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第86話(過剰演出)

「どうしたの?」

セリアが心配そうにリリーを見つめる。


リリーは小さく息を吐き、言葉を選びながら口を開いた。

「ケイルさんに投与されたと思われる薬から、いくつかの成分が出たの。その中の一つがね……三年前の井戸水や、林で見つかった食べ物から検出された成分と一致してた」


「えっ……!」

セリアの目が見開かれる。


「何それ!」


「まだ断定はできない。でも……三年前の事件に関わった誰かが、今回も関与してる可能性は高いわ。毒の種類も、やり口も、あの時とそっくりだから」


「で、ケイルさんの症状は……治るの?」


「こんな複雑な薬の解毒薬、何日かかるか見当もつかない」

リリーの顔には焦りが滲んでいた。


セリアは力なく肩を落とす。

「こんな時に不謹慎だけど……手がかりも途絶えちゃったね」


「ケイルさんを助けられないし、私たちの潔白も証明できない……」


「どうすればいいんだろう……」


リリーは視線を落とし、色の変わったクロマトグラフィーをぼんやりと見つめていた。



(アル、この毒……アルなら解毒できるよな?)

(はい、可能です。ただし全身をくまなく調べるのに数分はかかります)


(やってくれる?)

(本当に? 秘術で誤魔化せる範囲にも限度がありますよ)


(このままじゃ、セリアさんとリリーさんが罪を被せられて捕まっちゃう! そんなの絶対イヤだ)

(……いいんですね?)


(ああ、頼む!)


(では、私は黙っています。言い訳はレイが考えてください)

「えっ! ちょ、それは無いだろ!」


思わず声が漏れた。――やっちまった。前にも同じようにバレかけたのに、まさかの再来である。


一斉にこちらを振り向く皆。

レイの喉が「ごくり」と鳴った。


「えっと……ですね。ちょっとやってみたいことがあるんですが、これからやるのは秘中の秘なんです。だから……できれば、見なかったことにしてもらえるといいかな…とか…」


声は震え、顔は真っ赤。説得力ゼロの「秘中の秘」宣言だった。


そのとき――アルは冷静に考えていた。

(この四人であれば、きっとレイの味方になる。ならば……秘密の一部を共有するのも悪くない)


フィオナとサラは「もしかして秘術か!」と言わんばかりに期待の笑みを浮かべ、セリアとリリーは「???」が頭上に漂っているかのような困惑顔になった。


温度差がすごい。


(頼むぞ、アル!)

レイは心の中で念を押しつつ、緊張で固まる足をなんとか前に出し、ケイルの方へ歩み寄った。


(肌に直接触れてください)


アルの指示に従い、レイはケイルの前に座り、シャツを少しはだけさせて彼の胸に手を置いた。


(よし……落ち着け、オレ…準備は…)


次の瞬間。

体の主導権がアルに奪われ、レイの手は胸に固定されたまま魔力が勝手に放出され始めた。


魔力がケイルを包み込み、やがてまばゆい光が部屋全体を照らし出した。

しかも、誰の目にもはっきり見えるレベルで。


(アル、何だよこれええええ!!)

(網膜マッピングで使った発光素子を利用して、ナノボットを光らせています)

(そういう問題じゃねぇぇぇ!)

(安心してください。治療には一切関係ありませんので)

(じゃあ何でこんな派手な演出してんだあぁ!!)

(もうやってしまいましたので、この四人にする言い訳を考えておいてください。私も楽しみにしています。では、ブツッ)


……プツン。


(切れた!?完全に通信切ったよな今!?オレに丸投げかよおぉ!!)


依然として体の主導権はアルのまま。レイの頭の上には「ガーン」の文字が点滅し続けていた。


ナノボットたちは魔力の波に乗りながら光を放ち、オーロラのように幻想的な模様を描き出す。部屋全体が一瞬、神殿みたいな荘厳さに包まれる。


(ヤリスギだろコレーーーッ!!)

涙目で内心絶叫するレイとは対照的に、四人の反応はというと……。


セリアとリリーはぽかんと口を開けたまま固まり、

フィオナとサラは「秘術だ!」とでも叫びそうな勢いで目をキラッキラさせている。


(おいおいおい……!この状況をどう説明すりゃいいんだ!?いや無理だろコレ!!)

レイは心の中で転げ回りながら、必死に言い訳を模索していた。



ナノボットは血液中を走査し、薬の有毒成分を片っ端から特定した。

神経毒素は無害な成分に変換、幻覚剤の影響はシャットアウト、抑制剤の効果は解除。治療班は黙々と仕事をこなしていく。


その一方で、演出班ナノボットはまるで「ウェーブ」でもしているかのように脈動を始めた。


レイの掌から放たれる淡い光の波――完全にアルの「大サービス演出」だ。


治療を終えたナノボットは分解した毒素を肝臓や腎臓へ運び、自然な代謝で体外へ排出されるよう誘導。その任務を終えると、静かにレイの体内へと帰還していった。


演出班は最後の仕上げに入った。

部屋全体が白い光に包まれ、息を呑むほどの眩しさが広がる。

やがて光は逆再生を思わせるようにレイの掌へと吸い込まれていき、最後に一度だけ手のひらが閃光のように輝いて――静かに消え去った。


その光景はまるで、聖なる光が汚れを押し流していくかのように見えた。


……そして。


アルが最後の号令をかけた瞬間、レイの体内でナノボットが一斉に加速。脳内の血管が一瞬ギュッと収縮し、血流が急激に減少する。


「え、ちょ――」


声を上げる暇もなく、全身の筋肉がふっと弛緩。レイはそのままストンと崩れ落ちた。


――所謂、気絶である。


もちろんこれはアルの計画的な演出。

決して「レイが言い訳を考える時間を稼ぐため」などではない。断じてない。


倒れたレイを見て、四人は一斉に慌てた。


セリアとフィオナはすぐさま駆け寄り、レイを抱き起こす。頬を叩くように覗き込むが、彼は目を閉じたまま反応がない。二人の胸に広がるのは、恐怖に近いほどの心配だった。


リリーはすぐに脈と呼吸を確かめ、冷静に判断を下す。

「命に別状はないわ。おそらく魔力欠乏症……体の異常は見られない」


その言葉に全員がようやく息をついた。だが、安心と同時に胸の奥からこみ上げるのは怒りに似た感情だった。


セリアはレイの顔を見つめ、声を震わせる。

「本当に……無茶ばっかりして。少しは自分を大事にしてほしいのに」


フィオナはレイの手をぎゅっと握りしめ、眉を寄せる。

「全く……目を離すとすぐにこんなことになる。どうして私たちを心配させるような真似ばかり……」


サラも、レイの肩の肩越しに顔を覗いた。

「少年、無茶しすぎだニャ」


レイがただ眠っているだけだと確信できて、ようやく四人は肩の力を抜いた。


その瞬間、後ろでケイルがゆっくりと目を開ける。まるで眠りから自然に覚めるかのように、体もすっと起き上がった。


先ほどまでの虚ろな目は嘘のように、力強い視線を取り戻している。


「……ケイルさん?」


後ろの様子に気づいたリリーが小さく声を漏らす。

サラは目を丸くし、フィオナとセリアも無言で頷いた。四人の表情には、驚きと安堵が入り混じっていた。



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