第三話 アトミックシャーク
ヒトラーシャークの存在はすぐさま連合側の司令部に伝えられた。
だが司令部は混乱していた。かの独裁者がまさかサメに変貌してノルマンディーにいた艦隊のほとんどを沈没、あるいは破壊したなどという報は到底信じられるものではなかったからだ。
「一体何がどうなっているんだ!? ドイツ側の戦力は乏しいはずだろう!? 今さら反転攻勢などできるはずがない!」
「しかし実際に起きた話です。報告にあったヒトラー型サメ……いやヒトラーシャークは我々の艦隊に凄まじい損害を与えた」
「ジャップのやったパールハーバーでもここまでひどくはなかったぞ。まさかパスタ野郎やジャップどももこんな風に!?」
「いや特に何もありません」
司令官達は口々に被害に関することを話したが、具体的な解決策は出ない。
「爆撃機をありったけベルリンに送ればいい! 市民もろとも絨毯爆撃で吹き飛ばせば我々の勝ちだ!」
「ドイツ人とはいえ同じ白人ですよ? 一般市民もろとも攻撃するのは……」
唸るだけの司令官達、彼等の中の一人がこんな提案をしてきた。
「我がアメリカで試験中の新兵器を使いましょう」
「新兵器だと?」
「タイムトンネル発生装置です。これを使えば未来や過去に接続できる。そこに例のヒトラーシャークを放り込んで二度と戻ってこれないようにすればよい」
具体的な解決策がそれ以上出なかった司令官達はその案を採用した。
オカルトじみた案ではあったものの、もはやそれにすがるしかなかったのだ。
「おお神よ、我等の罪をお許しください。貴方に背いたことを──」
「祈ってないで手を動かせ、ケツからスパムを食わせるぞ」
ノルマンディーの海岸で出たおびただしい数の遺体を片付けていたアメリカ兵達だったが、彼等は現在、命令で謎の機械を設置していた。
機械はドラム缶だったが。
「本当にこんなもんであの化物を倒せるのか?」
「こんなもんより、俺達が食ってる飯をしこたま食わせた方が効きそうなもんだがな」
「あれはヒトラーが作ったんだぞ? 効くわけ無い」
設置を完了したアメリカ兵達はその場を離れ様子を伺った。
するとドラム缶が急に眩く光を放ち、海岸線に丸い巨大な時空の穴を発生させる。夏の道路で見るような陽炎にも似たそれはやがてとんでもないものを呼び寄せることとなる。
「実験は成功……か?」
「あとはあの化物が来るのを待てばいいわけだな。楽なもんだ」
その場にいたアメリカ兵は楽観視していた。誰も想像もしなかった。彼等が開けたのは『門』なのだ。
一方的に物を送り込むものではない。当然、向こうからも『何か』が来ることは予見しておくべきだったのだ。
「おいなんだあれは!?」
「巨大な……サメ?」
アメリカ軍が開けたタイムトンネルからそれが姿を現した。神話に語られるケルベロスのような3つの首、フランスの地に立つエッフェル塔よりも巨大な体躯、それを支える強靭な脚。ザラザラとしたサメの肌と頭。
本来いてはならない生き物、ダーウィンの進化論を鼻で笑う存在。アトミックシャークの出現である。
「おお神よ、我等は何を産み出した?」
「祈っとこう……アーメンハレルヤピーナッツバター」
「「「アーメンハレルヤピーナッツバター」」」
出現したアトミックシャークはある1点に視線を向けると、地響きにも似た足音をたてながら歩いていった。
「やつはどこに向かっているんだ?」
「ベルリンだ! ベルリンに向かってるんだ!」
「アメリカ合衆国万歳!」
アメリカ兵達は歓喜した。名も知らぬ化物が自分達の味方をしてくれることに対して。