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第96話(戦場の焦燥)

衛兵隊の一人が、白衣姿の男に鋭く声を上げた。


「おい、貴様、そこで何をしている?」


ドクターは手元の薬瓶を握ったまま、一瞬だけ動きを止めた。

次の瞬間、不敵な笑みを浮かべ、もう一本の瓶を取り出す。返事はしない。

代わりに、それを高く掲げると、挑発するように振りかざした。


「なにって?こうするのだ!」


叫びと同時に、ドクターはその瓶を勢いよく門の外へ投げつけた。

瓶は放物線を描いて飛び、石畳に叩きつけられて砕けた。


刹那、中の液体が紫がかった霧となり、シュウウッと音を立てて広がり始める。

鼻を突く異臭が立ち込め、空気がぬめりを帯びて変質していくような感覚が走った。


「なんだ?その瓶は!」


衛兵が警戒心をあらわにして叫ぶ。ドクターは唇を吊り上げて笑いながら応じた。


「これか?これこそ、私の研究の結晶だ。魔物を遠方からでも惹きつけるフェロモンのようなものだ。おまけに我を忘れて暴走する、最高の実験材料だろう?」


言い終えるや否や、彼は再び別の瓶を取り出し、同じように投げつける。

硬質な音とともに、割れた瓶から新たな霧がもくもくと湧き上がる。


彼の白衣の内側には、まだ十本近い薬瓶がくくりつけられていた。


その霧に呼応するように、山中に潜んでいたオーク、コボルト、ゴブリンたちが虚ろな目をぎらつかせ、一斉に動き出した。その足は、まっすぐファルコナーの市街へと向かっている。


ドクターは次なる投擲に備えて胸壁へとよじ登る。

そして、今度はさらに遠くへ届かせようと、全身の力を込めて瓶を投げた。


だがその時、踏み込んだ足がわずかに滑った。

バランスを崩したドクターの体が、空を切るようにふわりと宙に浮く。


「……!」


呻き声も上げられぬまま、彼は北門の胸壁から真っ逆さまに落下していった。

そして、地面に激突する直前、白衣の内側で束ねられていた薬瓶が一斉に砕けた。


ズバァン!という破裂音と共に、衝撃とともに噴き出す毒霧。

紫と黒が混ざり合った濃密な瘴気がもうもうと立ちこめ、辺り一帯を呑み込んでいく。


地面に叩きつけられたドクターの姿は、その毒霧の中に瞬く間に消えていった。


その瞬間だった。

山に潜んでいた魔物たちの目が、虚ろな光を失い、血のように赤く染まっていく。

次の瞬間、彼らは狂気を宿した咆哮を上げながら、一斉に北門へと突進を始めた。


オークが、コボルトが、ゴブリンが、牙を剥いて門を目指す。

ドクターの残した薬がもたらした異常な刺激が、魔物たちの理性を完全に奪っていた。

それは単なる襲撃ではなく、まるで“呼び寄せられた怒り”そのものだった。


「くっ…まだだ、まだ…終わっていない…」


ドクターは、濃霧に包まれながら、かすれた声で呟いた。

片手をわずかに伸ばそうとするが、力は残っておらず、指先が震えるだけだった。

石畳に倒れ伏したまま、彼の体からは割れた薬瓶が突き刺さったまま抜けず、そこから薬液がじわりじわりと気化している。


風が吹くたびに、その匂いが濃霧に混ざり、さらに魔物たちを煽り立てる。

北門の向こうで、すでに地響きのような足音が鳴り始めていた。


山中の影が揺れ、怒りに満ちた魔物たちの群れが、狂ったように門へと駆け下りてくる。

その姿を、ドクターは薄れゆく視界の中で見つめていた。


そして口元に、どこか満足げな笑みを浮かべた。


もはやその体には生気はなく、血も力も尽きようとしていた。

だが彼の笑みだけが、狂気の残滓のように、その場に焼き付いていた。


最後に、ドクターの目から光が完全に失われた。

狂ったような笑みを浮かべたまま、彼は静かに息を引き取った。


***


持ち場に残ったレイは、ジャレンに頼んで剣を貸し出してもらっていた。


「一応ギルドの備品だから折らないでくださいね」

念を押された。剣を折ったところを、しっかり見られていたらしい。


「ありがとうございます」


そんなやりとりしていたちょうどその時、急に山が騒がしくなった。

周囲にいた冒険者たちもざわつき始める。


「おい、なんだか変だぞ」

「見ろ、ゴブリンとコボルトの大群だ!」

「それだけじゃねぇ、オークもいる!」

「なんか西の方に向かってないか?」


それまでは山のあらゆる方向から飛び出していた魔物たちが、今は全て北門に向かって一直線に進んでいく。

急斜面を横切り、殺到するゴブリン、コボルト、オークの群れ、群れ、群れ…。

その光景に、冒険者たちは戦慄を覚えた。


レイの視界に、群れの顔が飛び込もうとしたその瞬間、アルが咄嗟に介入した。


(レイ、異様な群れです。念のため、魔物の顔にモザイクをかけます)

(っ……分かった、ありがとう)


ぎりぎりのタイミングで目に飛び込む恐怖を遮られ、レイのトラウマは未然に防がれた。


魔物は、北門に向かうのが当然と言わんばかりに、急斜面を横切ってくる。

魔物たちは狂ったかのように飛び出しては転がりながら次々と落ちてくる。


しかし、地面に叩きつけられた魔物たちも、絶命したものを除けば再び立ち上がる。

ある魔物は足を引き摺りながら、ある魔物は身体に大きな損傷を追っても、迷うことなく北門を目指して

咆哮をあげながら進んだ。


息絶えた魔物の死体を踏みつけて、近くにいる冒険者たちの存在もまるで気にすることなく、ただひたすらに北門へと向かって突進していく。まるでゾンビを見ているようだった。


その中に、足に鍬のようなものや鋤のような物を取り付けたオークがいた。

そのオークは足につけた鍬を使い、急斜面を器用に降りてきた。

他の魔物たちとは違って、転がることもなく、一歩一歩確実に北門に向かって進んでいる。

その姿は、まるで畑を耕す農夫のように見えるが、その目は狂気に満ち、北門を目指していることに変わりはなかった。


そのオークの姿を見た瞬間、リリーとセリアが驚愕の表情で叫ぶ。


「山で見た足跡を残したのはアイツらだわ!」


凶暴化した魔物たちが北門を目指して突進する中、冒険者や騎士や衛兵隊は必死に応戦した。


「おい、不味くないか?」

「こいつら、止めろ!」

「なんだコイツ、腕が無くなってるのにちっとも痛がらねぇで突進してくるぞ!」


ゴブリンやコボルトの群れが押し寄せ、彼らの目は異様なまでに血走っている。

冒険者たちは盾を構え、剣を振りかざしながら北門に向かう魔物を行かせまいと必死に守ろうとする。


「押し返せ!押し返せ!」


リーダー格の冒険者が叫び、前線の冒険者たちに指示を飛ばす。だが、魔物たちは通常の戦術が通じないほど凶暴化しており、痛みを感じることなく突進してくる。その数はすでに千を超えているように思えた。


前列にいた冒険者がオークの強烈な一撃を受けて吹き飛ばされる。だが、すぐに後ろの仲間が前に出て進行を食い止める。アーチャーが矢を次々に放ち、コボルトの群れを牽制するが、それでも彼らは北門を目指して進み続ける。


魔法使いは急いで呪文を唱え、炎の壁を作り出す。炎に包まれたゴブリンたちは一瞬怯むが、再び突き破り進撃を続ける。


戦場の混沌の中、冒険者たちの叫び声と剣がぶつかる音が飛び交う。

目の前でさっきまでレイ達の隣で戦っていた冒険者が傷つき倒れる光景を、レイは震える心で見つめていた。


(このままじゃ……誰かが、また死ぬ……!)

胸を締めつけられる思いに、思わず手に力が入る。必死で踏ん張りながら、レイは心の中で声を上げた。


(この変な魔物に、絶対に誰も死なせたくない……! なんとかしなきゃ……アル、お願いだ!)

(そうですね。成功するか分かりませんが、やってみたいことがあります)

と言ってアルは提案をしてくるのであった。


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