が楽しくて仕方がないのを彼女達は知っていた。

 シオン達が再びドレス制作を依頼するのも、そう遠くない話だろう。

 

「それではまた。ごきげんよう」

「ええ、お元気で」


 マルオットと別れた後、シオンとマリは田舎道を散歩していた。

 山は悠々と。森は静寂を保つ。流れる小川は心地よい音を奏でる。

 マリは豊かな自然に浸っているが、シオンには特に何も響いていなかった。これが人間性の差というものであろう。


「……それにしても、今日は珍しく天気が良くないですね」

「ええ。嵐でもやってくるのかしら」


 二人は他愛のない会話を繰り広げていた。

 確かに今日は曇りである。先程まで太陽が照っていたのに、いつの間にか分厚い雲が空を覆ってしまったらしい。


「奥様。私は馬車を呼んで参ります。少し待っていてください」

「うん。分かった」


 マリはそう言って、馬車のある少し離れた敷地まで足を向けた。

 そしてシオンは考える。なにか不吉な予感を。

 昔から一人は好きだった。誰にも比べられないから。だけど、今まで感じたことのない勘が働いのだ。ゆえに、今の一人が怖くなった。


「グルルル…………」


 背後からそう聞こえた気がした。

 ただそれは気のせいではなく、シオンの耳には確かに届いた。気のせいだと思い込んでいるだけである。

 冷や汗をかく間もなく、魔獣は姿を現した。

 大きさは約五倍。まさしく怪獣と言っていいほど、恐ろしい見た目をしていた。


「……あ、あ……」


 言葉も発せない状況に、シオンはどうするべきかと頭をフル回転。

 ゆっくり近づいてくる魔獣。

 

「あ……あぁ……!」

 

 腰を抜かしてしまうシオン。

 これから死ぬのだと思うと、涙が止まらなかった。

 まだ懺悔したいことが山ほどある。兄姉達ともう一度話したい。色々な人に、たくさん酷いことをしただろう。世界に興味を持てなかった自分を酷く憎んでいる。これから好きになるよう努力するから、どうか助けて、と。


「……助けて……誰か……!」


 シオンは願う。

 今まで幾度としたお願いである。

 それらは叶わなかったくせに、彼女はいつまでも縋り続けるのだ。

 いつか叶う。それだけを信じて。


「──ええ、勿論です。助けましょう」


 幻聴だろうか。いいや、ちがう。現実だ。

 ぎゅっと瞑っていた瞳を開ける。

 そこには涙もあって、視界が悪かった。

 段々としっかりしてくる世界。

 目の前には、知ってる人と魔獣の死体。


「……え。あなた、は……」

「おまたせ。怪我は無いですか? シオン」

 

 剣に付いた血液を払い、鞘に納める。

 私に手を差し伸べる紳士の姿。信じられないほど美しい光景が、シオンの瞳に映った。


「……アンドリューズ、様」


 手を取り、立ち上がる。

 目が離せなかった。アンドリューズから、一秒たりとも視線を逸らすことはしない。


「……シオン様? ああ、敬称を言わなかったのはすみません。つい、格好つけてしまったのです。ですから……ええと?」


 困り果てるアンドリューズ。

 ハッと我に返ったシオン。彼女は頬を赤く染め、一度下を向く。

 するとアンドリューズは、シオンの頬に手を添える。

 その指先は冷えていただろう。少しばかり震えてもいた。

 

「……大丈夫ですか、シオン」

「ええ、ええ……私は……大丈夫です」


 シオンは首を上げる。

 次に彼の瞳を見つめた時、その感情はまた違うものになっていた。

 安堵とは、この表情の事を言うのだろう。シオンはそう感じた。


「でもアンドリューズ様、あなたがどうしてここに?」

「先の魔獣を追って来たのです。そうしたらたまたま、あなたが居た」


 アンドリューズは続けて、


「それよりもシオン。あなたこそどうしてこんな所に? それも一人ではありませんか。侍女はどうしたのです」

「マリなら、馬車を用意しています」

「はあ……。後で言っておかなければ。とにかく、シオンは家でゆっくり休んでください。良いですね?」

「え、ええ。分かりました」


 アンドリューズの右腕に傷ができていたのを気付いたシオン。だがアンドリューズは、それを痛がる素振りを見せなかった。だから今まで、その傷に気がつくことが出来なかった。

 シオンはアンドリューズに問う。


「アンドリューズ様、その傷は?」

「ああ、これですか? 大したものではありません。放っておけば治るでしょう」

「いいえ、治療しなければ。アンドリューズ様、あなたも一緒に帰るのです。良いですわね?」

「……ええ。勿論! 一緒に帰りましょう」


 まるではしゃぐ子供のようだ、とシオンは思ったが口にしなかった。

 だけど、なぜかおかしくて笑ってしまった。



 あの夢のような出来事から、それほど月日は経っていない。

 アンドリューズは相変わらず忙しい日々を送っており、シオンと顔を合わせない日も少なくない。

 シオンはというと、書類を片付けたり読書をしたりと変わらない平凡な日々を送っていた。

 その日はたまたまアンドリューズの休みの日だった。

 アンドリューズの誘いを受けたシオンは、一緒に鳥達の世話をしてみる。

 シオンには懐いているが、アンドリューズは鳥達に警戒されている。それを解すため、シオンの指先からアンドリューズの指先へと、鳥を移すのを手伝ってあげた。

 指先は触れ合う。だけどお互い、目の前の鳥にしか意識が向いていない。意識していないような、素振りを見せていた。


「もう行ってしまう? さよなら、気をつけて──えっ」


 鳥達が羽ばたく中、突然シオンの背後から重くのしかかるものがあった。

 アンドリューズの腕が、シオンの肩に巻きついた。


「……シオン。あなたも、どこか遠くへ行ってしまわれるのですか?」

「……アンドリューズ、様?」


 シオンは困惑する。

 いわゆるハグをいきなりされたのだが、こういう時、どういう反応をすべきか。

 シオンは考える。だけど頭は回らなかった。


「行かないでください。僕のそばから、離れないでください……」


 力が強まる。


「ど、どうしたのですか、アンドリューズ様。あなたらしくないです」

「大好きです、シオン。愛しています」

「──っ!」


 耳元で囁かれた愛の告白に、シオンは頬を染める。

 その瞬間から、彼が男だということを意識しはじめた。

 ガッチリした体格に、丸太のように太い腕。そのまま握りつぶされそうになるのに、彼は大切なものかのように優しく抱いていた。


「私を……愛していると……?」


 嬉しかった。

 最大の幸福が彼女を包む。これこそ夢ではないかと感じる。


「はい。愛しています。あなたは僕の事が嫌いかもしれませんが、この愛は本物です」

「そんなことっ……! いえ、その……。嫌いだなんて、ありえません」

「嘘でも嬉しいです。ありがとうございます。……しばらくこのままでも、いいですか」

「…………」

 

 沈黙は了承のしるし。

 二人は黙って、密着していた。

 静かにしていると、互いの鼓動の音が聞こえるだろう。

 アンドリューズは理性を抑えるのに必死であり、シオンはこの時間が永遠に続けと願っていた。

 しばらくして、ようやくアンドリューズの腕がほどけた。


「……すみません、困らせるような真似を」

「いえ、大丈夫です。むしろ、嬉しかったです」

「それは……今なんと?」

「好きな人に抱きしめられるとは、これほど嬉しいものなのですね」

「────いけません。シオン。俺の心臓が持たない……」


 アンドリューズは髪をかきあげ、必死にその興奮を抑えた。

 いつもの好青年姿とはまた違った一面に、シオンの心臓も締め付けられていた。


「ではこれから、あなたは僕の人だと。そう認識してもよろしいのですよね」

「ええ」

「……すみません、それらしい事を言えず。誰かを愛すのはこれが初めてなので……」


 シオンから思わず笑顔がこぼれる。


「ふふっ、気にしませんよ。ねえ、あなただけ呼び捨てなのはずるくはなくて? アンドリューズ」

「そちらの方が良いでしょう。それと、お互い対等な関係だということにしませんか? ほら、敬語なんかよそよそしいでしょうし」

「ええ、いいわよ。私もそっちの方が楽だわ」

「ははっ、俺も同じだよ。愛してる、シオン」

「愛してるわ、アンドリューズ」

 

 熱い接吻を交わした後、彼女達は庭園にて緩やかな時間を過ごした。

 その時間はシオンにとって、どれほどのものだっただろう。なにかに例えるような事は決して出来ない、生涯忘れない出来事になっただろう。


 五年後。


 二人はすっかり仲良しになり、貴族間では最も幸せな夫婦とも呼ばれている。

 愛妻家の英雄とアルフォンス家の可憐な夫人は、二人の子宝に恵まれた。


「シオン、君の誕生日を心から祝うよ。おめでとう」

「ありがとう。アンドリューズ」

「ははうえ、おめでとうございます」

「おめーへ、ほー」

「ふふっ。二人ともありがとう。嬉しいわ」


 子供の頭を優しく撫でる母の姿と、それを見守る父の姿。

 王宮で行われるシオンの誕生日パーティに向かう、家族の姿は特に華やかではなかった。

 紺色のドレスに身を包んだ、このパーティの主役。

 凛と笑うその顔に、一切の影など存在せず。

 ただ今の幸福を笑う彼女がいただけであった。

 


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