懐古
三題噺もどき―ごひゃくごじゅういち。
信号が赤に変わったので停止線前で止まる。
目の間の横断歩道は誰も歩いていない。
端の方に自転車が止まっているが、あの人は渡るのかどうか。スマホをいじりながら、イヤホンでもしているのか信号が変わったことに全く気づいていない。私には関係ないのでどうでもいいのだが。
「……」
自転車から視線を外し、信号に目を向ける。
……しかし、この辺り久しぶりに来たがだいぶ建物が変わっている気がする。
自分の行動範囲がかなり狭い上に、今いる場所は普段の行動範囲の反対側なので用事がない限り全く来ないのだ。今日は妹が大会か何かでこっち側に来ているからその迎えに来たのだ。いい足に使われている。別にいいけど。
「……」
信号が青に変わり車を発進させる。
ちなみに自転車の人はまだ止まっている。
「……」
信号を直進すると少し狭い道に入っていく。この辺りはこんな道が多い。
田舎だからなのか分からないけど、大通りを過ぎるとどこもこんな感じである。車二台が走るのが限界。もう少し外れに行けば、一台でもギリギリだったりする。これで正面から大き目のトラックが来ようものなら動きようがない。大人しく端によって道を譲る。それも難しい時はもう、頑張るしかない。
「……」
スピードに注意しながら道を走っていく。ここらはあまり信号がないので、ほとんどの車がかなりのスピードで走っている。だから、周囲の車に合わせて走るとスピードが出すぎてしまうので、更に注意しつつ、である。
「……」
時折現れる信号ナシの横断歩道も確認しながら、道中を急ぐ。終わったから迎えに来てと言う連絡が来てから準備をして出発だったので多分待たせている。妹なので良いのだけど、人を待たせるのはまぁ、あまり好きではない。自分の精神衛生上よくない。
「……」
更に道を進んでいくと、奥の横断歩道に人影が見えた。
そこは押しボタン式なので、歩行者がボタンを押せば歩行者用の信号が青になる。
自動車の方はすでに黄色になっていたので、スピードを落とし手前で止まる。
「……」
横断ボタンを押したのはご老人のようで、手押し車を押しながらゆっくりと歩いていく。
散歩なのか買い物中なのか……どこから来たのかは分からないがお元気なものだ。毎日出不精をしている私とは大きな違いだ。外に出なくていいなら出たくない。
「……」
そういえば、この辺り……。
横断歩道が変わるまでの時間に、ふと思い出した記憶。
歩いてきたご老人がいた方の道に眼を向けると。
「……」
鉄の塊と化した建物の残骸がそこにあった。
そこは確か、小さな図書館があった場所だ。
決して広いとは言えないが、静かでとても落ち着く場所だった。読書が好きだったので、小学生の頃はよく来ていた。学校がこっち側にあったから、学童に行く前にとか、それこそ学童の皆でとか、来ていた場所である。
「……」
思い出の場所……という程でもないが。
こうした馴染みの場所が崩れるさまは、まぁあまり見たくはないような気もする。
もうその面影もないはずなのに、そこに確かにあったと認識すると途端に虚しくなる。
そんな思い出に浸るようなタイプではないけど。
「……」
歩行者信号が赤に変わり、ご老人は何とかわたりきっていた。
自動車信号は青になり、私は車を発進させる。
「……」
変わっていくことが悪だとは思わないけど、こうして消えていくのはなんだか寂しいものだ。きっとあの図書館のことは、誰もが忘れていくんだろう。私も例外になることなく忘れていくんだろう。
「……」
突然左目がピクリと跳ねる。
最近痙攣することが多いのだけど、何なんだろう。
原因も分からないから、ひたすらに鬱陶しくてイライラしてしまう。
ほんとに。
鬱陶しい。
お題:左目・図書館・崩れる