第84話(密談&秘密の恋バナ)
side黒いローブの男
ファルコナーの町の外れ。
港から離れた古びた酒場は、看板も色褪せ、長年の風雨に晒されて黒ずんでいた。人通りも少なく、誰も足を止めない。
中は薄暗く、天井は低く、木のテーブルには酒の染みが残る。安酒と湿気の匂いがこもり、居心地の良さとは無縁の空気が漂っていた。
黒いローブの男が現れた。無言でバーテンダーに目配せすると、相手は慣れた手つきで棚の鍵を外し、隠していた小さな鍵を取り出す。そのままカウンター裏の扉を開け、男を奥へと導いた。
奥の個室には初老の男が座っていた。仕立ての良い衣服を身にまとい、この場に似つかわしくない気配を纏っている。眼光だけは鋭く、暗がりを貫いていた。
黒いローブの男はローブを脱ぎ、深く頭を下げた。
「遅れて申し訳ありません」
「構わん。……報告を」
声は穏やかだが、冷ややかな響きを帯びている。
「ドクターの件ですが……そろそろ見切りをつけるべきかと」
初老の男は顎をわずかにしゃくり、続きを促す。
「魔物使役の実験は限界に近い。衛兵たちが不審に気づき始めており、拠点に辿り着かれるのも時間の問題です。さらに、人間を操る試みはすべて失敗しています。操られた者は虚ろな目をしており、一目で異常だと分かる。隠密行動には到底使えません」
初老の男は、わずかに目を細める。
「人は操れぬ、か。……魔物の方は?」
黒いローブの男は姿勢を正し、淡々と答える。
「魔物についても、知能が高ければ命令を拒み、低ければ理解できない。実用的な成果には至っておりません」
初老の男は目を細めた。
「……つまり、これ以上は期待できんということだな」
「はい。ただし、助手が成長しており、現行の薬を作る分には問題ありません。次の作戦には投入可能です。それと、近郊で採取した毒草は確保済みで、既に北方の山で試験栽培を進めております」
初老の男は顎に手を当て、しばらく考え込んだ後、低く言った。
「よろしい。だが、我々の名が表に出ることだけは許されん。……分かっているな」
「承知しております」
男は深く頭を下げ、部屋を後にした。
酒場に戻ると、バーテンダーは黙ってグラスを拭き続けていた。
外では潮風が吹き抜け、店内には古びた木の軋む音だけが残った。
※※※
sideセリア&リリー
セリアとリリーは、レイたちと別れたあと、リリーの自宅に戻ってきた。
リリーはにやりと笑みを浮かべ、軽く身を乗り出す。
「ほうほう、それで?」
「も、もう……いいじゃない、リリ姉、勘弁してよ」
セリアは顔を赤くし、視線を逸らす。
「で、いつ頃から気になり出したのかな?」
「そ、それって……話さなきゃダメ?」
「そりゃ今でしょ。旬を逃したらもったいないもの」
セリアはしぶしぶ口を開く。
「もう……でも、本当に大したことじゃないのよ」
リリーは楽しそうに笑った。
「そんなこと言って、本当は気にしてるんでしょ?」
「う、うん……少しは……」
「ほら、やっぱり! で、どのくらい前から?」
「えっと……ついさっきかな……レイ君がフィオナさんと話してるのを見て、なんとなく」
リリーは少し目を見開き、心の中で反芻する。
(ついさっき……? 本当に?)
「それまでレイ君……全然意識してなかったの?」
リリーの声には、ほんの少しだけ疑念が混ざっていた。
セリアは髪をいじりながら、ぽつりと小さく呟く。
「いや……受付で座ってる時も、なんとなく目で追ってた……」
赤裸々に語るセリアの声は、微かに震えていた。
リリーはくすっと笑い、軽く肩を叩く。
「ふーん、やっぱりね。でも悩まなくていいのよ。まだ何も始まってないんだから。困ったらいつでも相談に乗るから」
「うん、ありがとう……リリ姉」
セリアは小さく頷き、顔を赤らめた。
リリーはにやりと微笑みながら、じっとセリアの顔を覗き込む。
「セリア、あなた……年下が趣味だったのね〜」
「そ、そんなことないよ! でも……レイ君は特別で……」
リリーは軽く「ふーん」「ほぉ〜」と声を漏らす。
セリアの赤くなった顔を楽しむように、しばらくそのまま見つめた。
「もう、この話は今日はおしまい!」
セリアは照れ隠しのように声を張り上げた。
小さな沈黙の後、リリーは微笑みながらソファに身を預け、短く鼻で笑った。
「ふふ、可愛いわね……」
セリアは小さく唸り、そっと顔を手で覆った。
「うぅー……リリ姉っ!」
少しの沈黙の後、セリアはふと真剣な表情に戻り、口を開いた。
「リリ姉、さっきの詰所での話のことなんだけど」
その一言で、リリーの表情もすぐに引き締まる。
「衛兵隊の詰所で隊長に尋問されたことね」
セリアは頷き、声を落として続けた。
「それで、魔物使役の件や偽証書の件でどうやって動くかなんだけど…
ファルコナーの外に出られなくなっちゃったから、町の中を探るしかないと思うの」
手を組んで深く息をついたセリアに、リリーは腕を組みながら応じた。
「そうね。でも、何から当たる? あの倉庫だって空振りだったじゃない」
「黒ローブの男をもう一度呼び出してみるとかはどう? あの……なんて言ったっけ、恋人を奴隷に取られちゃった人……」
「ケイルね」
「そうそう、そのケイルさん経由で、今度は私が会いたいって言うの。だって、私だって元レイジングハートのメンバーなんだから」
「そうねぇ。悪い手じゃなさそうだけど、そう何回も出てくるかしら?」
「ダメで元々でしょう。他に良い手もないしね」
セリアはウインクをして、軽く笑いかけた。
「……あの三人のことはどうするの? 手伝ってもらうのもアリじゃない?」
「どうしよう。人手が足りないのは確かなんだけど……」
セリアは腕を組みながら、やや迷うように答える。
リリーはくすっと笑って、少し意地悪そうな声を出した。
「……あら、良いじゃない。だってもう他人じゃないんでしょう?」
「リリ姉っ!」
セリアは再び顔を赤らめて抗議する。
この後、再び弄りまくられ、セリアは布団に倒れ込むほど赤面と照れでぐったりするのだった。
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