第97話(必殺ゲイルブレイド)
第二章クライマックスです。
(レイ、以前フィオナさんの左腿を治療した際にナノボットを残しました。その時分かった彼女の魔力保有量は、レイの四分の一程度しかありませんでした)
「へっ?アル、その話って……今言うことなの?」
レイは目の前のオークを斬り伏せ、息を切らしながら問い返した。
(要するに、彼女にレイの魔力を使わせて魔法を放つ方法を考えています)
(はぁ? いや、今それを言う? こんな状況で何を……!)
(短く伝えました)
アルは冷静に答えつつ、レイの動きを観察している。
レイは心の奥で思った。
(お願いだってアルに言ったのはオレだけど、こんなヤバい時に一体何を言ってるんだ……!)
「いや、それじゃ分からない。ちゃんと教えてよ!」
レイは苛立ちを噛み殺し、コボルトを蹴り飛ばした。
バシッ!
「で、どうやるんだ?」
ザシュ!
ゴブリンを斬り裂きながら、次の攻撃に備えて体勢を整える。
(前にやった通り、肌と肌を接触させてください。そこからレイの魔力をフィオナさんに送ります)
(どことどこを?!)
魔力鞭を地面に叩きつけ、走ってくるコボルトの足を払った。
ヒュン!バシッ!
(それはお二人にお任せします。接触したところから魔力回路を繋ぎます)
(それで?)
オークの脚を魔力鞭で絡めてて転ばせた。レイはさらに食い下がる。
ドサッ!
(あとは彼女にその魔力を使ってもらい、魔法が使えるか試すだけです)
(上手くいくと思う?)
背後から迫る敵の気配に振り返りざま、剣でコボルトを斬り払った。
ズシャーッ!
(やってみないと分かりません。ただフィオナさんが使い易くなるように魔力の波長はフィオナさんに合わせるようにします)
レイは一瞬険しい顔を見せ、遠くのゴブリンの群れに視線をやる。だがすぐに顔を上げ、前を向いて問い返す。
(それで、状況を覆せるんだよね)
(もしレイの魔力でフィオナさんの魔法が使えるなら、かなりの大魔法が期待できます)
「分かった、フィオナさんに説明する!」
ブシュッ!
レイは剣を振り下ろし、ゴブリンを斬り伏せると、周囲に目を走らせた。
「フィオナさん、どこですか!」
大声で呼びかけながら、魔物たちの間を縫うように駆ける。
「レイ殿、ここだ!」
フィオナが手を挙げて応じる。その手には血のついた短剣が握られていた。すぐさまゴブリンの喉元に切りつけ、返す刀で背後の敵も仕留める。
「フィオナさん、ちょっとお願いがあります……」
レイは魔物の群れから一歩下がった。北門へとなだれ込む魔物たちは、もう彼に気を留めていない。
フィオナは一瞬目を見張ったが、レイの真剣な表情を見て頷き、群れから距離を取った。
「お願い? どうしたのだ、レイ殿?」
「実は……ちょっと試したいことがあります。俺の魔力をフィオナさんに送り、それを使って魔法が発動できるか試してみたいんです!」
それを聞いて、フィオナの頭にエルフの里の長老の言葉が蘇った。
――魔力の波長が合わないと、魔法は撃てないどころか、魔力酔いしてしまうかもしれない。
――しかし稀に、魔力の波長が合う者同士なら、魔力を受け渡すことも可能だ。うまく共鳴すれば、通常より強力な魔法も放てる、と。
少し考え込んだが、フィオナは短剣を握り直し、覚悟を決めた。
「……なるほど。危険もあるが、やるだけはやろう」
「まず手を繋いで、俺から魔力を流します。フィオナさんはその魔力を短剣に纏わせてみてください」
フィオナは息をつき、手を差し出す。レイも力強く握り返した。
二人の掌が重なった瞬間、アルが冷静に告げる。
(掌同士でパスを繋ぎました。彼女の魔力経路の不均一も修正します……これで魔力を送ってください)
レイの右手がフィオナの左手をしっかり握ると、ナノボットたちは魔力の性質を調整し、彼女に送り込む作業を開始した。経路の凸凹は均され、レイの魔力は滞りなくフィオナに流れていく。
つまり「波長が合ったから使える」のではない。
レイの魔力が、フィオナに合う形に変換されて送り込まれているのだ。
これで合わないはずが無かった。
フィオナはレイと手を繋いだまま、短く呪文を唱える。
「風よ、刃となりて我が敵を討て!」
「ゲイルブレイドッ!」
短剣が光を放ち、鋭い風が渦を巻いた。振り下ろした瞬間――
ゴォォォォォォォォォォォォッ!
風の刃が魔物を薙ぎ倒す。普段の数倍の威力だった。
「……こ、これは……すごい!すごいぞ!」
フィオナは驚きの声をあげたが、すぐに気を取り直し、次の呪文を重ねる。
レイが魔力を強めると――
ゴォォォォォォォォォッ!
風の刃は十メル先まで伸び、群れをまとめて切り裂く。
「すごい!すごい!なんて強い魔法なんだッ!」
フィオナは瞳を輝かせながら叫ぶ。
だが同時に気づいたこともあった。
「でも、これでは範囲が広すぎる。周りに誰かいたら危険だ!」
「そうですね。薙ぎ払った方が効率は良さそうですが……」
「サラ! いるか? 近くの冒険者たちを下げてくれ!」
フィオナは叫んだ。
サラが駆け寄り、怪訝そうに眉をひそめる。
「二人で手を繋いで、こんな緊急事態なのに……」
「レイ殿の魔力で、私の風魔法が何倍にも強化されたんだッ! だから周りに人が近づかないように頼む!」
「分かったニャ! 思い切りやるニャ!」
サラは即座に冒険者たちへ指示を飛ばした。
その間に、フィオナが赤面しながら口を開く。
「レイ殿……その、接触は手でなくても良いのか?」
(肌同士の接触であればどこでも構いません。動かさなければそこに経路を作れます)
アルの声に、レイは頷き、それを伝えた。
「で、では……腰に手を回して欲しい」
フィオナはユーティリティベルトを外し、シャツを結んで腹を露出する。顔は真っ赤だった。
「すごく恥ずかしいですね」
レイも赤面する。
「い、言わないでくれ!」
そこへサラの声が飛んだ。
「準備完了ニャ!」
さらにセリアの冷たい視線。
「レイ君、なにをしているのかな?」
リリーは手を振って笑う。
「がんばれー、レイくーん!」
「よし、これで横薙ぎでも撃てるはずだ!」
フィオナは気合を込める。
レイは腰に手を添え、二人で魔物の群れへ踏み込む。
フィオナが短剣を振り下ろすたび――
ゴォォォォォォォォッ!
ズバァァァァァァッ!
風の刃が群れを次々と切り裂いていく。
「早く終わってくれ……!」
レイは恥ずかしさを紛らわせるように小さく呟きながら、魔力を送り続けた。
その瞬間、トラウマのことなど頭からすっかり消えてしまった。
フィオナは冷静に呪文を紡ぎ、連撃を繰り出す。
ゴォォォォォォォッ!
シュバババババッ!
十体、二十体と魔物が崩れ落ちていく。
「すごい! レイ殿、こんなに魔力の波長が合うなんて!」
彼女の興奮に、サラが冷ややかに言った。
「二人とも、今そんなラブラブしてる場合ニャの?」
だがその声すら届かない。フィオナは刃を放ち続けた。
「ゲイルブレイドッ!」 「ゲイルブレイドッ!」
ゴォォォォォォォッ!
ズバァァァァァァッ!
ゴォォォォォォォッ!
シュバババババッ!
やがて群れは数えるほどに減っていた。
「終わった……?」
「……あぁ、もう大丈夫だろう」
足元は魔物の残骸で埋め尽くされ、まともに歩くこともできない戦場となっていた。
少し離れた場所で様子を見ていたジークが、にやつきながら声をかけてきた。
「よお、お疲れさん。なんだか分からんが、すげぇ魔法だったな! あれはゲイルブレイドだろ? あそこまで刃が伸びたら、ほとんど範囲魔法になるんじゃないか?」
そして、にやにや笑いながら続けた。
「で、そのゲイルブレイドを、なんで二人でダンスを踊りながらやってるんだ?」
レイが叫ぶ。
「頼むからそれを聞かないで!」
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次で第二章は終了です。