表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本能寺の変が起きなかった先にある未来  作者: 田丸 彬禰


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/24

四国国分

実を言えば、この四国国分という言葉は史実にある秀吉の四国平定後におこなわれた大名配置を示す。

だが、ここではむろん信長による領地配分となる。


阿波国。

むろん三好康長に一国が与えられる。

さらに康長には土佐の東側三郡も加増される。

この領地は最終的には康長の養子となっている信長の三男信孝が引き継ぐ。

また、河内国内の領地は収公される。

讃岐国。

信長の三男信孝による一国支配。

その中に讃岐の土豪たちが組み込まれていく。

さらに讃岐に接する東伊予二郡も領す。

土佐国。

長曾我部元親は土佐西四郡を領する。

ただし、石高としては土佐の七割といったところになる。

伊予。

西園寺公広に伊予郡。

信孝領に接する東八郡を蜂谷頼隆が領する。

当然頼隆は信孝の補佐役となる。

ただし、頼隆の領内にある得居通幸領は安堵する。

西園寺領に接する一郡を小早川隆景、湯築城と周辺の一郡を河野通直が領す。


さらにそれに関連した四国以外の領地も追加の変更がおこなわれる。


備後国。

備中に接する三郡四万一千石を秀吉に、南五郡十万石を高山右近に、北五郡十万五千石を中川清秀に与える。

ただし、摂津にある清秀と右近の旧領は収公。

河内国。

旧三好領の南河内の三郡四万六千石を津田信澄、五郡六万九千石を丹羽長秀。

摂津。

旧領と合わせ北摂津西五郡十五万一千石を池田恒興。

北摂津の東四郡十二万八千石を四国攻めの功労者である光秀に与える。

そして、本願寺跡を含む南摂津三郡九万四千石を蔵入地とし新城建設普請役を長秀に任せる。


すでに臣従を誓っている三好康長、小早川隆景に加えて長曾我部元親、西園寺公広、河野通直が首を垂れるなか、信長はこう宣言する。


「至急兵を整え大阪に参集せよ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ