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第89話(裏切りの連鎖)

ドクターは、薬師リリーを追い落とすために過去の奴隷売買記録を改ざんし、彼女たちに罪をなすりつけようとした。


黒いローブの男にとって、この手法はまさに博打だった。

というのも、改ざんされた記録はただ奴隷商人の名前をリリーたちに変えただけで、その他の情報は

本物のものであったためだ。成功すればリリーたちに罪をなすりつけられるが、もし一歩でも誤れば、

逆にしっぺ返しを食らう危険があった。黒いローブの男はそのリスクを十分に理解していた。


しかし、まさにその時、黒いローブの男はこの計画の失敗を確信するに至った。

偽造された奴隷売買記録が、最近になって市場に出回った紙に書かれていることに気づいたのだ。


「なんてバカなことを…」黒いローブの男は胸中で呟いた。

これに気づかれれば、証拠が後から偽造されたものであることが露見し、リリーたちの疑いは晴れ、

捜査の矛先が別の方向に向くことになる。これでは、ますますこちらがやりづらい状況に追い込まれる。


そこで男は、ドクターを切り捨てることを思いついた。このまま罪を着せて退場させるのが最善だと判断したのだ。それを上申して許可を得たのが、前回酒場で報告した時だった。


ドクターは我々を闇の商人だと思い込んでおり、こちらの正体については何一つ知らない。

魔物使役薬を作れるようになった助手さえ逃がせば、こちらで魔物使役薬を生産できる。

そうなれば、我々の足取りをつかむことはできないだろう。

そう決めた男は、偽造証書をさらにばら撒き、衛兵隊が怪文書に気付くよう仕向けた。


その怪文書の中には、ドクターに繋がる情報も巧妙に散りばめられていた。

偽造した証書の中に、本物のドクターが関与した記録を混ぜ込んでおいたのである。

これで、本物の記録と偽造記録が混ざり、紙を見比べれば一目瞭然だ。


そして今日、予想していた通り最悪の事態が起こった。

魔物使役薬を使用された被験体が、ドクターの研究所として使っている建物に現れたのだ。

ドクターは「放っておいても夢遊状態から覚醒しないだろう」と言って、その被験体を自宅に戻してしまったが、

実際には被験体はしっかり覚醒しており、ドクターの姿も認識していた。

どうやら、人間相手にはあの薬は効かないらしい。


幸い、対応したのは被験体と面識のない助手だったため、危うく露見する事態は避けられた。

しかし、男は、今後の対応を慎重に考え直さなければならないと痛感した。


***


黒いローブの男は冷静に、しかし確固たる決意を持ってドクターに接触した。

その口調には計画の成否を左右する重要な局面に立っているという緊張感が漂っていた。


「ドクター、このままでは我々の計画は失敗に終わるかもしれません。

しかし、レイジングハートの元メンバーを罠に嵌めることで、すべてを一転させることができます」


ドクターは眉をひそめ、不安げに尋ねた。


「どうやって?」


男は、不敵な笑みを浮かべながら、複数の偽の証書を取り出して見せた。


「これらの証書を更にばら撒いて、あの薬師を奴隷売買に関与させるのです。

 これで彼女は疑われ、計画は成功に近づくでしょう」


ドクターは証書を手に取り、疑念を拭いきれない様子で問い返した。


「既に何枚かは噂になるように奴隷売買の被害者に持たせたじゃないか。これで本当にうまくいくのか?」


黒いローブの男は自信満々に答えた。


「これだけの証拠を一度にばら撒けば、その中身が信じられなくとも、衛兵隊と薬師の間に溝が深まるでしょう。

薬師と衛兵隊を一緒に行動させると、色々と露見してしまいますからね。彼らを分断するのです」


そのあまりに自信に満ちた態度と筋書きを前に、ドクターは一瞬ためらいを見せたが、やがてゆっくりと頷いた。


「わかった。それで行こう」


だが、心の中でドクターはまだ完全には納得していなかった。

黒いローブの男の計画に乗るふりをしつつも、彼自身別の策を密かに考え始めていた。


ドクターは男の計画を聞きながら、怒りを噛み殺すようにして独り言を呟いた。


「ふん、よく言うわ。わしの失敗がそんなに気に入らんか。たかが証書の一枚や二枚を偽造したところで、

 衛兵が動くわけがない。

 町で少し噂が立つ程度だ。その噂だけでも薬師にとっては致命傷になるというのに、

 なぜそんな事も分からんのだ」


彼は鼻で笑いながら、黒いローブの男が自分に偽造証書を衛兵隊に届けさせようとする計画を思い返した。


「しかも偽造した証書をわし自らで衛兵隊に届けろだと?」


そう言ってドクターは、偽造証書が詰め込まれた箱を手に取り、その重さを感じながらふと手を止めた。

そして、箱をひっくり返して中身をぶちまけると、偽造証書が何枚も床に散らばった。

ドクターはそれを一瞥し、「ふん」と鼻を鳴らした。


しかし、証書を再び箱に戻そうとした瞬間、彼は箱の底に何か異常を感じた。

箱の底が二重底になっていることに気づいたのだ。

ドクターは眉をひそめながら二重底を開け、そこから出てきたのは、三年前に彼が毒草を扱った時の

記憶を蘇らせる製薬方法のメモだった。それは間違いなくドクター自身の筆跡だった。


「これを衛兵隊に持っていけと言ったのか…?」


ドクターは驚愕と怒りで手が震えた。

黒いローブの男が、この証拠をわざわざ自分の手で衛兵に届けさせようとしていた事実に気づいたのだ。


ドクターの怒りは頂点に達した。


「どいつもこいつも、自分のことばかりで気に食わん。わしが関与した記録まで持ち出しおって…

 これ一枚では済むまい。もう衛兵隊に証拠が渡っていると考えるべきだ」


「あやつらはわしを裏切った。

 こちらも腹を括るしかない。ただし、一人では死なんぞ。ファルコナー全員を道連れにしてやる。

 自分のものにならないなら、すべてを潰してしまおう。この魔物使役薬と新薬でな」


冷酷な決意を胸に、ドクターは手早く準備を整えた。

彼は今まで使役していた魔物たちに命令を下し、魔物たちをファルコナーの山の東側と西側から分け、

山の中央で合流するよう指示を与えた。


そして、山の裏側から魔物たちを追い立て、町全体を恐怖と混乱の渦に巻き込む計画を立てた。


「わしを追い詰めた報いを受けるが良い」


ドクターは邪悪な笑みを浮かべながら、計画の実行に向けて静かに動き始めた。

彼の頭の中には、ファルコナーの町が混乱と恐怖に包まれる光景が鮮明に浮かんでいた。


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